第38話 焚き火の夜
(ゲームなら勝手に転送してくれていたのに、現実だとこうなるのか)
急いで来た道を戻り始める。
戻っていく先も分かれ道が数回あり、道も新しくできているのだろう。
数回進んだ先で広いエリアに出たと思ったら、さっきのミノタウロスがいたエリアに戻ってきていた。
「ま、まじかよ……積んだ……」
頭はパニックである。
迷路では、壁に手をつきながら歩けば良いと言ったりもするが、そんな時間はなさそうである。
そもそも、モヤが薄くなってきており、いまから走り出しても物理的に間に合う距離とは思えない。
「リツ!」
向こうから巨大な傘のような矢印を持ったセンテが現れた。
一人ぼっちで、解決策のない不安の底にいたリツの心が、一気に安堵に変わる。
ただ、間に合わないという事実は変わっていない。
「センテ! やばい、間に合わない!」
センテは駆け寄りながら、転がったままの首と、その下で光る斧に一瞬だけ目をやった。
「早く来い! レイア次第だが……一気に戻るぞ!」
センテのもとに駆け寄ると、センテが片手に持っていた糸がリツの身体に巻き付いた。
そして一気に強く引っ張られた。
「おおおおおおおお」
あっという間に景色が通り過ぎていき、気づいたらドサっと地面に投げ出されていた。
「早く、閉じる! 行くよ!」
よろよろと身を持ち上げると、レイアが戻り穴の前に立っていた。
何もかもがよくわからないが、急いでよろける足で立ち上がると、センテに蹴り飛ばされて戻り穴の中に転げ込んだ。
*
突然すぎて、世界がグワングワン揺れている。
頭が回っていて、内臓が身体の中で回転している感じがする。
様子を見ると、戻り穴に入って戻ってこられたようではある。
センテがニヤニヤ笑ってこちらを見ているのも見える。
レイアがかがんで覗き込む。
「大丈夫?」
センテが横から口を挟んだ。
「説明しておくと、モヤが晴れてきたから識異点魔獣を倒したのは分かったんだが、迷宮はそのまま。
リツだと戻り穴まで戻れないだろうと思って、『繋ぎ糸』を持ってレイアに戻り穴を探索してもらったんだよ。
繋ぎ糸は先端を持っている者同士を引き合わせることができる魔道具だ。
で、僕の方は『方位矢紋』でリツを探しに行ったってわけだ。会えてよかった。
ちゃんと地図は手に入ったか?」
「あぁありがとう……ヴェエエ。ほらこれ……」
少し休んでから帰路についた。
*
「それにしてもよく倒せたな、どうやって首を落したんだ?」
「死ぬかと思った……
それが分からないんだけど、やっぱり第六感ってやつなのかな……。
吹き飛ばされて危なかったんだけど、一瞬、意識が飛んだような感じがあって、体勢を立て直せた」
戦闘の詳細な流れを説明する。
「空間魔法もだが、よく見切れたな……」
実際、二体目のあの速さに包囲を合わせられたのは、四識眼の瞬識のおかげだと思われる。
瞬識は目で捉えた動きに身体の反応を追いつかせるというものだが、これがなければ展開が間に合わなかっただろう。
「それで地図はどうなんだ?」
「あぁ……満月が出ていて干潮の夜に浜辺でこの地図を照らすといいみたいだね」
特に説明文が書かれているわけではないが、ゲームの通りだと、そういうギミックになっているはずなので、そう説明した。
「なるほど、じゃあタイミングは少し先だな」
「たしか次は遺跡扱いだから、もっと準備しないと危ないと思う」
「遺跡か、じゃあもう少し強くなっておかないとだな」
「そうだね、でもこれでようやく第三位階になったと思うよ」
「この短期間で第三位階か……まともじゃないな……」
レイアが目を丸くする。
「え、あたしもうすぐ追いつかれるじゃん……」
「レイアさん第四位階に入ったばかりって言ってましたもんね。でも、レイアさんもだいぶ錬成できるようになったでしょ?」
「そうね。複雑なものまである程度!」
困難はたくさんあったが、結果的には想像以上の成果を手に入れることができた。
「このあとはどうしようか?」
「西ケレ進行までまだ時間があるから、装備でも整えにいこうかな」
「遺品か?」
食いついたようにセンテが口を挟む。
「いや、遺品があるところ特定はできないから、あるかもしれないけど……」
「まあそうか……では僕は一度戻るよ。
レイアの修行もそこそこだろうし、西ケレ遺跡も興味があるが、大規模侵攻は知っているやつもいそうだから参加したくないしな。深淵大陸の仲間のこともあるので」
「分かった。というか、センテって仲間とかいたんだね?」
「ああ、言ってなかったか」
そう言って、にやりと笑って続けた。
「ディランセフといえば分かるかな? あいつは問題が色々多くてね。
どうせ定期的に休憩が必要だから、次はまた干潮の時期くらいに戻ってくるから強くなっててくれよ。
まあ、今回は面白い弟子が二人もできてよかったよ。それでは」
そう言い残すと、魔法なのか道具なのかを使って、一瞬で飛んでいってしまった。
「……いまディランセフって言ったか? 漆色十一人の最強ディランセフ……? ってことはその従者って言われてるのがセンテってこと?」
レイアが、遠ざかった空を見上げたまま呟いた。
「とんだ大物じゃない……」
*
その後はレイアと二人、西回りに大陸の中央を目指し、中央国ドランドを経由して王都に戻ることにした。
あと一日でドランドに着くという夜の野営で、いつも明るいレイアが、しんみりした顔で話し始めた。
「ダークエルフってさ、小さい頃は迫害されてた時期もあってね。
シーカーになってからはそんなことなかったんだけど、やっぱり最初は人付き合いが難しくて。
そんなときに受け入れてくれたのが、前のパーティーだったんだよ」
焚き火が、ぱちりと爆ぜた。
「前さ、集落での緊急要請のとき、リツが飛ばされてきたことあったでしょ?」
「俺が櫓の中に飛ばされたときですね」
「そうそう。でも私からするとね、助けに来てくれたのかなって思ったの。
想像してたよりびっくりするくらい、シーカーになりたてで弱かったけど。
でも、嬉しかったんだよね」
「実はあの時、周りのみんなが死んでいったのは分かってたから、絶望して動けなくてさ。
もちろん敵がいたのもあるんだけど、気持ち的に、もう再起できそうになくて」
リツは黙って耳を傾けた。
「そのあとも……生き残ったゼシィー、覚えてる?
あの子はもちろんもう探索者としては再起できないし、私もなかなか吹っ切れなくて図書館に行ってさ。
そこでまた、リツに会ったんだよね」
「そう……だったんですね……」
焚き火の光が、レイアの横顔を照らしていた。
いつも飄々としているのに、今夜は少し違って見えた。
「だからさ。こうやってまた一緒に冒険できて、嬉しいよ」
レイアがこちらを向いた。
焚き火の明かりの中で、その目が真っすぐにリツを見ている。
目が離せなかった。
レイアも、視線を逸らさなかった。
どちらも何も言わないまま、気づけば距離が縮まっていた。
あと少し、というところで、レイアの目がわずかに細くなった。
にゃあ。
小さな声がして、はっとした。
二人のすぐ後ろで、黒猫が暗闇の中、尻尾をゆらゆらと揺らしていた。
レイアが小さく噴き出した。
「ふふっ、この黒猫さん、ずっとリツに懐いてるわね。
……なんか、色々語っちゃったね。
明日はまた街に入るし、頑張っていこうか。じゃあ、また明日。おやすみ」
レイアが立ち上がり、テントの方へ歩いていった。
リツはしばらく、焚き火を見ていた。
隣でステラが、火の粉の行方を目で追っている。
今の出来事を思い返し、恨めしそうに黒猫を見たが、黒猫は無表情のまま、前を向いていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たまにはこういう夜もいいですよね。黒猫は無表情でしたが。
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