残されたもの
教室は、妙に静かだった。
誰も、結城のことを口にしない。
机は、そのまま残っているのに。
椅子も、昨日と同じ場所にあるのに。
そこだけ、空気が違った。
ぽっかりと、穴が空いたみたいに。
視線を向けるやつもいない。
気づいていないふりをしているのか。
それとも、本当にどうでもいいのか。
分からない。
ただ——
「……」
教師は、何も言わなかった。
いつも通りに授業を始めて、
いつも通りに黒板に字を書く。
その背中が、少しだけ固く見えた。
チョークの音だけが、教室に響く。
カツ、カツ、と。
やけに大きく聞こえた。
言えばよかったのかもしれない。
あの時、もう少し。
違う言葉を選べていたら。
そんな考えが、頭をよぎる。
でも——
もう、遅い。
ふと、結城の机に目がいく。
中は、空だった。
ノートも、何もかも。
昨日まで、そこにあったはずなのに。
まるで最初から、何もなかったみたいに。
胸の奥が、わずかに軋む。
ふと、黒板の端に目がいく。
消しきれていない白い跡。
昨日の授業の名残か、
それとも、もっと前のものか。
分からない。
ただ、その場所だけが気になった。
『誰かを、見捨てるな』
気づけば浮かんでいた。
書かれていたわけでもないのに。
手が、止まる。
ほんの一瞬だけ。
けれどすぐに、何事もなかったように動き出す。
授業は進む。
時間も、進む。
何も変わらないみたいに。
それでも——
何かが、確実に変わってしまっていた。
結城の席だけが、
ぽっかりと空いたままだった。




