第2章 第6話 実験と合流。
ソラとソウマがシラヌイから憑依生命体について説明を受けていた頃。
「ちょ、ちょっと止まりなさい!」
カグラの唐突な一言に一同は動きを止める。
続いて、冷静さを保つため呼吸を整えた後、カグラは静かに言葉を発する。
「足跡を見て」
一同は彼女の不可解な言動に戸惑いつつ、自分の歩いてきた足跡を確認する。
「どうしたんだカグラ。至って普通の足跡だけど」
「違うわ!前よ」
花坂の言葉を予測していたかのように苛つきを見せながらカグラは声を荒げる。
その言葉を聞いて、一同は前方を振り返る。
そこには、あるはずのない足跡が確かに存在していた。
いつから存在していたのか、誰のものなのかはわからない。
わかることは、カグラ達以外に誰かが近くにいるということ。
「花坂、救助者は大人?」
「い、いいえ、違います。君達と同じ年代のはずです」
「じゃあこの大人の足跡に心当たりは?」
「……ありません」
花坂は動揺を含んだ声で呟いた。
ここまでの前提を一度整理しよう。
まず、国民はシェルターに避難していると推測されるため、基本的に我々と救助者以外に人は存在しないこと。
次に、この足跡は明らかに大人の足跡であること。
つまり、我々と救助者以外の何者かが、この地に存在しているということになる。
「いや……一人、心当たりがあります」
花坂は唐突に呟いた。
「施設には我々と同じく、管理者が配置されています。なので管理者の足跡という可能性も否定はできません」
「でも、仮にそうだったとして、こちらへ向かう足跡がないのが不自然だわ。数日かけて歩いたことによって足跡が消えたという可能性はあるかもしれないけれど、この何もない場所を往復する必要性が果たしてあるかしら。それに外に出るなら救助者を置いて一人で出歩くというのも不自然よ。そう考えると、管理者という線はかなり薄いわね」
カグラの推測は恐らく正しい。
正しいが故に、誰も反論ができなかった。
つまり、この足跡の先に待ち受けるのは、我々の敵である可能性がある。
しかし、これ以上の情報がない今この時点では、敵と決めつけることすらできなかった。
「とりあえず、この足跡を追ってみよう」
沈黙を破るように、ユイは提案した。
「で、でも、仮に敵だったら、安易に追うのは危険じゃない?」
ハヅキは怯えながら反論した。
「ハヅキの意見は尊重するわ。確かに、このまま足跡を追えば、いずれ敵の罠にかかる可能性もある。でも、残念ながら私達が向かう方角とこの足跡は同じ方向なのよ。つまり、私達には追うという選択肢しかないの。花坂、あなたの意見は?」
「残念だが、カグラ君の意見に賛成だ。仮に敵であった場合、我々の目的である救助者の安否のこともある。身の危険は承知の上だが、このまま進むしかないだろう」
「じゃあ、このまま進むということで、いいわね?」
カグラの確認の言葉に、皆は静かに頷く。
そんな時だった。
突如カグラのトランシーバーから声が聞こえた。
「こちらソラ、聞こえるか?聞こえたら応答してくれ」
トランシーバーの音に引き寄せられたのか、皆がカグラの方へ駆け寄ってきた。
カグラは少々面倒くさそうにトランシーバーを手に取る。
「こちらカグラ。どうやら生きているようね。それで、何かあったの?」
「まぁ色々あって。それは合流してから話すとして、先に共有しておきたいことがあって連絡したんだ」
「そう。こちらも進展があったから共有するわ。それで、何があったのかしら?」
「説明が難しいんだけどーー」
ソラの話によると、どうやら未知の生命体が潜んでいるらしい。
詳細は合流してから話すらしいが、とにかく気を付けてほしいとのことだ。
曖昧且つ非現実的た話なため、とても信じられることではないが、実際に体験している者がいるのだ。
嘘ではないだろう。
「それで、そっちは何かあったのか?」
「えぇ。それは、第三者の、それも大人の足跡を見つけたことよ」
カグラの発言に、なぜかすぐに返事の応答がなかった。
あちら側で何か話し合っているのだろうか。
暫く沈黙が続いた。
「そうか。一般人はいないみたいだし、敵か味方かもまだわからないんだよな?とりあえず気を付けてくれ」
「そのつもりよ。というか、なんであなた達が一般人がいないことを知っているの?」
「あぁ、それについても聞いた話だから信憑性はないが、合流したらちゃんと説明するよ」
「えぇ。よろしく」
「それと、足跡の主は味方の可能性もあるから、急いで合流するよ」
「え……えぇ。わかったわ」
ここで音声が途切れた。
「とりあえず無事でよかったねカグラっち!……カグラっち?」
カグラは考え事をしている様子で、トランシーバーを握り締めたまま立ち尽くしていた。
「え?あぁ、そうね。でも色々と腑に落ちないのよ」
そう言って花坂の方へ目を向ける。
「あの二人に一般人のことは話した?」
「いいえ、話していませんよ」
「とすると、ソラとソウマ以外にも誰かいた可能性が……。いや、そういえば聞いた話と言っていたわね。ということは、確実に第三者がいたことになる。そしてその第三者は味方で且つ現状にも詳しい人間である可能性が高い。私が足跡について話した時も、味方を示唆していたのはそのことか……」
カグラは独り言のようにブツブツと呟いていた。
「私達と救助者以外に人がいるという心当たりは?」
「それは……ありません」
「そう」
完全ではないが、カグラの中である程度腑に落ちた様子だった。
「ソラとソウマも早めに合流すると言っていましたし、合流してから答え合わせをしましょう」
花坂が話をまとめた。
現状の情報だけでは推測の域を出ないのは確かだ。
ならば聞いて確かめる他ない。
カグラは漸くトランシーバーをしまって、「それじゃ、行きましょう」と言って歩き出した。
足跡の主が敵である可能性は変わらない。
引き続き警戒しながら一行は歩いてゆく。
「そういえばソラっち、未知の生命体がどうとか言ってたよね〜。アレなんだろ?」
「エイリアン……とか?」
ハヅキは恐る恐る答えた。
「そんなわけないっしょー!もーハヅキっちったら怖がりさんなんだから!あ、でも仮にエイリアンだったら、この異常気象と何か関係あったりするのかな?例えば隕石が落ちてそれと一緒にエイリアンも襲来した、とか!」
「そんな非現実的な話あるわけないでしょう。そもそもこの異常気象だって何が原因か正確にわかってるわけじゃないし。そうでしょう?花坂」
「まぁ、そうですね。私も世界規模の災害だろうという推測の話しか聞いてませんから」
「でもわかんないじゃん!ウチはエイリアン説を推すね!」
ユイは腰に手を当て、人差し指を立ててポーズを取った。
カグラ達はやれやれといった表情で、軽く受け流す。
「ちょっと!無視しないでよー!」
一行は再び歩みを進めるのであった。
ソラとトランシーバーで話してから暫くして、急に無言の時間が流れる。
真っ先に異変を感じたのは、やはりカグラだった。
「何かしら。妙に殺気を感じるわね」
「え?そうかな〜。確かになんか見られてるような気がするけど」
「なんか、怖い……」
「殺気ですか?私にはなんとも」
ユイとハヅキは何かを察しているようだが、はっきりとは感じ取れていない様子だった。
皆が耳を澄ますと、雪の中を何かが通り過ぎる音がする。
一行は立ち止まり、警戒の態勢を取った。
雪の中を通り過ぎる音は、次第に近く、大きくなっていく。
近づいてきている。
何かが。
ほんの数秒、音が止んだ。
瞬間、白くて細長いものが飛びかかってくる。
「ルームカット!」
すかさずカグラは能力を使い、白いそれを透明な空間に閉じ込めた。
空間の中で暴れ回るそれは、蛇のような形をしていた。
「さ、さすがカグラっち!」
「これは一体……」
褒め称えるユイと、観察をする花坂。
「どうやら、これがソラの言っていた未知の生命体じゃないかしら」
予想外の出現だったが、こういうのに慣れているのか、カグラは余裕そうな様子だった。
相変わらず雪でできた蛇は暴れ狂っている。
こんなのに噛まれでもしたらひとたまりもない。
一歩下がって観察をする彼らに、カグラは声をかける。
「別にそんなに警戒しなくなって、襲ってこないわよ」
「そ、そうなの?なんか見えない箱に入ってるような感じはするけど、噛まれたりしない?」
「私の能力を侮らないでちょうだい。空間を切り離しているから噛まれることはないわ」
なんとも便利な能力だ。
仕組みとしては、未知の生命体の周囲の空間を切り離して、立方体の見えない箱に閉じ込めているような状態だ。
よって、こちらから触れることはもちろん、相手側からも触れることはできない。
カグラの話を聞いて安心したのか、皆は近付いて白いそれを観察している。
「見た目は蛇ですけど、質感は雪ですね」
「確かに!なんか動いてる雪ってファンタジーだよね!見た目蛇だけど」
「でも、正直不気味じゃない?怖さが勝っちゃっうんだけど……」
各々が感想を述べていた。
初めて見る好奇心と、現実味のない恐ろしさが入り混じる。
「そろそろいいかしら」
ひと通り観察し終わったところで、カグラが割り込んでくる。
「確か、ソラの話では熱に弱いらしいわね。でもその前にちょっと実験してみたいわ」
急にマッドサイエンティストみたいな発言をするカグラに、一同は恐れをなして後ずさる。
「じ、実験って、何をするつもりですか?」
「そうね。一応生物の形をしているけど、半分に切ったらどうなるのかしら。普通の蛇ならそれでも死ぬわよね」
そう言って彼女は躊躇なく空間を真っ二つに切り取る。
暫く様子を見ていたが、どちらも踠いているようにも見えるが、死ぬ様子はなかった。
「なるほど。これは厄介ね」
彼女の発言に花坂は疑問を投げかける。
「というと?」
「ソラは熱に弱いと言っていたのは覚えているわよね。つまり、熱以外ではこの生物は死なないということよ。恐らく、雪の性質が残る限り死ぬことはないんでしょうね。逆に言えば、雪の状態でなくなればこの生物は簡単に死滅するということかしら」
カグラは真っ二つにした空間をひとつに戻す。
すると、切れていた部位がくっつき、元通りになってゆく。
「なるほど、死滅しなければ再生もするのね」
「すごっ!本当にくっついたー!」
「なんか、雪のスライムみたいだね」
興味津々の二人を他所に、カグラは考え事をしている。
「何か、気になることでも?」
「まぁ少し。この生物は地球上の生物とはつくりがまるで違うわ。致命傷になる切断をしても無傷だった。つまり、適切な方法でない限り死滅することはないということ。あと、憑依と言っていたわね。今回は雪に憑依したけれど、雪以外にも憑依する可能性があるとすると、それ相応の対応をしないと死滅させることはできない。これはとても厄介な生命体よ」
カグラの考察に花坂は黙り込む。
恐らくカグラの考察は正解に近い。
そして対処法が限られているこの現状で、全員を守り切る保証がないと花坂は考えていた。
「謎が残る部分や不確かな部分もあるかもしれません。まずはソラ達と合流し、詳細を聞きましょう。それと、この生命体にはなるべく遭遇しないことを祈るばかりです」
「そうね。ここで考えていても仕方がないわ。まずは合流して話を整理しましょう」
カグラは納得した様子で、憑依生命体に群がる二人のもとへ歩き出す。
「そろそろいいかしら」
「いいけど、これ、どーするの?」
「最後の実験よ」
そう言うと、カグラは憑依生命体に向かって指を差しそのまま上方向へ手首を曲げた。
すると先ほどまでそこにいたそれは、一瞬にして消え去る。
「あれ?どこ行っちゃったの?」
「ソラが言ってたでしょ。コイツの弱点は熱だって。だからちょっと太陽で日光浴でもしてもらおうかと思って」
透明な空間に閉ざされたそれは、脱出することも叶わぬまま、太陽とご対面することとなった。
ほどなくして、カグラは上方向に曲げていた手首を戻す。
すると、さっきまで蛇の姿をしていたそれは完全に液体となっていた。
カグラはそれが既に死滅していることを確認すると、閉じ込めていた空間を解除する。
重力に従って落ちていく液体は、雪面と接触した瞬間蒸発するような音を立てた。
カグラはその様子を観察していたが、納得したのか「それじゃ、行きましょう」と言って歩き出した。
「ねぇねぇ、実験ってなんだったの?」
「あぁ、恐らくこの生命体は雪でなくなることが死に繋がると想定して、一度液体にしてみたのよ。そしてその状態のまま再び雪の上に落としたら生き返るのか試してみたけど、予想通り一度形を保てなくなったものは生き返ることもないようね」
「ふーん。なんかよくわかんないけど、とりあえず私達と同じ、死んだら生き返らないってことはね!」
本当に理解しているのかどうか不安になる返答だったが、カグラは特に反応もせず歩き続ける。
彼女は彼女なりに憑依生命体について知ろうとしていた。
寧ろ、ソラが話していた数少ない情報からここまで知り得たのは賞賛ものである。
後は合流した時に答え合わせをすれば全貌は明らかになると考えているのだろう。
ーー
憑依生命体との接触後、一行は歩き続けているが、謎の足跡以外特に変わったこともなく、口数も減っていた。
あれからどれくらい歩いただろうか。
そんな時、後ろから何かが聞こえてきた。
その声は次第に大きくなっていく。
振り返ると、走りながらこちらへ向かってくるソラとソウマの姿があった。
「お、お待たせ」
「随分と遅かったわね。もう二度と会わないかと思っていたところよ」
息を切らしながら話すソラを他所に、カグラは冗談ともとれないような一言を漏らした。
「さて、じゃあ合流もできたことだし、早速情報共有でもしましょうか」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。水分補給だけさせてくれ」
ソラとソウマは水筒の水を飲み、息を整える。
「ソラ君もソウマ君も無事で何よりだよ。危険なことはなかったかい?」
「まぁ、色々ありましたけどなんとか。その辺の話はこれからしますので」
息を整えた二人は、ここまでの経緯について話始める。
巨大な憑依生命体と遭遇したこと。
シラヌイという獣人に助けてもらったこと。
ウィザードの召喚は毎年行われていること。
ざっとこんなところだろうか。
ひと通り話終わると、ユイが興味津々で聞いてくる。
「ねぇねぇ!獣人って犬系?猫系?それとも狐系?」
「うーん。強いて言えば、狼系かな?」
「狼系かぁ〜!私もそのシラヌイさんに会ってみたいなぁ〜!」
「なんかユイ、動物園とか動物カフェのそれと勘違いしてないか?」
「いやいやそんな!ただモフモフしてみたいだけだよ!」
触りたいだけだった。
恐らく猫に顔を埋めて息を吸うアレと同じだろう。
まぁ確かにわからなくもないが、実際に見ている側からすると、臭いとか毛並みとか、その辺が少し気になってしまう。
「モフモフ、私もしたい……!」
ユイにつられてハヅキも目を光らせていた。
女の子はこういうのに目がないのが見て取れる。
もし次に会えた時はモフモフできるといいなと、ソラは苦笑いしながら思っていた。
「それで、カグラの言ってた足跡だけど……」
「ええ、これよ」
足元を観察すると、確かに見知らぬ大人の足跡が続いていた。
「俺達の話を聞いて、どう思う?」
「正直わからないわね。あなたが会ったというシラヌイのものではないとして、ウィザードのものだとしても、実際に誰もウィザードと遭遇していないから確証は持てないわ」
カグラの言う通りだ。
そもそもウィザードが彼女らと同じくらいの年齢なのか、大人なのかすらわからない。
シラヌイはウィザードの存在についてしか話しておらず、各地にいるであろうウィザードが子供か大人かについては言及していなかった。
「まぁ、確証が持てない限り警戒するしかないな」
「警戒しなくとも、もうすぐ会えると思うわ」
カグラは足跡の先へ向かって指を差す。
その先には大きな建物が見えた。
「恐らくこの足跡の主は、あの建物の中へ入ったはず。そして、救助者がいる方角とも一致している。救助者も恐らくあの建物の中ね」
「救助者も?そうなのか花坂」
「恐らく。周りには他にそれらしい建物もないですし、救助者がいるとすればあの建物で間違いないでしょう」
「じゃあこの足跡が敵のものだったとしたら、それこそ危険じゃないか?」
思わずソラは取り乱してしまう。
「落ち着いてちょうだい。それこそ相手の思う壺よ。罠の可能性だってあるわ」
「そうか、そうだな。とりあえず行ってみるか」
建物が見えると言ってもまだ数百メートル先。
一行は周りに警戒しつつ前進する。
そんな時だった。
どこからか、トランシーバーのノイズ音が聞こえてきた。
音の出所は花坂のものだった。
花坂が持つトランシーバーは、他の管理者との通信も可能で、正にそれは管理者からの通信だった。
「こちら第四班!こちら第四班!誰か応答してくれ!」
「こちら花坂、どうした飯島!」
「正体不明の敵に襲撃されている!至急応援を求む!」
「敵?敵は人間なのか?」
「は?何を言っている!そんなの当たり前じゃないか!いいから早く応援をよこせ!」
どうやら第四班が襲撃に遭っているらしい。
声音からして、かなり深刻そうだ。
だがこの状況で応援を求められても、彼らにはどうすることもできなかった。
「おい!応援はまだか!とりあえずワープでどうにかーー」
これを最後に、通信が途絶えた。
「こちら花坂、おい!飯島!聞こえたら応答しろ!」
花坂の呼びかけに反応はなかった。
「カグラ君、ワープで第四班の所まで移動はできますか?」
「無理よ。初期値ならまだしも、どこへ移動したかわからないんじゃ、ワープのしようがないわ」
「クソっ!何か方法はないのか……」
花坂は膝から崩れ落ちる。
相手が助けを求めているのに、何もできない無力感ほど悲しいものはない。
その後も、トランシーバーから通信音が聞こえることはなかった。
ソラ達はただ、崩れ落ちている花坂を見ていることしかできなかった。




