第9話 ガド山魔窟
ダリオの修行には、魔窟についての詳細な座学も組み込まれていた。
ゲームでは割愛されていた部分も多く、初めて知ることも少なくない。
大きく分けて、探索者の活動領域は「大陸外」と「大陸内」の二つ。
大陸外とは、深淵大陸イデアでの探索を指す。
だが、そこへ渡るには海を越えねばならず、ギルドで認印を得なければ、足を踏み入れることは許されない。
だから、探索者たちは、まず大陸内での探索で経験を積むことになる。
その大陸内には、『夢見る終わりの創造主』が現れて以降、魔獣が集団で湧くようになった。
そうした危険地帯は、いくつかの種類に分けられている。
最も巨大なものが『遺跡』。ほかに、『集落』や『魔窟』などが、各地に点在している。
こうした場所は各地にアトランダムで生まれるため、それを駆除することが、探索者としての一般的な経験になる。
それらの危険地帯の中でも、魔窟には『識異点』と呼ばれる特徴がある。
最奥に向かうと座標の歪みが発生しており、そこに踏み込むと、強制的に別の空間へと転移させられる。
転移先は濃い霧で囲まれた空間になっており、『識異点魔獣』と呼ばれるボスが待ち受けている。
これを倒せば識異点は解除され、元の魔窟へ帰るための「戻り穴」が、一定時間だけ開く。
ここまでは、ゲームでも見知った情報だった。
だが、ダリオの説明には、さらに先があった。
「ちなみに、この転移先は、おそらく深淵大陸イデアのどこかだ、ってのが通説になっててな。
『戻り穴』が開き始めると、四方の霧が徐々に晴れていって、周りを少し探せるようになる。そこで特殊なアイテムが見つかることもある。
そういうところから、『あれは深淵大陸イデアの中なんだろう』って言われてるわけだ。
これまで識異点魔獣以外が現れた事例は一度もないから、安全性も担保されてるって話だ」
そこで一息つくと、ダリオは改めて、こちらの目をまっすぐ見据えた。
「ただしな。霧が完全に晴れると同時に、『戻り穴』も閉じちまう。
戦利品集めは手早く済ませろ。
……過去には、その戻り穴からあえて戻らず、そのまま開拓を試みたパーティも何組かいたそうだが……全員、消息不明だ」
ダリオが、感情を交えず、淡々と告げた。
「絶対に、取り残されるなよ。いいな」
*
準備を整え、村の出口へ向かう。
「無事に帰ってこい」
そう言って、ダリオはルアの頭に、大きな手をぽんと乗せる。
ルアは少しだけ目を細め、力強く頷いた。
村を出て、未知のフィールドへと足を踏み出す。
いよいよ本当に冒険が始まるのだと思うと、期待と不安の入り混じった感覚が込み上げてきた。
一歩間違えれば、死と隣り合わせ——とはいえ、ゲーマーであるリツからすると、そんな現実味の薄い実感よりも、自分の身をもって冒険をするのだという高揚のほうが、多分に勝っていた。
村の郊外で、待ち合わせていたハナとスルギと合流し、村を背に、森を左手に見つつ、北へと歩き始めた。
「リツ、ルア、改めてよろしくね。王都だと周りは年上ばっかりだから、年が近くて嬉しいよ」
スルギが屈託なく笑いながらそう言うと、ルアが目を輝かせ、興味を隠すことなく尋ねた。
「ねえ、ダリオさんが言ってた『鬼の一族』って、なんなの?」
「あぁ、そうだよね。
僕たちの一族には、『鬼の血』ってものが流れててね。
血統因子ってやつで、それぞれに何かしらの鬼の力が現れるんだ。
特殊な一族だから、軍事で重宝されることが多くて。
……大体は十歳から十五歳くらいで力が発現するんだけど、僕はこの歳になっても、まだでさ。ほら、角がまだないだろう?
まあ、傍系の次男だから、特に焦ることなく自由にやらせてもらってる感じなんだけどね」
スルギが、前を歩くハナの背中を指差して、続けた。
「ハナが背負ってる木箱、見える? あの中に、七本の刀が入っててね。
ハナは侍じゃなくて、あれを魔法で操って戦う『魔剣士』なんだ。
それを可能にしてるのが、鬼の力。
なんていうのかな……勝手に攻撃を弾いてくれたり、武器を操れたりする、特殊なオーラみたいなものでね。
発動したときのオーラの色が青いから、『蒼鬼』って呼ばれてるんだよ」
ハナは、この世界でも指折りの実力者だ。ただ、ゲームでは仲間にはならない。
リツはその戦闘シーンを、ゲームシナリオの差し込み動画で一度だけ見たことがあるが、あれは……ハチャメチャに、かっこよかった。
生で見られるものなら、見てみたい。
とはいえ、ハナが蒼鬼の状態になるほどの戦闘は、よほどのことがなければ起きないだろうが。
道中、互いのスキルや役割についても話し合った。
「スルギは、何が使えるの?」
「『詰め寄り』と『硬斬り』かな」
「私は、発火と浮遊光が使えるのと、あとは拳術と棒術! 魔法より、そっちのほうが得意かも」
「……そうなんだ。頼もしいね」
魔法使いらしからぬルアの宣言に、スルギが少し引き気味に笑った。
彼女は今日もタンクトップにショートパンツという軽装で、魔法使いというより、武闘家のようなオーラを放っている。
「リツは?」
スルギに聞かれ、リツは少し悩んでから、ニヤッと笑って答えた。
「ちょっと、特殊な魔法が使えるんだ」
そう言って意識を集中させ、右手を虚空に伸ばす。
すぐさま空中に青白いグリッド線が走り、空間に小さな裂け目が生じた。
リツは手に持っていた予備の矢筒を、その裂け目の中へと放り込む。
「え!?」
スルギが、目を丸くした。
「見たことないだろ? 空間魔法って名前なんだけど……とりあえずこんな感じで、空間を作って収納するという魔法が使えるんだ。
戦闘では役に立たないと思うけど」
ルアも目を輝かせて、羨ましそうに続いた。
「それいいよねえ、羨ましい! ルアより魔法使いじゃん!」
「へぇ〜、なるほどねぇ〜。空間魔法かぁ」
ハナが、のんびりと口を挟んできた。
「そんなの、見たことも聞いたこともないけどねぇ。珍しいもんだ」
それだけ言うと、彼女はまた気だるげに、前を向いた。
修行中にステータスを確認したら、選んだ三つのスキルの『使用不可』が、いつの間にか外れていた。
ルアを助けた、あのチュートリアルストーリーをクリアした時点で、解除されたのだろう。
「空間魔法(特級)」は、魔法の中でも指折りに自由度の高い戦い方ができる。が、直接的な攻撃に使える魔法は習熟度がかなり上がらないと覚えないため、必然的にトリッキーな戦い方になる。
「四識眼」は、遠識・真識・写識・瞬識の四つの認識強化ができる特殊スキル。空間魔法と相性が良い。
「状態異常無効」はその名の通りで、状態異常対策としては最上位のものである。
現状と持ち合わせているスキルを考えると、大正解の選択肢だったと言えるだろう。
あの無茶苦茶な短時間で、これだけの選択ができた自分に、拍手を送りたくなった。
ただ——やはり全ての効力は最初から使えないようである。
まず、「四識眼」は遠識と真識の、それも初歩の域を出ない範囲しか使えない。
そして、「空間魔法(特級)」に関しては、最初に使えるようになる「空間収納」以外の魔法を発動しようとした瞬間、身体から一気に熱を奪われるような、悍ましい悪寒に襲われた。
結局、発動はできない。
習得はしているが、今の魔力では、ほとんど使えない。そういうことらしい。
*
険しい山肌に、ぽっかりと口を開けた穴。
そこから、不自然なほど白い霧が、まるで生き物のように、ゆらりと這い出している。
「霧の色は……白。よし、大丈夫そうだ」
リツは、自分に言い聞かせるように呟いた。
魔窟の入口から漏れ出す霧には、色がついている。
そしてその色が、内部の傾向を示している——というのも、ダリオの座学で教わったことだ。
白は、特に何の特徴も持たないため、最も低い難易度。
それ以外だと、黄は状態異常、赤は力自慢の魔獣、緑は魔法系、青は仕掛けや罠。
そして、複数の色が混ざっている場合は、それらが複合しており、高難易度であることを意味する。
このガド山魔窟の霧は、混じり気のない白。
つまり、第一位階の段超え試練に挑む者にとって、最も基本的で、素直な魔窟ということになる。
正直、このあたりはまだゲームでは初期過ぎて、リツはどんな敵が出てくるのかを全く覚えていない。
少なくとも、白色であることを踏まえると、スライムやゴブリンなどの敵を始めとし、洞窟であるから、岩のような魔物が出てくるのだろう。
という程度の想像をしている。
「スルギ、頑張ってきなね〜。無事を祈ってるよ〜」
ハナが自分の頭に巻いていた鉢巻を外し、スルギの額にキュッと結んでやっていた。
「うん、行ってくる」
スルギが力強く頷き、三人は、白い霧が立ち込める魔窟の闇へと足を踏み入れた。
ようやく初めての冒険です。
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