第48話 卒業試験
信じられない光景が、目の前にあった。
地下から二体のセーステスが這い上がり、上空にも、同じく二体のセーステスが飛来している。
ゲームでは、五体すべてが突如地下から上がってくる。
その五体のセーステスは、不意打ちの形で街じゅうに散らばり、それをガーランドが一体ずつ追って撃ち落とす間に、王都は甚大な被害を受ける。
だが、リツの助言を受けたガーランドは念のため地下を調べ、一体見つけて撃破した。
そして、それで終わりだと思ったのだろう。
ガーランドは口元から血を流していたが、その表情は冷静だった。
「……ほう」
赤い瞳が、かっと見開かれる。
ドミネーター化しているのが、ひと目で分かった。
「ルア」
真っ青な顔で傍らに駆け寄ってきたルアに、ガーランドが短く言った。
「見ておれ」
そう言うと、ガーランドは四体のセーステスへ、単身で向かっていった。
そこからは、まさに台風同士の戦いだった。
炎蛇の精霊を宿した一体が轟炎を放つ。
ガーランドは全身を炎に包まれながら、魔法で大剣を生成し、炎ごと相手を斬り裂いた。
だが、切れ残った顔だけが、ものすごい速さで動き、ガーランドの肩にかぶりついた。
痛がる素振りもなく、噛みついた頭をぎりぎりと握り潰す。
そのまま、雷霆の精霊を宿した一体が放つ電撃を次々とはたき落とし、あたりに氷漬けの塊を作りながら追い込んでいく。
その隙に、大地の精霊を宿した一体が、全身を岩で覆い、あたりの地形を変えながら、ガーランドを近接戦へと引きずり込む。
ガーランドは氷を生成し、その巨体を押し潰す形で動きを止めた。
だが、疾風の精霊を宿した一体が素早く回り込み、風の刃を放つ。
ガーランドは不意を突かれ、それでもギリギリで躱すが、動きが一瞬止まる。
その隙に雷霆のセーステスからの電撃が走り、さらに身動きが封じられた。
魔法の緩んだ瞬間を見計らって、大地のセーステスが地面から岩を生成し、ガーランドの左腕をがっちりと捉える。
そこへ、雷霆のセーステスの音を立てる光線と、疾風のセーステスの空気を揺らす振動が、一直線にガーランドの顔めがけて飛んだ。
ガーランドは、すぐさま右手で自らの左腕を切り落とした。
切り離された左腕が吹き飛ぶとともに、身体が自由になる。
今度はガーランドが一瞬の隙を突いた。
雷霆のセーステスを完全に捉え、一息に氷漬けにして砕く。
続けて大地のセーステスへ光線を乱射するが、相手が手で振り払うと、魔法は反射してガーランドへ跳ね返ってくる。
ガーランドも同じく、それを払い除けた。
その刹那、疾風のセーステスが瞬間移動し、目の前に現れて風の刃を振り下ろす。
ガーランドは身を捩って躱すと、カウンターで、めらめらと燃える右手の大ぶりのストレートを合わせた。
クリーンヒットした疾風のセーステスが、地面へ吹き飛ばされる。
地面から突き出す鋭利な岩を回避しながら、ガーランドは改めて、大きな黒い玉を大地のセーステスへ放った。
大地のセーステスは、それを手で振り払おうとする。
だが、払えなかった。
その手が、急に重量を増したように地面へ叩きつけられ、巨体がずぶずぶとのめり込んでいく。
ぎりぎりと軋みながら厚みをすり減らし、ついに、動かなくなった。
そして——背後に、残る疾風のセーステスが舞い戻る。
ガーランドは、その周囲に爆炎を巻き上げた。
セーステスは、簡単にはやられまいと、風の力で押し返そうともがいている。
それを見届けると、ガーランドはこちらへ引き返してきた。
「ガーランドさん……!」
ガーランドはまっすぐ歩いてくる。
だが、その体には大きな穴が空き、左腕が、なくなっていた。
「ガーランドさん! 回復を、誰か——!」
「いい」
静かな声だった。
ガーランドはルアの前まで歩いてくると、その場に、しっかりとした足で立った。
「ルア。卒業試験だ」
ルアは泣きながら、首を振った。
「嫌です……嫌……!」
「最後の弟子になったな」
「やだ! やだよ! 嫌だ! 嫌だ!」
「……いい娘だ」
ガーランドはルアを抱きしめると、その首にかかっていた静定石を掴み、砕いた。
乾いた音が、やけに大きく響いた。
ルアの瞳が、みるみる赤く染まっていく。
堰を切ったように、怒りが、悲しみが、恐怖が、一度に溢れ出していた。
その感情の奔流に呑まれるように、バーサーカー化が始まる。
ガーランドはルアの真正面に立ったまま、動かなかった。
「ルア。分かるだろう。もう、私は必ず死ぬ。ならば、この命を次につなげたい」
「ぐっ……ガァッ……し——師匠っ!!」
ルアが叫ぶと同時に、その瞳が、真っ赤に燃え上がった。
そして——轟音とともに、目の前の老人が、炎に包まれる。
リツは、動けなかった。
だが、目を離すこともできなかった。
最後のセーステスを封じていた爆炎が、ふっと消え去ると、老人を燃やし尽くしていた炎も収められた。
ルアは地面にへたり込み、自分の両手を見つめていた。
瞳は、赤いままだった。
だが、その目には、意識があった。
「……師匠」
リツは、何も言えなかった。
ガーランドは、自分の最期をルアの手に委ねることで、ルアをドミネーター化させた。
バーサーカー化した相手を、自らの力で討つ——その条件を、我が身をもって成立させたのだ。
死を悟った老人が、最後に選んだ願いだった。
「師匠……師匠……」
震えるルアの声が、響く。
リツもようやく声を振り絞った。
「ルア……大丈……夫……?」
反応はない。
大丈夫なわけがないと分かっているのに、それ以上の言葉が見つからなかった。
どれくらい経っただろうか。おそらく、数秒のことだ。
沈黙を破るように、ルアがゆっくりと立ち上がった。
爆炎の中に封じられていた最後のセーステスが、炎を失って動き出し、索敵を始めたところだった。
「やっつけよう」
赤い瞳のままのルアが、まっすぐにセーステスを見つめて、そう言った。
その声に、震えはなかった。
そこからは、あっという間だった。
ガーランドには及ばないものの、とても第二位階とは思えない魔法を次々と繰り出し、ルアは疾風のセーステスを、渦巻く炎で燃やし尽くしていく。
そうして、最後のセーステスは倒された。
そして——人類一の大魔道士を、失った。
戦火の音が遠くに退き、その一角だけが、しんと静まり返っていた。
リツは、灰になった老人がいたはずの場所を、ただ見つめることしかできなかった。
ピコン、とシステム音が鳴り響いた。
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メインストーリー達成率:14%
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