第47話 王都襲撃
初めての鳥人族での飛行は、圧倒的な速さだった。
徒歩なら十日はかかる道のりを、半日足らずで戻ってくることができた。
鳥人族の背にしがみつきながら、リツは何度も進行方向を見た。
まだ何も見えないうちから、空の一角だけが、うっすらと濁っていた。
戻ってきた王都は、上空から見下ろすだけでも、あちこちから煙が上がっていた。
認識阻害が使われているらしく、上からでは見える程度の状況しか判断がつかない。
だが、整った区画割りの、第一居住区の手前まで、戦火がひどく及んでいるように見えた。
そして、結界があるはずの第一居住区の内側にも、部分的にではあるが、煙が上がっていた。
冒険区の外縁が黒く焼け、そこから内側へ向かって、煙の筋が伸びている。
都市区の大通りは、人がまったく動いていない場所と、渦を巻くように詰まっている場所に分かれていた。
逃げ道が塞がっているのだろう。
初めてこの街に入った日、カラフルな露店で端から端まで埋まっていた道が、今は灰色に沈んでいる。
市街地に降り立つと、残存していた少数の王国騎士団が展開し、魔獣を討伐しながら避難誘導にあたっているのが見えた。
リツは、まっすぐ第一居住区を目指した。
結界はまだ機能しているようで、商業区の側から第一居住区へ魔獣が入り込む様子は見受けられない。
崩れた露店を飛び越え、瓦礫を回り込み、逃げてくる人の波を掻き分けて走る。
建物の陰から、名前を呼ぶ声が聞こえた。
瓦礫の下から手だけが出ているのが、視界の端を通り過ぎていく。
道の真ん中で、老人が立ち止まっていた。
どちらへ逃げればいいのか分からないのだろう。
その脇を、抜けた。
子どもを抱えた女が、こちらに何か叫んでいる。
聞き取る前に、後ろへ流れていった。
王国騎士団の姿は、数えるほどしかない。
魔獣を一体足止めしている間に、その後ろで人が三人逃げていく。
それがあちこちで繰り返されていた。
数が、まるで足りていない。
だが、足は、止まらなかった。
自分が今、誰も助けていないことは分かっている。
一人ずつ拾っていけば、間に合わない。
——そういう理屈を、走りながら組み立てている自分がいた。
*
第一居住区にたどり着くと、わずかに煙は上がっているものの、大きく壊れたものは目につかず、落ち着いた様子だった。
そして——ちょうどガーランドが、ルアや学園の生徒たちを連れて出てきたところだった。
「リツ!」
「ルア! よかった! 無事だったんだね!」
走ってきたルアを、抱きしめる。
腕の中で、身体が細かく震えていた。
静定石の紐を握りしめたまま、離そうとしない。
「小僧。……本当だったようだな」
学園の生徒たちが避難していくのを見送りながら、近くにいたガーランドが、静かに言った。
「じゃあ……もしかして……」
「ああ。地下にいたセーステスは破壊した。安心しろ」
「よかった……良い未来に変えられたんだ」
ああ。ルアが生きている。ルアも、スルギも生きている。
本当に、未来を変えられたんだ。
確かな実感とともに、心の奥底から温かい震えが沸き起こる。
「本当に反理人ということだな。
リツと言ったか……お前なら、神聖教会の変化を導けるかもしれんな……
まあ、一段落させてから、詳しく聞かせてもらおうか」
「それと……この前のことを、詫びさせてもらいたい」
ガーランドが、こちらに向き直った。
「あのとき私は、お前の言い分を聞かなかった」
一度、言葉を切る。
「だが、お前の言ったとおりになった。
つまり私は、正しいことを言っている人間に、間違ったやり方をしたわけだ」
老人の目は、逸らされなかった。
「弟子を預かる者が、それではいかんな。……すまなかった」
頭を下げられて、リツは慌てた。
バーサーカー化した少女のそばに、素性の知れない人間がいる。
あの状況で警戒したのは、当然のことだ。
そして今は、こうして信じてもらえている。
それなら、何も問題はなかった。
「いえ。ガーランドさんがいてくれて、よかったです」
ガーランドは周囲を見渡し、憂うように続けた。
「シンラとやらが魔族と連携して街を襲っているらしいが、教会もここまでの暴動は感知できていなかったようだ。
西ケレ侵攻と各地の問題で、引きこもりも王国騎士団もドミネーターも、ほとんど出払っているタイミングを狙われたな」
状況を案じてはいるようだが、そこまで深刻には捉えていない口ぶりだった。
「第一居住区の内側は、地下のセーステスで私を足止めするのが、切り札だったようだな。
結界の中は安全だろうから、私も街を助けてくるから、ここで待ってるんだ」
ルアの頭に手を置くと、第一居住区の出口に向かおうとしたが、すぐに立ち止まった。
「……そうだ、リツ。詫びと言ってはなんだが、このセーステスの精霊魂はお前にやろう。
魔連の指輪をつけているのだから、魔法は使えるのだろう?
相性が良ければ強化になるだろうし、売れば、相当な高値になるだろう」
そう言って、ガーランドは持っていた鈍く輝く球体を、リツに投げ渡した。
ん……?
どういうことだ?
「ガーランドさん、……一つだけ、ですか?」
「ああ。そうだ。一体だけだったからな」
その言葉を聞いて、リツの体温が一気に下がる。
「 五 体 い る は ず で す 」
瞬間だった。
キィィィイン、という音がして、ガーランドの腹に、大きな穴が開いた。
「ガーーーーランドさん!!!」




