第30話 ガーランドの尋問
部屋には、リツとガーランドの二人だけが取り残された。
ゲームと異なる展開に直面し、不安が目の前を覆う。
「おい」
後ろからガーランドに声をかけられた。
が、その声が聞こえた瞬間、身体が動かなくなった。
縛られているわけではない。
身体がガクガクと震えて、筋肉が強張って動けなくなっているのが自分で分かる。
皮膚にビリビリと感覚が走り、呼吸がしづらい。
「リツと言ったな。お主どこからきた」
ガーランドの声色で分かった——これは、ガーランドからの敵意が圧としてかかっているのだ。
(何……だ……この展開……ゲームでは、こんな展開はなかった……)
「その道具、イェゼルデの蒐集品のはずだが、なぜ持っている」
「しゃ……べれ……ない……」
かろうじて声を出すと、圧が少し弱まり、リツはその場に倒れ込んだ。
「ハァハァハァ」
「それで、なぜだ」
(まずい……なんて言ったら……いいんだ。頭が……回らない)
「ふん」
何が起きたのか、最初は分からなかった。
音が先に来た。乾いたボキという音。
次の瞬間、右足に焼けるような激痛が走り、リツは床に崩れ落ちた。
足があらぬ方向に折れ曲がっているのが見える。見なければよかった。
「早く答えろ」
ガーランドの声は、変わらず静かだった。
激痛で頭が回らないが、何か答えなければならない。
「焼けた……魔女の……家を見に……行ったんです。そこで……拾った……んです」
「嘘だな。イェゼルデが蒐集品を、お前のようなものが手に入れられるところに置くはずがない。
なぜ先の少女につきまとっている」
(ダメだ、悪い方向にしか行かない)
「……くっ、ガーランドさん、俺は……異世界からきた……反理人……です。
これから……の冒険に……必要だと思い、イェゼルデさんの……家から拝借しました」
「反理人だと? 適当なことを言うな」
(証明なんてできない)
「ぐぅ……証拠はない……ですが……この世界で……起きることが分かります……それが……起きれば、証明……することになると思います」
冷や汗が止まらない。
ガーランドは無表情で黙って、じっとこちらを見ている。
「はぁ……はぁ、ぐっ……次の……次の冬、神聖教会の強行派が……分離します。
シンラという……リーダーを筆頭にした『先導の民』という組織が……立ち上がります。
そして……王都が攻められ……大きく損害が出ます」
「ふざけるな」
再度ボキと音が鳴る。今度は指だった。
右手の人差し指に激痛が走り、視界が白くなりかける。
痛みで気絶しそうになる。このままでは死んでしまう。
「……もし……そうなったら、必ず……地下……を守ってください……
そこから……損害を多く受けるはずです」
言い切っても、ガーランドは身動きせずに何の反応も示さない。
ものの数秒だろうが、激痛に耐える時間はとても長く感じる。
リツの荒い息遣いだけが響く。
そして、ガーランドが沈黙を破り、呟いた。
「ふむ。理由は分からないが、適当なことを言っているわけではないようだな。
まあいい。どのみちここで殺すことはできんし、証拠もない。
お前のような弱さで何かに関わっていることも考えられん。
早々に出ていけ。ちょうど冬までは彼女も訓練だ、それまでは接触もさせん」
一息にそれだけ告げると、ガーランドから放たれた光がリツの身体を包み込んだ。
そして、一瞬強く発光したかと思うと、折れていた足と指が元通りになり、痛みもなくなった。
大量の汗と荒い息遣いだけはそのままだったが、リツはできるだけ早く立ち上がり、失礼しますと一言言うと、足早に退出した。
*
身体への被害はなくなったとはいえ、強烈な殺意を向けられたことに対する疲弊が激しい。
どっと重くなった身体を引きずりながら、元来た道を戻った。
詰め所の近くまで来たところで、見覚えのある姿が見えた。ハナだ。
「やあ、リツ〜。ガーランド先生のところへ行ってきたの〜?」
「そうです。今その帰りで」
「……顔色がだいぶ悪いが大丈夫〜? ルアちゃんは〜?」
「はい、大丈夫です……ルアはガーランドさんに師事させてもらえることになったみたいで。
これから宿舎に泊まって修行に励むそうです」
「お〜、ガーランド先生の弟子か〜。それは大義だね。将来が楽しみだ」
「ハナさんも戻ってこられてたんですね」
「ちょうど先ほどね〜。戻ってくるときにダリオさんとも話したけど、とても心配してたよ。また顔を見せてあげな〜」
「分かりました。調査の方はどうだったんですか?」
「ん〜まあちょっと色々ね〜、そんなたいしたことないよ」
話していたら、事務所のような場所から扉を開く大きな音がして、体格の良い若い男が飛び出してきた。
「ハーーーナーーー!!! 西ケレで遺跡が出たのか!?!?」
遠くにいた他の王国騎士団員まで動きを止め、視線が一斉にハナへ集まり、静寂が訪れた。
「うわぁ……」
ハナがため息混じりに呟く。
「一気にみんなに伝わっちゃったけど大丈夫ですか……団長」
「何も問題はない! 出ているものは変わらん!!!」
団長と呼ばれた男はまだ若そうに見えるが、片方の眼に眼帯をしており、赤い長い髪をポニーテールにしていた。
「はぁ……そうですね、報告書のとおりですが、西ケレからの要請で見てきました〜密林の中にできてました〜。
鳥人族が飛んでて見つけたそうです」
「遺跡の発見かあ、三年と二百三十二日ぶりだなぁ」
「はあ、いつも通りですね。大雑把なのか、几帳面なのか……」
即座に細かい数字を取り出し、しみじみと語る団長に向けて、ハナが完全に引いたような顔をしている。新鮮だ。
「おお、失礼。話し中だったのか。見ない顔だが、オーガスト家の客人かい?」
「そうです〜弟のスルギと一緒に段超え試練をクリアして、探索者になったばかりのリツくんです〜」
「そうか、私は王国騎士団団長のカラック・グローリア。通称ケイジーだ。よろしく! 頑張ってくれ!」
「は、はい、ありがとうございます」
(団長はゲームでも見たことがあったが、こういう勢いだったのか。なにか凄まじいものを感じる)
「ということで、リツくん、すまないが団長と話してくるので、また今度。今家にいるのだろう? 夜にでも話そう〜」
頷くと、ケイジーとハナは事務所のようなところに戻っていった。
(……疲れたな)
考えるのをやめて、リツは歩き出した。
*
回らない頭のまま、なんとなくスルギの家に戻る気持ちが湧かず、リツは一人で街の方に向かった。
少し歩いて落ち着きを取り戻してはいるが、思考が止まらない。
「……もう西ケレ遺跡のシナリオが動き出すのか……どうしよう……」
本来であれば、ルアと共にガーランドのもとで修行をつけてもらうはずだった。
学園研修を受けながら、三つの魔窟を攻略する。
その最終仕上げとして、王国騎士団が募集する西ケレ大規模侵攻に、合流したスルギも含めて参加する。
それが、本来の流れだ。
どうにか強くならなければならない。
そもそも、このままでは自分の生存も危うい。
だが、どう考えてもガーランドのサポートはもう受けられない。
完全にシナリオが変わってしまっている。物語のレールから外れている。
葬断卿ヴァネヌスとの遭遇も、集落での戦闘も、センテとのやり取りも、想定していなかったことではあったが、メインシナリオは問題なく進んでいた。
それが、大きくズレ始めた。
知っていると思っていた世界で、どうしていけばよいか、初めて本当に何も分からなくなったのだ。
ゲームなら、ここでやり直せるが、そんなボタンはどこにもない。
何もかもが新しい世界で、後ろ盾のように思っていた「物語を知っている」というところから外れ、不安だけが頭の中でぐるぐると回り続けた。
どれくらい歩いたか分からない。
気づいたら、見覚えのある裏通りに来ていた。
センテと初めて出会ったあの路地だ。足が勝手にここに向かっていた。
「センテは……いないか……」
一度、冷静に状況を整理しようと、道辺の縁に座ると、どこからともなく黒猫が現れた。
「ステラか……シナリオから外れてどうすればいいかわからなくなって……どうすればいい?
サポートキャラクターって言ってただろ?」
ステラはじっとリツを見つめていたが、少し間をおいて、人間の姿になった。
「強くなるしかないのでは。と思われます」
「なんだよそれ、シナリオから外れて、自分一人でどうやって強くなれって言うんだよ」
「ですから、私はシナリオから外れることを推奨していませ……」
「もういいよ」
途中で遮られたステラは、ハッと驚いたような顔をした。
その後、キッと口惜しそうに唇を結び、うつむいて黙ってしまった。
数分経っただろうか。
ステラが顔を上げ、なにか言いかけようとした矢先、来た道の方からセンテの声が聞こえた。
「二人揃ってどうしたんだい?」
「やあセンテ。ちょっと困って……あ……れ……?」
そう言い掛けて、リツは意識を失った。
「おい! どうしたんだよ! 高熱じゃないか!
ったく……っておい! なんで猫の姿に戻ってるんだよ!
手伝えよ!!!!!!!」
ここからいろいろとねじれていきますが、リツにとって、いちばん大きな転換点ですね。
引き続き、リアクションなどいただけますと、とってもパワーもらえます(^^)
よろしくお願いします!




