第2章 第5話 未知と既知。
ユイが雪に埋もれた家を見つけた頃、ソラとソウマは危機に瀕していた。
目の前に現れたのは体長二メートルを超える大男。
彼は、古びたパーカーに身を包み、両手に刀を握りしめていた。
その背中の圧力に、安心感と只ならぬ恐怖を覚えた。
そもそも、この大男はどこからやってきたのか。
周囲には高く隔てられた雪の壁。
大男と言えど、あの高さを飛び越えることは到底不可能だ。
だが、現に大男はここにいる。
ということは、この高さの雪の壁を飛び越えたか、さらに上空から飛び降りて来たのだろう。
彼はソラ達に逃げろと言った。
だがこの状況で逃げろと言われても、前方には雪の巨人、後方には雪の壁、どこにも逃げ場などなかった。
さらに言えば、今目の前に大男が盾となってソラ達を守ってくれてはいるが、ここから離れればどうなるかくらい少し考えればわかる。
「に、逃げろっつったって、どこに逃げればいいんだよ!」
ソラは大男に答えを求めた。
「火属性魔法でなら穴を開けられる!」
聞き覚えのない単語にソラとソウマは混乱する。
「え?火属性?魔法?もしかして俺達って魔法も使えたりするのか?」
「使えるわけないだろ!俺達は能力者であってウィザードじゃないんだから!」
ソラの質問にソウマは間髪入れず否定した。
「む?お主ら、魔法が使えぬのか?ウィザードではないのか?」
ーーウィザード。
その単語には聞き覚えがあった。
過去に花坂から話を聞いていた。
そして、そのとき魔法と能力は明確に違うということも言っていた。
だから我々に魔法は使えないはずだ。
でもそれだとおかしい。
ウィザード現象は五十年ほど前に起きた事件で、現在もウィザード現象が起きているという話は聞いたことがない。
つまり、我々の年齢で魔法を使える者など存在しないはずなのだ。
だが彼は魔法という言葉を口にした。
ということは、我々くらいの年齢で魔法を使える人間が存在するということなのだろうか。
いいや、待て。
憶測で物事を考えても仕方がない。
今はこの状況を打破することが最優先なのだ。
「何故魔法の使えぬ一般人が野放しになっているのだ?」
大男は未だ納得のいっていない様子だった。
「まぁ良い。であれば、拙者から離れてはならぬぞ」
大男は二人に呼びかけると、両手に持つ刀に力を込める。
刀の刀身は次第に赤みを帯び、瞬間、発火した。
炎を帯びた刀。
これが彼の言う魔法のことなのだろうか。
大男が構えると同時に、雪の巨人も手を前に突き出す。
どうやら雪の巨人は何か攻撃を仕掛ける様子だ。
雪の巨人の周辺の何もない空間から、突如雪の塊が生成される。
それは次第に丸く、硬く、雪玉へと変化していく。
「何か来る。決して拙者から離れてはならぬぞ」
大男の呼びかけにソラとソウマは身を隠すように大男の後ろに隠れる。
その瞬間。
雪の巨人が生成した雪玉が一斉にこちら目掛けて飛んできた。
その速度はプロ野球選手の投球スピード並みの速さで、当たれば確実に骨折するだろう。
無論、この大男に対してもただでは済まないはずだ。
大男はすかさず向かってくる雪玉を切り捨ててゆく。
だが、雪の巨人はそれを想定していたかのように、次々と雪玉を生成し、際限なくこちらへ飛ばしてくる。
大男はなんとか対応しているが、機械のように雪玉を生成する雪の巨人に対して、大男のスタミナは着実に削られていく。
側から見れば、一方的な消耗戦だった。
初めは対応できていた雪玉も、次第に対応が遅れて身体に当たるようになっていた。
身体に雪玉が当たるたび、大男の呻き声が聞こえる。
同時に何もできない二人は唯々身を隠すしか方法がなかった。
だが、防戦一方だったその消耗戦も突如終わりを迎える。
突如として雪玉の発射が止まった。
雪玉の猛攻を耐えた大男はかなり疲弊している様子だった。
一方、雪の巨人は雪玉ではなく、先端を尖らせたドリル状のものを生成していた。
雪の巨人は何かを模索しているようだった。
この大男を確実に殺す方法を。
そして、その結果できたのがドリル状の雪の塊なのだろう。
あんなものにまともに食らったら怪我どころではない。
場合によっては貫通してもおかしくはない。
それほどまでに、残酷で冷酷だった。
「なぁアンタ、大丈夫か?」
「なんの……これしき……。だが、あれを食らったらさすがにちと厳しいかもしれぬな」
大男は、改めて刀に力を込める。
その間、雪の巨人は塊の生成に時間を費やしていた。
ドリル状の雪の塊は、生成、硬化、回転を繰り返す。
しかし、単純な雪玉とは違い、生成にかなり時間がかかるようだ。
故に発射頻度は少ない。
着実に急所を狙ってくるが、先ほどの猛攻と比べればなんてことない。
どうやら雪の巨人にはある程度の知能はあるようだが、自身の限界値までは把握しきれていないようだった。
何度か塊を発射した後、雪の巨人は前に突き出していた手をゆっくり下げる。
束の間の静寂を掻き消すように、大男の荒い息遣いが周囲に響く。
瞬間、雪の巨人は両手を上に掲げ、巨大な雪玉を生成し始めた。
どうやら小技で相手の体力を削るより、大技で仕留める方が効率がいいと判断したようだ。
雪の巨人の動作に呼応するように、大男は両手に持った刀を中央で重ねる。
刀に纏った炎が勢いを増し、巨大な一本の刃となった。
どうやら大男も大技でこの戦いに終止符を打つようだ。
雪玉は急激に大きさを増していく。
生成に必要な周囲の雪を大量に取り込んでいるせいか、吹雪が三人を襲う。
「おい!この風、かなりヤバくないか!?」
「飛ばされぬようしっかと捕まっておれ!」
急激に成長を遂げた雪玉の影が次第に彼らを闇の中へと飲み込んでゆく。
ざっと見積もっても大型トレーラーを軽々と超える質量。
当たれば即死は免れないだろう。
いつそれが発射されてもおかしくはない状況だった。
正に絶体絶命。
だが、それすら予想していたかのように、大男は魔力を最大まで練り上げ、長い長い一本の炎の刃を作り出す。
そして勝負は瞬く間に決する。
先に動いたのは大男だった。
「奥義、煉獄斬り!」
彼の獣じみた剛声と共に、一本の刃が振り下ろされた。
雪の巨人を雪玉もろとも両断し、地割れのように積雪していた雪面が割れていた。
高温の熱によって雪は瞬時に蒸発し、水蒸気が霧のように立ち込める。
両断された雪の巨人の断面にはまだ火の粉が舞っており、再生は不可能な状態だった。
次第に生気がなくなっていくかのように、雪の巨人は雪の塊へと姿を変えてゆく。
同時に、周囲を囲っていた雪壁も崩れていった。
大男はまだ残火の付いた刃を振り払うと、背中に背負っていた鞘へ刀を納める。
「お主ら、大事ないか?」
大男は二人に声かけながらこちらへ振り向いた。
その姿に、思わず驚愕の声が漏れる。
「ゆ、雪男!?」
先ほどまで二人を命がけで守ってくれていた大男の正体は、全身毛で覆われた人型の巨人だった。
大男ははてと首を傾げ、納得したかのように口を開く。
「これは驚かせてしまったな。そうか、こちらの世界では獣人はおらぬのだった。ハッハッハッ!だが拙者は雪男などではないぞ。そうだまだ名を名乗っていなかったな!拙者はシラヌイと申す」
笑いながら意気揚々と自己紹介を済ます大男は、目線を合わせるようゆっくり座り込んだ。
一方で、二人は開いた口が塞がらなかった。
ファンタジーにも程がある。
いや、これまでを振り返っても割とファンタジー感は否めなかったし、なんなら見て見ぬふりをしていた部分も大いにあったが、これはもう見て見ぬふりなどできない。
アニメやマンガでしか見たことのないこの状況を脳が整理するのを止めた。
しかし、獣人と聞いて雪男ではないと納得した。
目線が合ったことによってわかったことだが、獣耳があり、骨格は人とは違い犬や狼のそれだった。
「あ、あぁ……。た、助けてくれてありがとう。俺はソラ。こっちはソウマだ。その……よろしく」
ソラの自己紹介にソウマもなんとか反応して軽く会釈をする。
この状況をすべて飲み込むには相当な時間が必要だが、聞きたいことは山ほどあった。
「なぁシラヌイさん。さっきこちらの世界ではって言ってましたけど、こちらじゃない世界もあるんですか?」
「無論。お主らはウィザードという言葉は知っているようだな?」
「あ、はい。歴史で聞いたことはあります」
「アレは拙者のいる世界に召喚しているに過ぎない」
「召喚……ですか。でもこちらの歴史では五十年ほど前にあったとしか聞いてないのですが……」
「召喚は毎年定期的に行なっておると聞くぞ?あぁ、そういえば召喚と返還のラグを最小限にする技術が確立されたのが丁度五十年ほど前だったな」
ラグとは、恐らく召喚と返還の時差のことだろう。
通常、行方不明としてニュースに取り上げられるには、何日も行方不明の状態になり親族が警察に届けを出して初めて行方不明者として取り上げられるのだ。
もし、そのラグが半日や数時間であるならば、更に本人が召喚されたことを覚えてないとすれば、それは行方不明とはならない。
通りでニュースに取り上げられないはずだ。
「そんなことより、なぜウィザードではない一般人がこんな危険な場所におるのだ?一般人はいないと聞いていたはずだが」
「あー、そのことなんだけど、なんで説明したらいいかな。俺らは能力って呼んでて、魔法みたいなもんなんですけど、数ある魔法の中からひとつだけ使えるみたいな!ソウマでいうと、電気みたいな!」
ソウマは両手の間で電気を流して見せる。
「ただ、魔法との違いとして、使い過ぎると代償を伴うってところかな?」
「ふむ、つまり、魔法のように様々な種類は使えず魔力消費もないが、その代わり代償を伴うと。そういうことで良いか?」
「まぁそんな感じです」
「して、お主はどんな能力を使うのだ?」
シラヌイはソラの方へ興味を示す。
「あぁ……。俺は、その……。記憶喪失で何の能力が使えるか自分でもわからないんです……」
「そうか。それは失礼なことを聞いた」
シラヌイの謝罪にソラは慌てふためく。
「それより、一般人はいないって言ってましたよね?それって、一般人はその……死んでしまったんですか?」
「否、拙者も聞いた話故詳細は知らぬが、一般人はいない。が、生きてはいる」
「そ、そうなんですね……!」
生存確認ができて、ソラとソウマは安堵する。
ひとまず、人類は滅びてはいなかった。
では、人類は一体何処へいってしまったのだろうか。
その答えを知るのは、まだ先になりそうだ。
「ところで、あの雪の巨人はなんだったんすか?あれもそっちの世界から来たとか?」
「否、アレはこちらの世界に来た異物じゃ」
ソウマの問いに、シラヌイは神妙な面持ちで語り始める。
「奴らは物質に憑依し、その物質の特性を理解し、自我を持つ生命体じゃ。例えばこの雪。単体では脆いが押し固めれば強固なものとなる。ただし、熱に弱いのは同じこと。奴らは一度物質に憑依すると他の物質には憑依できぬようじゃからな。故に、雪に憑依したなら熱を与えてやれば簡単に死滅する。我々はこの生命体を憑依生命体と呼んでおる。そしてこの世界を侵略せんとする此奴らを殲滅して回っておるのじゃ」
ーー憑依生命体。
道中雪の中を蠢いていたアレも恐らく同じものだろう。
いずれにしても、厄介な存在であることは間違いない。
仲間の救出だけでさえ手一杯なこの状況で、謎の敵まで現れるとは、不運としか言いようがない。
だが幸いそちらの処理はシラヌイが対応してくれそうだ。
恐らく単身ではなく、他にも仲間がいて、各地に赴いては殲滅をしてくれているのだろう。
ならば、ひとまず憑依生命体については彼らに任せても問題はなさそうだが、不測の事態に備えてカグラ達と合流した際にこのことは伝えた方が良さそうだ。
ひと通り話終わると、シラヌイは立ち上がる。
「さて、では拙者は見回りに戻るとしよう。お主らも奴らには気を付けなされ。特に先ほどのような大型の憑依生命体は特殊じゃが、見つけ次第殲滅するのが得策であろう」
「わかりました、シラヌイさん。改めて、助けてくれてありがとうございました!」
「達者でな」と手を振りながらシラヌイは銀世界の中へ消えていった。
「さて、じゃあ俺達も先を急ぐか」
シラヌイを見送った後、二人は再び歩き始めた。
ここで一度話を整理してみよう。
現在、我々は各地に点在している施設にいるであろう能力者の救助に向かっている。
しかし、行く手を阻むように世界は崩壊し、日本の四季は既に失われていた。
そして突如と現れた謎の憑依生命体。
さらにそいつらを殲滅せんとウィザードが各地を回っている。
ここまで整理して、ふと疑問が湧いてくる。
「なぁ、俺達、なんでここにいるんだろうなぁ」
ソラの唐突な呟きに、ソウマは思わず足を止める。
「は?いきなりどうした?」
「いやさ?シラヌイさんの話じゃ、一般人は恐らくどっかに避難してるんだろ?じゃあなんで俺達はそこに含まれてないのかなぁって」
答えのない問いに、戸惑いながら二人は静寂の中歩き始める。
「それは多分、そのうちわかるんじゃねぇか?」
ソウマは天を仰ぎながら答えた。
彼らはまだ知らない。
なぜ彼らがここに存在しているのかを。
その理由を。
知る由もない。
それはソウマの言った通り、そのうちわかることとなる。
「あ、そうだ。そういえば、またあの厄介な憑依生命体?が攻めて来たらどうするんだ?俺は論外として、ソウマの能力でどうにかできるもんなのか?」
「あー、多分それは大丈夫。要は熱があればいいんだろ?」
彼は得意げに話し始める。
「電気エネルギーってのは、熱エネルギーに変換されやすいんだ。つまり、大量の電気を流せば、それがどんどん熱エネルギーに変わって、ボンって寸法さ」
「そんな上手くいくかねぇ〜」
「まぁなんとかなるっしょ!」
理論上は可能だろうが、まぁ試してみるしか方法はない。
ひとまずはソウマの作戦を信じることにしよう。
腰に手を当てたところで、あることに気付く。
トランシーバー。
そういえば、出発前に各自ひとつずつ渡されていた。
これを使えば、現状について向こうと共有できるかもしれない。
「なぁ、あっちと別行動してから暫く経つし、憑依生命体のこととか共有した方がいいんじゃないか?」
「あぁ、そうだな」
ソウマの賛同を得て、トランシーバーに手を伸ばした瞬間、彼の口から制止の声が飛ぶ。
「待て。どうやらこいつらの殲滅が先みたいだ」
目の前には雪だるまの形を成した物体がこちらへ近づいてきている。
敵は三体。
恐らく先ほどの生き残りだろう。
「さて、それじゃあ実験といきますか!」
ソウマは不敵な笑みをすると同時に、右手に力を込めた。
右手から電気が発生する。
それをピストルのような形にして、端の憑依生命体へ向ける。
「穿て!」
彼の放つ電気は雪だるまの頭部に命中し、貫通した。
その電気はまるで生きているかのようのに、他の二体の頭部を貫通し、ソウマの左手に電気が繋がる。
「通電完了!後は電気の流す量を増やせばいける!」
通常、電気は電流と電圧によって成り立っている。
そしてその二つをかけ合わせたものが電力であり、電力が大きいほど熱エネルギーも大きくなる。
彼の狙いは、両手から流れる電流量を増やし、莫大な熱エネルギーを発生させることだ。
勿論それは能力を使い続けることになるため、身体への負担は大きくなる。
熱エネルギーによって雪だるまの体力がなくなるのが先か、ソウマの能力が限界を迎えるのが先か。
ここからはソラには想像のできない戦いであった。
が、決着はすぐについた。
雪だるまは暫くもがいていたが、次々と頭部が破裂し、雪の塊と化した。
あまりの決着の速さにソラは呆気に取られていたが、ソウマは満足そうに微笑んでいた。
「っしゃ!実験成功!」
「やるじゃんソウマ!これで奴らの相手は問題なさそうだな!」
二人は嬉しさのあまりハイタッチを交わす。
ソウマの言う実験は一種の賭けではあったが、成功したということでひとまずは安心だ。
これで憑依生命体との戦闘も問題なく対応することができる。
思い出したかのように、ソラは腰に下げていたトランシーバーを手に取った。
「じゃあ、殲滅もしたことだし、あっちと連絡をとろうか」
そう言ってソラはトランシーバーを取り出し、通信を始める。
「こちらソラ、聞こえるか?聞こえたら応答してくれ」
少し間が空いて、応答が返ってくる。
「こちらカグラ。どうやら生きているようね。それで、何かあったの?」
「まぁ色々あって。それは合流してから話すとして、先に共有しておきたいことがあって連絡したんだ」
「そう。こちらも進展があったから共有するわ。それで、何があったのかしら?」
「説明が難しいんだけど、道中、雪に憑依して襲ってくる生命体が出てくるかもしれない。奴らの弱点は熱だ。いや、正確には雪以外にも憑依するんだけど……。まぁとりあえず、未知の生命体が潜んでいる可能性があるから、うまく対処してくれ」
「曖昧な説明ね。とりあえず未知の生命体が潜んでいることは理解したわ」
「まぁとにかく説明がちょっとややこしいんだ。とりあえずその理解で問題ない。それで、そっちは何かあったのか?」
「えぇ。それはーー」
カグラの話を聞いた二人は、通信を終えると同時に走り出す。
理由はわからない。
ただ、彼らの直感が、早急に合流しろと、そう告げていた。




