蠢くタンテイ 2
別倉庫の影から支配人コルシが支店事務所に向かったのを確認した由美と良介。その後、倉庫街から離れて、街道に出た辺りで由美が良介を揶揄いだした。
「所長の見様見真似っすけどね。でも、まずまず効果は有ったようっす」
と、良介、思わず苦笑い。
「最初の人夫頭、しっかり狼狽えてたよね~」
「支配人はそれ以上っす。こりゃ、いよいよ妙な空気、増えてきたっすね」
「連中、特にコルシだっけ? 支配人は、ヘンリーさんたちの一件は偽装自殺だって知ってんじゃないのかなぁ~。でなけりゃ、あの反応はおかしいもんね~。ちょっとベタ過ぎに思えなくもないけど……推測通りかしら?」
「それにしても、物証とか決め手が欲しいところっすね。まあ、思惑通りに支配人が支店に向かったっすから。そこで何を話すか? っすね。由美さん、フォンさん呼び出して貰えるっすか?」
は~い、と返事した由美は指輪の魔石に向かって念を込め、フォンを呼び出した。
(おう、なんじゃ?)
(コウさんと繋いでほしいっす)
(よっしゃ、ちょい待ち……おし!)
(良さんかい?)
(感よしっす。こちらは思惑通り行ったっすよ。もうすぐ支配人がそちらの事務所に行くから、打合せ通りに。濃いグレーの上着に茶色の帽子被ってるっす)
(OK。真鈴と待機するよ)
♦
コルシはドレン商会ラマント支店事務所に駆け込むと応接室で副支店長と面会した。用意された冷水を一気に煽り、汗で飛んだ水分を補給する。
「一体何事かコルシ。随分慌てて来おったな?」
水を飲み干すも、まだ息が荒いコルシに、ドレン商会ラマント支店副支店長ルーベン・キリオは「まあ、落ち着けよ」と言わんばかりなノンビリした口調で聞いてきた。
「すんまへん。こっち向かう最中も考え事しとったら、自然と脚が早よなりまして」
「例のゴタゴタも落ち着いたばかりじゃないか。どうしたと言うんだ?」
「それですよ、それ! いや、実はですな……」
コルシは先ほどまで相手していたタンテイなる二人組が、ヘンリーの自殺騒ぎを嗅ぎ回っていること、それを端的に話した。
「とりあえず、こちら――事務所の許可無くして勝手に話は出来ない、とあしらっては来ましたんですが……」
「で、明日にまた来るっていう段取りにしたわけか……」
「へぇ。とにかくその場は誤魔化すしかなかったもんで……」
「タンテイ事務所、か……。何者かな?」
「わかりまへん。わしも初めて聞く職種ですし……」
「お上の依頼も、とか……ホントか? ハッタリかもしれんぞ?」
「それは、わしも思いましたが……もしも本当のことなら、と思いますと……王都は例のキュウビィ絡みの誘拐事件以降、洗い直しをやってるって出入りの馬借(運送屋)も噂してましたでなぁ」
「あれか……あれは、ザーラファミリーがヘタ打ったって話だな。しかしもう、3カ月は経つだろうに」
「あれは本店が……」
「おい!」
コルシの言葉を遮るキリオ。コルシはビクッと肩を震わせた。
「言葉にせんでいい事も有るぞ? 例の一件、我が商会には何の関係も無い事だからな?」
「へ、へい……」
「まあ、いい」
口をへの字に曲げながらも、キリオは目線を和らげた。水差しの水をコップに注ぎ、軽く飲んで唇と口内を湿らせる。
「思わんトラブルがあって延期になったが、例の計画は実行する事で決定したと、キュウビィのリズ支店長からも通達されとる。ブツは明日の午後、搬入の予定だ」
「明日は例のタンテイが来よる思いますが……どうしまひょうか?」
「話を聞くにも、少なくとも明後日以降にせんとな。明日の所は煙に巻いとけ」
「や、そうは言われても……」
「支店長の決済が必要で応じる訳には行かない、と突っぱねろ。依頼元も明かさないまま強硬な立ち入り検査などという真似をしたら、それこそこちらが警吏に訴えることが出来るし、そこまで馬鹿じゃあるまいよ」
「しかし、依頼元が本当に内府の治安当局だったら……」
「支店長の決済さえ降りれば人夫への聴取、書類の検査なども全面的に応じる事ができる、と協力する姿勢を見せておけ。一日やそこらはそれで何とかなるだろう?」
「はあ……」
「実際に支店長は、荷の確認でリズに行っとる。それで時間を稼げ。支店長が戻ったら、返答する前にこっちで善後策を協議するでな」
「わ、わかりやした……」
「……どうもお前は敬語の使い方が統一出来とらんな、まるでチンピラだ。この先、倉庫支配人での実績を積んでいけば支店の部長職も狙えるんだぞ? そうなれば商談参加も増える。いい機会だ、資材部長のパオロが今回の荷の割り込みで伝票の仕分けが増えちまってるから手伝ってこい。ついでに商談のコツも聞いとけ」
「へ……いえ、はい!」
コルシは立ち上がるとキリオに一礼して、応接室から出ようとした。が、
「きゃ!」
出会い頭に、入室しようとしていた女性事務員とぶつかってしまった。
バシャ!
彼女は替えの水差しをのせた盆を持っていたのだが、それが衝撃で転倒。水が床に零れ落ちてしまった。
「あ、すまんすまん。大丈夫やったか?」
「いえ、こちらこそ御免なさい」
「零れてもうたな。雑巾はどこに……」
「大丈夫ですよ。あたしが拭いておきますから」
笑顔で答える事務員に絆されるコルシ。
――わしの女房も若い頃はこんな愛嬌もあったのにな……
廊下の隅に置いてある用具箱から取り出した雑巾で床を拭き始めた事務員を見て、さっきまでの焦燥を忘れて、ついと昔を懐かしみながらコルシは事務室に向かった。
「ふう、ツイて無いなぁ。あら?」
女性事務員は廊下に零れた水を雑巾で拭き取りながら、床に妙な模様らしきものを見つけた。
――足跡……かしら?
事務員は目を細めて、社員の行き来で薄っすらと溜まり始めた埃の膜の上に浮かぶ、そんな模様を凝視した。他の者の靴跡も、もちろん有るのだが……。
――でもこれ……
更に屈んで床を眺める事務員。
――足跡だとしたら裸足……よね? 偶々そんなシミになったのかな?
ほかの足跡に混じってハッキリとは判別できないが、なんとなく出口に繋がっているように続いているとも見えたが、
――裸足で歩き回る人なんて、ウチには居ないよね~
と気を取り直し、濡れた床をその模様ごと拭きとっていった。




