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最初の言葉
昔、同じことを言われた。
『誰かを、見捨てるな』
あの教師は、いつもそこにいた。
教室の後ろ。
ドアの近く。
寄りかかるように立っていた。
どんな日でも。
雨の日も。
自分が教室に来ない日でも。
なぜか、いつもそこにいた。
「また来たのか」
面倒そうに言いながら、追い返しはしなかった。
「帰れよ」
そう言いながら、ドアは開けたままだった。
何が面白いのか分からない顔で。
それでも、毎日同じことを言ってきた。
正直、嫌いだった。
鬱陶しかった。
でも——
いなくなるとは、思っていなかった。
ある日。
来なかった。
次の日も。
その次の日も。
誰も、何も言わなかった。
黒板の前に立つ。
あの人が書いた言葉だけが、残っていた。
『誰かを、見捨てるな』
思い出そうとする。
名前を。
顔を。
声を。
でも、
——何ひとつ、残っていなかった。
輪郭が、崩れていく。
手を伸ばせば届きそうなのに、触れられない。
そんな距離にいるみたいだった。
それでも。
その言葉だけは、消えなかった。
だから——
忘れないために。
今、自分がここにいる。




