第8話 死の筋書き
どれくらい歩いた頃だろうか。
不意に、ステラが肩の上で、ぴくりと耳を立てた。
その直後だった。
「——リツ、ルア! 下がっていろ!」
ダリオが大きな声を出した。
少しすると、茂みの奥から、緑色の影がいくつか飛び出してきた。
ずんぐりとした体躯。濁った目。手には、無骨な棍棒や錆びた刃物。
(ゴブリンだ……! 初めて見た)
数は、ざっと十数体。
醜い喉を鳴らしながら、ダリオの前にワラワラと出てくる。
「リツ、ルア、そこで見ておけよ」
最初の一声とは変わって、穏やかな声でダリオが指示し、一歩前に出た。
一匹が、ダリオに飛びかかろうとするが、ダリオは腰差しの剣で簡単に薙ぎ払い、吹き飛ばす。
そのまま、目の前にいた数匹を一閃で切り裂いた。
続く二撃、三撃。ダリオが剣を振るうたび、ゴブリンが面白いように崩れ落ちていく。
最初の敵の典型であるゴブリンなど、この男には相手にもならないらしい。
ものの数十秒で、群れは壊滅的になった。
数体のゴブリンが、形勢を悟って、茂みの奥へと逃げ出す。
中には、腕を落とされながらも、必死の形相で駆けていく個体もいる。
「何匹か、逃したか」
ダリオが、剣を鞘に納めながら、舌打ちした。
「追わなくて、いいんですか?」
「キリがない。それに、ルアとお前を置いて、深追いはできん」
そう言って、ダリオは逃げた方向を、わずかに目で追った。
「……ゴブリン程度の魔獣でもな、生き延びると、人間との戦い方を覚えて対策を立てたりしやがる。厄介な話さ。
……まあ、この辺りには俺がいることも分かっただろうからな。
やつらも最低限の悪意を持つ魔獣だ、圧倒的な力の差ってやつも、敏感に感じ取る。
逆に、村にはもう近づいてこんだろうよ」
終わるとすぐに村へ戻ったが、魔獣との遭遇も、それきりだった。
*
外に出たあの一件のあとも、修行の日々は淡々と続いた。
そうして、二週間ほどが経った頃。村に、来訪者が現れた。
「ダリオさーん。来ましたよー。忙しいのに、わざわざ来ましたよー」
やる気のなさそうな声が、外から聞こえてきた。
「おお! ようやく来たか! 待ちわびたぞ!」
ダリオの後について外へ出ると、鉢巻を巻き、腰に刀を下げた女性が、気だるげに手を振っている。
「あいつはハナ。現役の王国騎士だ。鬼の一族でな——蒼鬼と呼ばれている」
ハナは青色の髪をセンターで分けており、高い位置でポニーテールにしている。
そして、ウサギの耳のような位置から斜め後ろに角が二本生えている。
「はじめましてー。ハナですー。で、こっちが弟のスルギですー」
ハナの後ろに、もう一人、青年が立っていた。
姉と同じ青い髪を短く整え、体格に合ったプレートアーマーを着込んでいる。
歳は自分と同じくらいだろうか。
目元は姉によく似ているが、まっすぐで、穏やかそうな顔つきだ。
腰に刀を下げたその青年が、ひらひらと手を振った。
「スルギです。よろしく」
人当たりの良さが、立ち居振る舞いから自然と滲み出ている気がする。
実直で、穏やかで、誰からも好かれそうな——そんな空気をまとっている。
——スルギ。
本来であれば王都で最初に出会い、一緒に旅をする相棒のようなキャラクターである。
高火力のアタッカーであり、ほとんどのプレイヤーが主力キャラとして扱う。
だが、あるシナリオで——死ぬ。
どの選択肢を選んでも、そこは変わらなかった。
人気キャラクターゆえ、攻略サイトでも回避条件を探した者はたくさんいたが、誰一人として見つけられていない。
そういう物語として作られているのだ。
「リツです。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返す。
思っていたより、ずっと硬い手だった。剣を振り続けてきた人間の手だ。
(この手が、あそこで止まる)
ルアも笑いながら挨拶を交わしている。
その横顔を見て、胸の奥が、じわりと軋んだ。
——この物語で失われるのは、スルギだけではない。
目の前で笑っているこの少女もまた、いずれ、この世界からいなくなる。
そういう筋書きだった。
何周しても、何を選んでも、二人は物語から降ろされる。
(……変えられるのか?)
分からない。
そんなことが可能なのかも、そもそも自分にその資格があるのかも。
だが、ひとつだけ、確かなことがある。
ゲームなら、選択肢の中からしか選べなかったが、ここには、選択肢がない。
現にリツは、ダリオを言葉で押し切って、村の外に出た。
そんなコマンド、ゲームには存在しなかった。
自分が何をするかの自由度で変えていけることもあるんじゃないだろうか。
(……試す価値は、ある)
まだ何の当てもないが、その希望を、リツは胸の奥に小さく置いた。
各自が挨拶を終えたのを見て、ダリオが説明を続ける。
「実はな、中位魔獣の件もあってハナに調査を依頼していたんだが、スルギも段超え試練を目指しているということだし、前衛がいないお前たちのパーティにちょうどいい。
ならばパーティとして一緒に段超え試練に臨めばいいのでは、と話していたのだ」
ルアが、興奮した様子でダリオに詰め寄った。
「じゃあ、ついに段超え試練!?」
「そうだ。ガド山魔窟の識異点の解除だ。ハナが道を案内する」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
ようやく冒険への旅立ちです。
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