第34話 聖女様
「うっわあああああ」
ギリギリで手の甲をこすり合わせることができ、雷身体になったが、バランスを崩したまま教会の隅に着地した。
「いってえ……死ぬかと思った」
崩れ落ちた瓦と木材が、床いっぱいに散らばっている。
天井にはぽっかりと穴が空き、そこから月明かりがまっすぐに差し込んでいた。
埃が、光の中でゆっくりと舞っている。
その月明かりに照らされた中で、白色の装飾を全身に身にまとった女性が立っていた。
「あなた……賊かしら?」
女性は表情を変えないまま、こちらを見ている。
白を基調とした装束は、裾も袖も長く、飾り気はないのに一目で仕立ての良さが分かる。
夜半の祈りの最中だったのだろうか。
頭上が崩れ落ちたというのに、落ち着き払った様子である。
美しい、という言葉は何か違う気がした。
静謐、という言葉の方が近いかもしれない。
月明かりの中で照らされる姿が、まるでこの空間が彼女のものであるかのように思わせた。
リツは、完全に見惚れてしまっていたことに気がつく。
賊かと問いかけてきた女性の方も、特に危機感を抱いている様子はない。
「いや、怪しいものでは……あっ天井ごめんなさい」
「どう見ても怪しいでしょ。だれかー」
誰かを呼びかける声は涼しく、表情も柔らかい。
警戒はしていないようだが、もちろん怪しさは伝わっているに決まっている。
もう一度こちらを見たとき、その目が下から上へ動いた。
「大丈夫? 怪我してるなら……」
その一言で、リツはようやく我に返った。
「本当にごめんなさい!」
それだけ言って、雷身体を使って外に飛び出した。
走りながら、なぜか女性の姿が頭から離れなかった。
*
宿につく頃には、足が鉛のようになっていた。
薄々感じていたが、雷身体を起動していると、とても疲れる。
体力が奪われるというよりは、電気が身体を走り抜ける際に筋肉が強制的に収縮しているようで、筋トレをしたあとのように身体が重くなる。
(教会ってことは、やっぱりあれは、聖女様だろうか……)
聖女はゲームでは、登場キャラクターとしては描かれない。
だが、存在としては描かれており、聖女を巡る争いなどが勃発し、主人公はメインシナリオの中で、その争いにも関係していく。
争いの中での細かい聖女の動向などは特に語られていないので、断片的な情報しか分からない。
(……というか、あんなに破壊して捕まったりしないよな)
もし聖女様だとすると相当な不敬に当たるだろう。
尽きない心配事を抱えながらも、ベッドに倒れ込むと、疲れた身体は、すぐに眠りに落ちていった。
*
翌朝、ガッシャガッシャと聞こえる音で目が覚めた。
嫌な予感がして、外を見てみると、兵士のような人々が何人も走り回っているのが見えた。
(やばい……)
早々と着替えて荷物をすべて持ち、恐る恐る下に降りてみた。
幸い、宿主は気づいていないのか、何も言う様子はないし、店自体は平穏そのものである。
できる限り平静を装って、宿を出ることを伝えると、宿主から声をかけてきた。
「昨日の夜、教会が賊に破壊されたらしくてな。
兵士が探し回ってるから、犯人に会わないように気をつけてな。
遭遇した人が一人だけいたらしいんだが、書いたこれが似顔絵らしい」
そう言って渡された似顔絵は、人間なのかどうかすら判断がつかないレベルの、ぐちゃぐちゃの線が並んでいるだけのものだった。
(絵心……これでは何も特定できないのでは)
宿主と顔を見合わせると苦笑いしている。
「そうだなあ……遭遇したという人は、この感じだと小さいこどもだったのかもしれんな。これじゃ魔獣とも区別がつかんしな……」
あの女性が、この絵を書いたのだろうか。
なぜかこちらまで恥ずかしいような気持ちになる。
「そうですね……その他特徴とか言ってませんでしたか?」
「いや、なんか情報がほとんどないんだよな。まあ、小さい子供じゃあ説明も下手だったのかもな。わっはっは」
本人が聞いたら赤面間違いなしだろう。
とりあえず、また遭遇したり何か起きる前にこの街を早くおさらばするしかない。
センテにもらっていた燕の紋で連絡すると、ちょうど宿でご飯を食べるところだと言うので向かった。
レイアも一緒のタイミングになったようで、挨拶も早々に、リツはコソコソと話し始めた。
「昨日あのあとこういう事があってさ、あれ、俺なんだよね」
センテとレイアは顔を見合わせると、ゲラゲラと笑い出した。
「持ってるなあ、シューティングスター。さすがスターだ」
「うるさい!!」
「わかった。今日街を出ようか。先に外に出てな。
ギルドで魔窟のクエストをもらうのといくつか買い物をしてから追いかけるから」
「ありがとう……じゃあ、街のそばの大きな岩のところで待ってるよ」
「ちなみに、その目撃者ってただのシスターかな?」
「なに、そんなに気になってるの」
少しだけレイアがムクッとした顔をする。
「いやいや、そんなことない! なんかシスターっぽくもなかったなと思っただけだし、もう会わないようにね!」




