第37話 ミノタウロスたち
直後、ゴーンという音が鳴り響くと、板ではなく、剣を二本持った細身のミノタウロスの像が降ってきた。
ガヂッガヂッという秒針音とともに頭側から身体が自由になっていくと、大きな雄叫びを上げ始める。
そして、完全に自由になると、すぐさま、リツに向かって突進してきた。
タイミングを合わせて、二体目のミノタウロスの足元に向けて空間包囲を展開するが、一体目のミノタウロスよりも遥かに身軽な動きである。
空間包囲を回避して襲いかかってきた。
リツは小規模の空間包囲を次々に展開し、回避に努めるが、徐々に距離を詰められる。
「くっそ……本当に……魔連の指輪のおかげだな……なかったらもう絶対死んでるぞ!」
一枚張るごとに、身体の芯から何かが抜けていく感覚がある。
指先が冷たい。
額を伝った汗が顎から落ちるのに、寒気がした。
とはいえ、リツが包囲を張る速度よりも、二体目のフットワークのほうが勝っている。
次々に置いた包囲はことごとく躱され、じりじりと間合いを詰められた。
その瞬間、足元を黒い影が横切った。
ステラだ。
ミノタウロスの視線が、一瞬だけ猫を追う。
踏み込んだ足の先に空間包囲を置くと、ミノタウロスは足を取られ、派手にバランスを崩して倒れた。
体勢を立て直そう。
そう思ったのもつかの間、遠くから回転した斧が投げられる。
斧はリツではなく、黒猫に向かっていく。
「やめろ!」
飛び出しながら、斧とステラの間に空間魔法を展開。
斧がぶつかった衝撃で空間魔法は破壊されたが、反動で斧は撃ち落とされ、地面に垂直に突き刺さった。
「ステラ、大丈夫か!?」
ステラは無表情に頷く。
そして、一瞬、ため息をついたように見えた。
ジジジ……。
リツの背筋に、ゾクッとしたものが走った。
弾かれるように背後を振り向く。
一体目の片腕のなくなったミノタウロスが右手を地面につき、身体全体を放り出す形で突進してきていた。
(——避けられない……!)
それでも、瞬時に手の甲をこすり合わせ、できる限り目一杯横に飛び抜けると、突進してきた一体目のミノタウロスはリツをかすめて背面の壁にぶつかった。
ミノタウロスの最後の突進だったのだろう、そのまま力尽きている。
本当にギリギリである。
少しでも遅れていたら吹き飛ばされ、リツが壁に激突していただろう。
だが、安堵するまもなく、二体目のミノタウロスが目前に迫っていた。
改めて、次々と小さな空間包囲を展開していく。
逃げ回りながら、迫ってくる道を塞ぎ続けるが、ミノタウロスは変わらず軽々と回避して迫ってくる。
先ほどと同じである。
このあたりは広くなった空間で、新しい板は落ちてこない。
一体目のような方法は使えないし、リツの短剣では僅かな傷しか付けられない。
そして、長期戦は魔力が持たない。
なんとかして、致命傷を与える手段を考えなければならない。
一枚張るたびに、視界の端がじわりと暗くなる。
呼吸が浅い。
手の甲を伝う汗が、雷身紋の上でぬるりと滑った。
足がもつれかけて、地面を蹴り直す。
必死に逃げまわっていたが、リツはついに観念したように動きを止める。
ミノタウロスもそれを察して、ゆっくりと迫ってきた。
最後は死を楽しむ。
これも悪意の一つということだろう。
力なく、ミノタウロスとリツの間の足元に空間包囲で壁を作ると、ミノタウロスは悠々とそれを超えようと飛び上がる。
——そして、着地のすぐ上に空間包囲を再度展開する。
当然だが、思ってもみないところに着地をしようとすればバランスを崩す。
先ほどもこいつはそうやって倒れている。
リツはバランスを崩したミノタウロスを集中して観察し、追い打ちをかけるように小型の空間包囲を展開すると、ミノタウロスはなすすべもなく、空中から地面に落ちる形となった。
それも、一体目のミノタウロスが投げ、地面に突き刺さった斧の上にである。
自重で落ちてくる巨体に、ミノタウロスは咄嗟に右手をかざした。
硬い皮膚を持つはずのその腕が、刃に触れた瞬間、抵抗らしい抵抗もなく通り抜けていく。
ズゥンという鈍い音がして、ミノタウロスの巨体が地面に落ちた。
かばおうとした右手と、首から上が、身体から離れてゴロリと転がる。
残った胴体が、まだ立ち上がろうとするかのように一度だけ痙攣し、それきり動かなくなった。
物理攻撃のほぼ効かない相手を、こいつら自身の重さと、こいつら自身の斧で断ち切ったのだ。
直後、ガヂッガヂッとなっていた秒針の音とともに、板の落ちてくる音も止まり、静寂が訪れた。
「……我ながら……本当に……よくやった……」
二体のミノタウロス相手に一人で戦って、倒したのだ。
「ステラも……ありがとう……死ぬところだった」
様子を見に近づいてきたのだろう黒猫にもそう言うが、黒猫はいつも通り特に反応はない。
気がつくと、周囲のモヤも晴れ始めており、付近のモヤの先に、鈍色に輝く宝箱のようなものも出現している。
「おぉ……これが……」
開けると、お目当ての地図のようなものを手に入れることができた。
当初の目的も達成でき、ようやく一段落である。
「ふぅ、一件落着ということで戻りますか……」
ちらっとステラを見ると、尻尾をゆらゆらとさせながら、遠くを見ていた。
そこで気がついた。
鉄の壁は消えていない。
モヤは晴れてきているので、戻り穴はもう形成されているはずだ。
早く戻らないと、戻り穴が消えてしまう。
「ヤバい……!」




