第7話 知らなかった世界
そんな修行の日々で、いちばん意外だったのは——ルアだ。
これは、ゲームでも語られていなかったが、初めて出会ったときの装いとはまるで別人で、普段の彼女は、タンクトップにショートパンツという、完全に肉体派の出で立ちだった。
「おばあちゃんとの修行の日は、魔法使いらしくしなきゃいけなくて」
とのことで、どう見ても、本人の地は拳闘士だ。
「遅い! うっらああ」
ドゴッ、と鈍い音。
リツは、あっけなく地面に転がされた。
(痛ぇ……! なんだ、この素早さ……!)
魔女に対して、ダリオが何度も「魔法使いにこだわらなくてもいいのでは」と打診したそうだが、魔女は頑として首を縦に振らなかったらしい。
確かに、気に留めていなかったが、言われてみれば、ルアは魔法使いのくせに、初期ステータスの俊敏性がやたらと高かった。
なるほど、設定には忠実、ということか。
素直で良い子だが、大雑把で、好戦的。
数日を共に過ごした、ルアの印象だ。
暇さえあれば組み手か小さな勝負事をせがんでくる。
組み手はほぼルアが勝ち、お遊びの賭け事などはだいたいリツが勝つが、たまにルアが大勝ちする。
そんな塩梅だった。
ステラはというと、いつもそばにいるわけではない。
ふと気づくと黒猫の姿でそこにいて、また、ふと気づくといなくなっている。どこから出てきているのかはさっぱり分からない。
姿を見せているときは、黒猫の姿のため、リツ以外は、本物の猫だと思っているはずだ。
そのステラに、ルアはめちゃくちゃ懐いていた。
ステラのほうは、懐かれても相変わらず無表情のまま。
だが、ルアがマタタビのようなものを振ると、無我夢中で飛びついてしまい、終わった後には自分が信じられない、といったような表情になっている。
思っていたよりずっと、猫らしい。
修行を始めて、しばらく経った頃。
リツの中で、抑えていたはずの思いが、頭をもたげていた。
(……せっかくこの世界に来たのに、村の中しか見られないなんて、もったいなさすぎる)
『ダークロ』は、広大なオープンワールドだ。
本来なら、どこまでも自由に歩いていける。
それを、ずっと村の見える範囲に押し込められている。
訳の分からない状況であるのは変わりないが、ゲーマーとしての血が騒ぐのも止められない。
ゲームの知識が、頭の片隅で囁く。
本来、このシナリオ中は村の外には出られない。
出ようとすると、中位魔獣が出たことを警戒したダリオに呼び止められる仕様になっているのである。
ただ、元王国騎士団にいたダリオがそばにいさえすれば、危ない目になんて遭うはずがないのも分かっている。
(……情報収集って必要だよね)
そんな言い訳のような理由を頭の中に思い浮かべたが最後、止まらなかった。
リツは修行の合間を見て、ダリオに切り出した。
「ダリオさん。たまには、もう少し遠くまで足を伸ばして修行しませんか?
いつも村の近くばかりじゃ、刺激がなくて」
「ダメだ。中位魔獣が出るかもしれん。危険すぎる」
ゲームどおりの制止が入る。
「えー……。ダリオさんがいても、ですか? あの、最強と謳われた元・王国騎士、なのに?」
「当たり前だ。万が一があったら、どうする」
「うーん。そうですよね……。でもダリオさん、俺とルアはこれから魔窟に行くわけじゃないですか。
ダリオさんみたいに守れる人のそばにいながら、もっと敵を見ておいた方が、成功率も高いと思うんですよ」
「……うーん、まあそれはそうだと思うが……」
「ルアも、いきなり魔獣を見てびっくりしちゃうかもしれないし。
ダリオさんがいたうえでの少しの遠出なら、安全ですよね?」
「まあ、安全ではあるが……」
培った社会経験でわかる。あと一押しだ。
「それに……最近、ダリオさんも、ちょっと身体が鈍ってたりしないのかなって。……ね?」
「……ちっ。わかった、わかったよ! 少しだけだぞ!
俺がいいと言う範囲から、絶対に出るな! いいな!?」
(よし。釣れた)
ゲームでは交渉なんてできなかったから、これはリアルならではだ。
仁義と優しさに溢れたダリオは押しに弱いと踏んでいたが、想定どおりだった。
*
翌日。
ダリオに連れられて、リツとルアは久しぶりに、村の外へと足を踏み出し、近くの高台に向かった。
「おお……」
思わず、声が漏れた。
見渡す限りの草原が、風になびいている。遠くには切り立った山並み。
空は、現実では見たこともないほど高く、澄んでいた。
ゲームの画面では、何度も眺め、走り回った景色だ。
けれど、こうして改めて世界を見通して自分の足で立つと、頬を撫でる風や、足裏に伝わる土の感触まで含めて——それは、まるで別物に感じた。
「すごい……。本当に、ここにいるんだ……」
「なんだ、大げさなやつだな。ただの草原だぞ」
ダリオは呆れたように笑うが、リツの胸は高鳴っていた。
ルアも、隣で楽しそうに駆け回っている。
黒猫姿のステラは、リツの肩の上で、退屈そうに尻尾を揺らしていた。
しばらく、夢中で歩いた。
ゲームで見知ったはずの景色だったが、自分の目で見ると小さな発見がいくつもある。
名もない花、聞き覚えのない鳥の声、見覚えのない小川。
(……そうか。ゲームで見ていたのは、本当に、ほんの一部分だったんだな)
静かな感動だった。
読んでくださりありがとうございます!
ブックマークしていただけた分だけ遠吠えするつもりです。深夜は控えます。




