消えない違和感
名前が、出てこない。
ほんの一瞬。
それだけのはずなのに——
その“空白”が、消えない。
黒板に、チョークを当てる。
書こうとした文字が、途切れる。
違う。
今、呼ぼうとしていた。
誰かの名前を。
授業中。
教室は静かだ。
いつもと同じはずなのに、どこかズレている。
視線が集まる。
それなのに。
ひとつだけ、足りない気がする。
黒板の端に、目がいく。
消しきれていない白い跡。
何かが、そこにあった。
そう思うのに。
思い出せない。
チョークを持つ手に、違和感がある。
重い。
指に、馴染まない。
まるで——
誰かの代わりに、持っているみたいだ。
「……」
振り返る。
生徒たちは、何も言わない。
ただ、こちらを見ている。
その中に。
空白がある気がした。
一つだけ。
席が、空いている気がした。
でも。
数えれば、合っている。
おかしい。
はずなのに。
何も、おかしくない。
放課後。
誰もいない教室。
黒板の前に立つ。
指で、端をなぞる。
かすかな感触。
確かに、何かが書かれていた。
そう確信する。
机に目を落とす。
ノートがある。
見覚えはない。
それでも、なぜか開く。
途中のページで、止まる。
もし、全部忘れても。
この名前だけは、消すな。
お前が呼べ。
息が、止まる。
“この名前”。
呼ばなきゃいけない。
分かっている。
なのに。
出てこない。
喉の奥で、言葉が崩れる。
思い出そうとするたび、遠ざかる。
手を伸ばせば届きそうなのに。
触れられない。
そんな距離。
胸の奥が、ざわつく。
理由なんてないはずなのに。
ただ。
間違えている気がした。
何かを、落としてきた気がした。
それでも——
この“違和感”だけは、消えない。
黒板を見る。
何も書かれていないはずの場所。
それなのに。
そこに、名前がある気がした。
呼ばれるのを、待っているみたいに。
「……」
声が出ない。
でも。
分かっている。
これは、終わりじゃない。
まだ、間に合う。
そう思った瞬間——
胸の奥が、強く締め付けられた。




