第6話 位階
「リツ。座れ」
朝起きて、一階に降りると、ダリオが椅子に腰掛けて待っていた。
促されるまま向かいに座ると、ダリオはおもむろに口を開いた。
「ったく……ルアから聞いたぞ。
あいつと探索者仲間として一緒に動いて、バーサーカー化の解除も目指すつもりだった、ってことだろう。
まったく、紛らわしい言い方しやがって」
(……それ、俺のせいなのか。脳筋め)
「まあいい。まず、状況を三つ、整理しておくぞ」
ダリオが、太い指を一本ずつ立てながら続ける。
「一つ目。俺はもともと、リオネス王国の騎士だ。実はそこそこ強い。
バーサーカー化のことも、その治し方も知っている。
ただし、俺自身は、この村を長く離れられん。
……妻が、腹に子を宿しててな。どうにかしてやりたいが、そばを離れるわけにいかんのだ」
「二つ目。ルアには『静定石』っていう、感情の昂りを抑える道具を持たせてある。
バーサーカー化は、感情が昂ぶったときに起きる。
この石が鎮めているうちは、引き金が引かれることはない。だから当面、心配はいらん」
「三つ目。ルアは、もともと探索者になるつもりだった。
五年くらい前かな、魔女のバアさんに連れられて、この村に来たんだ。
村に住みながら、定期的にバアさんのところで魔法の基礎を習ってな。
今年十六になったら村を出る、って約束になっていた。
だから、お前の申し出は、ルアにとっても悪い話じゃない」
そこで一度言葉を切り、ダリオは表情を引き締めた。
「ただ——すぐに二人でリオネス王国へ向かうのは、認められん。
第一位階を超えるまでの死亡率は、五割を超えるからだ」
五割。
ただの数字じゃない。二人に一人が死ぬという、現実の確率だ。
「そこで、だ。第一位階を超えるまでは、俺が修行をつけてやる。どうだ?」
「ありがとうございます。ぜひ、お願いします。
……ただ、すみません。位階というのは、何ですか?」
ダリオが、軽く眉をひそめた。
「探索者を目指してるってのに、位階も知らんのか……。強さの、おおまかな基準だ。
これを上げると——なんと言うか、一気に強くなれる幅が広がる。
だが、ただ魔獣を倒すだけじゃ上がらん。何らかの困難を乗り越える必要がある。
これを『段超え試練』と言う」
「もしかして、第一位階の段超え試練は、魔窟をひとつクリアすることですか?」
「そうだ。……知ってるじゃないか」
ダリオが、少し意外そうな顔をした。
「低い位階は、決まった試練さえクリアすれば超えられる。第一位階なら、魔窟をひとつ攻略すればいい。
そして、もっと高い位階になると、決まった試練じゃなく——『心臓の音』と呼ばれる、その者ごとの転機ってやつを迎えなきゃならんがな」
(……なるほど。これはゲームシステムだ。
レベル十ごとに段超え試練や心臓の音を越えないと、それ以上のレベルに上がれなかった。
つまりレベル十を第一位階って呼んでるってことか)
「……わかりました。ちなみに、それって——レベル、とは言わないんですか?」
「レベル? なんだ、それは」
「ええと……強さを測る、指標みたいなもので……。ウィンドウって、開けますか?」
「ウイン堂……? なんだそりゃ。なにかの店か?」
「……あ、いえ。なんでもないです。私の村では、位階のことを違う名前で呼んでいたのかもしれません」
どうやら、レベルもウィンドウも、この世界の住人の概念には存在しないらしい。
ステータスボードを覗けて、システムにアクセスできるのは——どうやら、自分だけ。
だからこの世界の住人にレベルという概念はなく、代わりに位階で強さを測っている。
そういうことなのだろう。
「む……。リツは、言葉が下手なのか?」
「ははは……。遠い田舎の出身だからですかね」
脳筋マンに頭の出来を心配されるのは業腹だったが、おくびにも出さず、適当にごまかしておいた。
「まあいい。ヴルドを倒す前に矢を当てたんだろう? 本来なら、もっと成長を実感できるはずなんだがな。
第一位階に上がらん限り、お前たちはそれ以上、強くなる実感は得られづらいし、スキルなども覚えるのに苦労する」
ステータスボードの表示は、「Lv:9」。
中位魔獣のヴルドに矢を当て、ルアがとどめを刺した。その経験は二人で分け合われる。
おかげで、いきなり九まで跳ね上がっていた。
だが——第一位階に上がるための魔窟攻略、つまり段超え試練を越えない限り、これ以上は上がらない。成長は、ここで頭打ちになる。
ゲームの正規ルートでは、ダリオから餞別を受け取ってしまうと、リツはいったん単身で王都を目指すことになる。
そして、どうにか王都にたどり着いた後に、改めてルアと再会する——それが本来の流れだ。
つまり、レベルが上がらないまま、たった一人であの道中を越えなければならない。
この区間の死亡率の高さには、ゲームでも何度泣かされたかわからない。
その点、最初からルアと組める今の状況は、格段に安定する。
基本的な難易度が高すぎるのだ。
こういう裏技的な選択肢を取ることが、死なないための最低限の方法になっている。
*
それから、ダリオによる修行が始まった。
修行といっても、メインは座学だった。
探索者や王国についての基礎知識、それに、一般的な武器や魔法の扱い方。
脳筋仁義マンとはいえ、さすが元騎士。教養はきちんと備わっているらしい。
ゲームで見知った情報も多かったが、実際に武器を握る感触や、野営の手順など、知らないことも山ほどあった。
一つひとつ、確かな基礎が身についていく実感がある。
中位魔獣の出没を警戒して、村が見える範囲より遠くへ行くことはなかったが、その範囲でも、最弱クラスのツノウサギやスライムを相手に、実戦の練習を重ねた。
ゲームで何百回と見た不思議な生き物が、目の前で本当に動いている。
そこへ矢を放ち、手応えとともに倒す。
画面越しでは決して味わえなかった、生身の感触。
ゲームの世界を、自分の身体で体験しているという興奮が、日に日に高まっていった。
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