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始動、異世界探偵 3

 会食も終わり、シオンを見送った後に光一らは事務所に戻り、就寝の頃合いまで駄弁っていた。ただ日中と同じく、良介だけは「自分のスキルを研究したい」と早々に三階の自室に引っ込んでいる。

「やっぱ、治安に関しちゃぁ日本とは雲泥……とは言えないまでも、僕たちの世界より犯罪が身近だってくらいは覚悟しないとね。透過のコウくんや千里眼の由美ちゃんには現場で動いてもらうことになりそうだから十分気を付けて欲しいな」

「ここ数日、()()()()とも街中を歩きまわってたけど、とにかくごちゃごちゃしてんだよなあ。表通り歩いてるつもりが、いきなり不穏な空気の裏路地になっちまって、ガラの悪そうな眼つきの連中がうろついてる、なんて場所に出ちゃったりとかな」

「ヤクザ……怖かった……」

「あ~、あたしもあんな反社丸出しの連中、間近で見たの初めてだったからビビったな~。

なんつーかホント、人の命なんか何とも思って無さそうな?」

「リョウくんがスキル『再現』で護身用の武器とか作れないか検討してくれてるから皆、自分の身は自分で護るって、この世界の現状に合わせられるようにならなくちゃなぁ」

「ライフル作ってくれないかな~」

「由美は狙撃銃とか相性良さそうだな。射撃部のNO2だし?」

「装薬銃は撃った事、無いけどね~……ん?」

 

 コンコンコン! コンコンコン!


 事務所の扉からノック音。

「あれ? おじさんかしら?」

「いや、それにしちゃぁ……」

 光一は、このノック音に違和感を感じた。良介ならばゴン、ゴン、とのんびりしたリズムで「俺だよ~」とか言いながら解錠を促すのが通例だ。

 しかし、このノック音は小刻みである上に余り力が入ってはいない。だが緊急を要する、そんな含みの有りそうな軽いながらも早いテンポでこちらに訴えかけるような、そんなノックだ。やがて、

「夜分申し訳ありません、ヘレナです! ここを開けて下さい!」

小声だがノック音と同じく焦りを纏った掠れ声が光一らに聞こえてきた。

 雰囲気としては、只事ではありませんよモード、と言えそうだが聞こえる声は小さくても、昼間に聞いたあのヘレナの声で間違いなさそうだ。

 光一が平蔵に目を向けると、彼は顎をしゃくって扉を開くよう指示してきた。光一は、スッと立ち上がって入口に向かい、錠前に手を掛けて解錠。

 と、

ガチャ

バーン!

光一が鍵を外すや否や、扉は「音速と勝負する気か?」てな勢いで開かれた。同時に同じくらいの速度で、目に覚えも新しい狐っ子が事務所内に飛び込んで来た。

 どん!

「ぶふぉ!」

 予想通りのヘレナの来訪……そこまでは良かったが、彼女は勢い余って解錠していた光一とまともに正面衝突、

どたーん!

と、二人ともその場に転倒してしまった。当然の事ながら光一くんは、ヘレナに押し倒されて下敷きとなってしまう。

「ヘ、ヘレナさん? 一体どうされましたんで?」

 あまりの勢いに気圧されながらも、平蔵はヘレナに話しかけた。

「ドアを閉めて下さい!」

 相変わらず小声だが、ヘレナは力のこもった声で扉の施錠を求めた。察した由美が即座に入り口を閉めた。

 ガチ!

 と施錠。

「あ、あの……」

「すみません、お静かに!」

 平蔵がこの状況の説明を求めるべく彼女に尋ねようとしたが、ヘレナは右手人差し指を口に当て「シーッ!」のポーズを取った。ギルドのシオンと言い、この世界でもその辺の仕草は共通の様だ。

「……」

 ヘレナは眉を険しく歪めながらも目を閉じ、狐耳をピクピクさせて文字通り聞き耳を立てていた。

「追われてるんですか? 相手は……もしや革靴を履いてます? サンダルじゃないですよね?」

 黙って! そう言いたげに目を開けたヘレナだったが、革靴云々のくだりから驚いた様子で平蔵を凝視した。

「そ、そうです。確か革靴のような足音だったかと……」

「ふむ……半径100m以内ではサンダル履きで歩いているのが7~8名。しかも皆バラバラの位置。革靴らしき足音は2名……西方250mくらいかな? バタバタと、そのまま西へ向かって走ってるなぁ」

「は、はい。追手は2人でした。東の教会裏辺りから追われまして……よ、よくお分りで……」

 平蔵は自分のスキル、聴能力を発動していた。

 ハズレスキルと判定されたものの、目標とする音を厳選すればどんな雑踏の中でもそれを特定し場所を割り出す、そんな使い方も出来た。

 後々聞いた話によると、ヘレナら犬系獣人も元より聴力に於いてはヒト族(ヒューマン)以上には優れているが、文明を持つようになってからは野生の犬族ほどの聴力は無くなりつつあった。それでもヒト族よりは格段に上であるそうだが。

「南へ移ったな……どうやらここには気づいて無さそうだねぇ」

 ふうぅ~。

 ヘレナは大きく息をついた。追手から逃れたことに安心して、ぐったりと身体の力を抜いてしまう。

「ぐ、ぐもぅ……」

「あ……」

 忘れていた。今現在、自分が出会い頭に衝突した光一を下敷きにしてしまっていることに。

 ヘレナはちょいと身体を逸らすと自分の下で息を詰まらせ、顔を真っ赤にして悶絶しかけている光一を確認した。

 図らずも、ヘレナの決して小さくはないお胸が偶然()光一の鼻と口を塞いでしまっていて、彼の呼吸を阻害していたのだ。それによる顔面鬱血である。

 ところでヘレナもギリ年頃の乙女である。

 この状況下では、光一にあの世の入り口を見せかけていた事よりも、穢れを知らぬ自身のお胸を今日、会ったばかりの男の顔に押し付けてしまった事実に、乙女心故の恥じらいが一気に噴き出し、


「いや~~~!」

パアァン!


飛びあがりつつ、思わず光一の頬を渾身の一撃で引っ叩いてしまった。

 光一は、この音を「理不尽の音」と記憶した。しばらく耳鳴りが続いたが、鼓膜の方は無事らしくて何よりでした。


「申し訳ありません! ホントに申し訳ありません!」

 平謝りのヘレナである。

「いいのよ、そんなに謝んなくても。当たるのが分かって、ワザと避けなかったのかもしれないしぃ~」

 ジト目な由美の無慈悲な言いがかりである。

「絵に描いたようなラッキースケベだねぇ」

「それに、とても高貴なお胸……ロイヤルおっぱい……」

 同じく無慈悲なジト目の真鈴。理不尽に理不尽が積み重なっていく。

「あの……人の胸に妙な称号は……」

 まだ頬の紅潮が収まらないヘレナさんである。

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