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達成率999%のゲームに転生した俺の選択が、シナリオを崩壊させていく 〜攻略者の因果律〜  作者: 波動犬
転生と出会い

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第3話 ナビゲーター

「私、ルアって言います」

 

そう名乗ったあと、少女から漂っていた異様な高揚感が、急速に引いていった。

 

恍惚とした笑みが消える。

目を閉じたかと思うと、糸の切れた人形のように、ぐらりと膝から崩れ落ちた。

咄嗟に腕を伸ばし、その細い身体を抱きとめる。

驚くほど軽く、火照った体温だけが、やけに生々しく伝わってきた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

少女は重たそうにまぶたを動かし、ゆっくりと目を開けた。

先ほどまでの真っ赤な瞳とは違う、澄んだ青色の瞳が、焦点の合わないまま宙をさまよう。

 

「う……あ、ぁ……っ」

 

ぼんやりと数回まばたきをしたあと、少女の顔から、さあっと血の気が引いた。

青い瞳を大きく見開き、両手で口元を押さえる。

 

「うぇ……ごほっ、ごほっ!」

 

息が止まるような嗚咽が、一定の間隔で繰り返される。

背中をさすってやることしかできないが、その背は驚くほど薄く、震えていた。

時折うめき声を漏らしながら、もう何も出てこない胃を酷使して、少女は何度も、何度も、えずいている。

 

(ゲームの中でも、衝撃的な話だと思った。だが——直接、目の前で見ると、こんなにも、悲惨なのか)

 

その光景を、リツはただ見ていることしかできなかった。

 

少しして、少女は涙と唾液で歪んだ顔を、ようやくこちらに向けた。

それから、ゴウゴウと燃え盛る森を、呆然と見上げる。

 

「なぜ……? 何が……?」

 

問いかけというより、ただ口からこぼれ落ちただけの言葉だった。

 

「俺は……リツと言います。

通りすがりに、魔獣に追われている君を見つけて、一緒に逃げてきたんだ」

 

ルアは吐き疲れて虚ろな目のまま、こちらを見つめている。

言葉が届いているのかも、わからない。

 

「遠くの街から来たから、このあたりのことは詳しくないんだ。

とりあえず、どこか休めるところを探したい」

 

少し間を置いて、消え入りそうな返事が返ってきた。

 

「……そうですね……村に、戻りましょう……」

 

そう言い終わるなり、ルアはまた嗚咽を漏らして、再度うずくまってしまった。

落ち着くのを待って、そっと手を引く。

冷たく湿ったその手は、握り返す力もないまま、されるがままに繋がれた。

二人で、村への帰路を歩き始めた。

 

*

 

村までの道のりを、二人とも一言も話さずに歩いた。

ただ、繋いだ手から、ルアがずっと小刻みに震えているのだけが伝わってくる。

 

村が見えてきたのは、森から東へ、一、二時間は歩いた頃だろうか。

陽はとうに落ち、夜の闇が深く沈んでいた。

点在する家々の窓から、ぽつぽつと灯りが漏れている。

その入口に差しかかったところで、松明を掲げたガタイの良い男が、土を蹴って走り寄ってきた。

 

「ルア!!! おいっ、何があったんだ!!!?

森から火が見えて……心配したぞ……魔女のバアさんは!?」

 

(ダリオだ……。最初の村で世話を焼いてくれるNPC。ゲームじゃ、こいつに基本操作を教わることになる)

 

虚ろな目をしたルアを抱きとめながら、男は矢継ぎ早にこちらへ問いをぶつけてくる。

何か答えようと思考を巡らせるが、疲労はとうに限界を超えていた。

言葉が出てこない。ただ、首を横に振ってみせる。

 

それだけで、男は何かを察したようだった。

 

「な……わかった。とりあえず、こっちへ来い」

 

短くそう言うと、ルアを抱え直し、先に立って歩き出す。

案内されたのは、村の外れにある小さな家だった。

招き入れられ、ルアをベッドに横たえる。

男が濡らした布巾を渡してくれたので、ルアの顔の汚れを拭うのを手伝った。

 

「すぐに危険は、ないのか?」

 

おそらくは、と思いながら、頷く。

 

「そうか……いろいろ聞きたいことはあるが、とりあえずお前も休め。

……ルアを連れて帰ってくれて、ありがとうな」

 

男はそれだけ言うと、ルアの傍らに腰を下ろした。

その大きな背中が、少しだけ丸まっている。

 

二階の一室を使うよう促され、リツは重い足を引きずって階段を上った。

部屋に入り、一人になった途端、想像以上の疲労がどっと押し寄せてくる。

何も考えられないまま、崩れるようにベッドへ倒れ込んだ。

意識は、すぐに闇へ落ちていった。

 

*

 

夢を見た。

攻略してきたゲームのストーリーが、浮かんでは消え、浮かんでは消えていく。

楽しかった記憶も、絶望した記憶も。

何度も心が折れかけて、それでも前へ進み続けた。

十年分の記憶は、断片のまま入り乱れ、形をなさないまま消えていった。

 

*

 

目を覚ますと、窓から朝日が差し込んでいた。

 

(……『ダークロ』を始めたのも、もう十年前か。思い出せないことも、たくさんあるよなあ)

 

夢に見ていたはずのものが、指の隙間からこぼれるように、どんどん薄れていく。

ぼうっと横たわったまま、しばらく天井を見上げていると、ふいに——入口のほうに、人の気配を感じた。

 

目を向ける。

扉の横に置かれた椅子に、誰かが、ちょこんと腰掛けていた。

 

ビクッ。

 

思わず身体を起こす。

それを待っていたかのように、座っていた女性が、静かに口を開いた。

 

「リツ様……でよろしいですね。

探索をサポートさせていただく、ステラです。よろしくお願いします」

 

「……ステラ!?」

 

思わず、素っ頓狂な声が出た。

 

「どこから出てきたんだよ、っていうか、どうなってるんだ!」

 

突然の状況に、まともな質問にもならない。

ステラは、ゲームのステータス画面に登場する、ナビゲーションキャラクターだ。

 

ステラは答えることなく、無表情のまま立ち上がると、「フィリス」と小さく呟いた。

その身体が、帯のようなものに包まれながらシュルシュルと小さくなっていき——気づけば、一匹の黒猫の姿になっていた。

そして、わずかに開いたままの窓を、目線で指し示してみせる。

 

「……なるほど。その姿で、そこから入ってきたのか」

 

(——そうか。ゲームでも、黒猫の姿になれるって設定だったっけな)

 

黒猫はまたシュルシュルと人型に戻った。

柔らかそうな黒髪に、猫耳のついたカチューシャのようなアクセサリー。

ダボっとしたパーカーのような服で、全体的に、真っ黒だ。

背丈はルアよりも少し低く、十代の半ばほどに見える。

伏し目がちな金色の瞳が、服装と比較して目を引く。

 

「それでは、この世界についてご説明いたします」

 

人型に戻るや否や、ステラはこちらの反応など意に介さず、淡々と話し始めた。

 

「数十年前、突如として現れた『夢見る終わりの創造主(オメガ・デウス)』という存在が、北の大陸を滅ぼしました。

滅ぼされた大陸は魔物が大量に発生し、人が踏み入ることはできなくなり——『深淵大陸イデア』と呼ばれ、世界から切り離されました。

同時に、世界各地にも魔獣や遺跡が出現するようになっています」

 

よどみなく、言葉が続く。

感情の起伏もなく、ただ情報だけを淡々と紡いでいく。

 

「ここ『リオネス王国』では、深淵大陸の開拓を目指す『探索者(シーカー)』を支援しています。

何者でもないあなたは——探索者としてオメガ・デウスを倒し、世界に平和をもたらすことを夢見ています」

 

(ゲームの最初に流れる、説明文だ……)

 

999%までやり込んだ物語だ。この世界の成り立ちも、探索者の目的も、当然のように頭に入っている。

だが、ゲームでは文字で流れていくだけだったあらすじを、いま、目の前にいる現実離れした姿の少女が語っている。

その奇妙な現実感が、背筋を撫でていった。

 

そして——ゲームには、なかった続きがあった。

 

「リツ様は——『Dark Lore Chronicle』のゲームシステムと、それに付随する物語を、知る存在です」

 

ステラはじっと、こちらを見ていた。

 

「この世界を救い、正してください」

 

言われたことを理解するのに、しばらく、言葉が出てこなかった。

 

(ステラは、ここがゲームの世界だと知っている。

そのうえで、物語がいまも続いていることを示し——世界を救え(ゲームをクリアしろ)と、俺に言っている)

 

ステラは何も付け加えず、ただ静かに、こちらの言葉を待っている。

その沈黙が、妙に、重かった。

 

ピコン、とシステム音が鳴り響いた。

 

◆――――――――――――◆

メインストーリー達成率:3%

◆――――――――――――◆


お読みいただきありがとうございます。

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明日からは12時と20時の2話更新を続けます。ワン。

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