第25話 贄とせよ
「俺たちの持ち金は、全部で300万ベルクなんだ」
正直に答えるしかなかった。
「できれば少しだけ残したいから……280万ベルクくらいまでで、見繕ってもらえたら嬉しい」
「いいよ。揃えられるのだと……このあたりを、持ってみるといい」
示された一角を、真識で順に見ていく。
壁にかかった短剣には、毒と麻痺の二重付与。
隣の大盾には、属性ダメージの大幅軽減。
その下の指輪にいたっては、詠唱速度の上昇に魔力回復まで乗っている。
普通の市場なら、どれもひとつで予算を軽く超える代物ばかりだ。
ルアとスルギも、おっかなびっくり棚の品を手に取っている。
ルアにいたっては、半泣きで指先だけで触っていたが、その手が、一本の手甲に触れた瞬間——ブゥーン、と微かな振動が伝わったらしく、「ひゃっ」と手を引っ込めた。
「あぁ、やっぱりあったか」
センテが顔を上げた。
「それは、武器が共鳴してるんだよ。遺品は、次の持ち主を選ぶんだ。その武器がいい」
リツもいくつか手に取ってみると、一張りの弓に、同じ振動を感じた。
スルギも、一振りの刀で同じ反応を見たらしい。
「いい引きだ。剣士の君には、その赤蜂の刀。これは鎧もセットであるから、着られるよ。特に効果はないけれど、上等な良い装備だ。
——パンチの強い女の子は、珍しいな、魔導グローブだね。打撃に魔力が宿る。
——君は、その音無鳥の弓みたいだね。音のしない弓矢だよ。」
満足そうに頷いて、ゼロを示す。
「じゃあ、解呪しようか。
君が全部持って、ゼロの前で『オーダー』って言ったあと、『解呪契約』って言って、お金を払ってみてよ」
三つの品を抱え、ゼロの前に立った。
(……そういえば、ゲームでもこんなセリフ回しがあったな)
懐かしさすら覚えながら、口を開く。
「オーダー。……解呪契約」
ゼロの面の眼に、光が灯った。ジロリ、とリツを見る。
同時に、面の口の箇所から、実体のない舌がべろりと垂れ下がる。
そして、つるりとした頭の上に、五本の角がニョキニョキと生え出し——その根元から、光が昇り始めた。
一本、二本、三本。
三本目まで満ちたところで、四本目が根元で止まり、五本目は灯りもしない。
少しの沈黙が、流れる。
「……センテ。それで、どうすればいいんだ?」
「ふはっはっは。やっぱりダメだったか」
声を立てて笑い、センテは肩をすくめた。
「武器は共鳴したなら、譲ってあげたいんだけどね。——そのお金じゃ、呪いは解けないよ」
「なんだよ……足りないってことか。じゃあ、何かを諦めれば——」
「……できないよ」
声から、温度が消えた。
「僕のことを知ってるみたいだったから、一応警戒してたんだけど。
君たち、本当に、ただの群青だね」
ぞわり、と部屋の空気が変わった。
「君、ゼロに『解呪契約』を申し入れただろう。
——高位の存在である精霊に、簡単な『やり直し』なんてものはないんだよ」
「そんな!! 騙したのか!? センテは良き商人のはずだろ!?」
「騙してないよ。言わなかっただけさ。ここでは僕も嘘はつけないからね」
薄く笑って、センテは続けた。
「そもそも、僕が良き商人なんてこと、誰に聞いたんだい?」
(……ゲームの中で、そう呼ばれていた——なんて、言えるわけがない)
答えられないでいるリツに、センテは構わず言葉を継いだ。
「『真なる者は良き友へ。愚者なる者は贄とせよ』って言葉知ってるか?
ネームプレートもわかりやすく付けてあげてるんだ。僕は侵色の商人だよ。
力もない群青が、こんな裏通りのお店で、なぜ対等に取引ができると思ったんだい。
どこまでも愚かすぎるだろう」
並べ立てられた正論を聞いて、一気に冷や汗が吹き出た。
少し間があって、言葉が継がれる。
「世間をもっと知ったほうがいい。——ゲームじゃないんだからさ」
返す言葉がないまま、頭の中で思考だけがぐるぐるとまわり続ける。
甘かった。
ゲーム内のシナリオ通りなら、センテと会うのは深淵大陸の中でだった。
そこへ渡れるような資格と実力を積んでからこそ、信頼を勝ち取れる相手だったのだ。
「さあどうするんだい? 自己責任だからね、好きにすればいいけど、ここから出るのはやめたほうがいいよ。
ゼロに、契約違反とみなされるから」
部屋に、重い静寂が落ちた。
ルアがこちらを見ているが、焦りと不安と、呪いへの恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざったような顔をしている。
スルギが重い口を開く。
「……なにか売れば、いいのか」
「なにか今の装備品などを代償に入れてみてもいいけど、さっき言った通り引き戻せないからね。おすすめはしない。
280万ベルクでこの状況だからね、君たちが持っているものでそんな高値の道具はないだろう。
もちろん残りの20万ベルクでも状況は変わらないだろうね」
嘲るような顔をして続ける。
「ただ、幸い、ゼロはなんでも受け取ってくれるからね、お金や道具じゃなくて、『思い出や身体の一部、言葉なんかでも』受け取ってくれる。
そういったものであれば足りるかもね」
スルギが一瞬、気色ばんだ。
だが、向ける先も、切れる札もない。
その激情は、行き場を失って、静かに萎んでいった。
誰も答えられないのを見計らったかのように、センテが口を開く。
「君、なにか策があるのかい?」
棚にもたれたまま、こちらをじっと見ていた。
「一つ、渡し船を出そうか。——悪いけど」
その目が、ルアとスルギに向く。
「そうだな、交渉事は一対一が相場だろう。契約者は彼一人だから、彼と交渉しようか。君たちは外してもらえるかな」
スルギとルアがこちらを見る。
解決策があるわけでもないのに、二人だけ置いて出ていくことなど、できるはずもないのだろう。
(……二人がいてもできることはない)
「わかった。二人とも、外で待っててもらえると」
スルギも悩んでいる様子だったが、うろたえたルアの様子と、侵色であるセンテとこれ以上渡り合うイメージも持てない中で、信じるしかないのだろう。
「大丈夫なんだな?」
「たぶんね。嘘はつけないから」
リツは、苦笑いをして答えた。
ルアが、一度だけ振り返った。何か言いかけて、やめた。
スルギがその背を押して、扉の向こうへ消えていった。
部屋に、リツとセンテとゼロだけが残った。
リツは手元の指輪をちらりと見てから、センテに話しかけた。
「一応売れるかもしれないものもあるんだけれど、できれば売りたくなくてね。お願いできるかな」
「素直でいいね」
センテが、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「君、なにか隠しているだろう。二つの条件を飲んでくれれば、僕がこの契約、肩代わりしてあげよう」
すっと顔が近づく。
笑みは浮かんでいるのに、目だけが、まるで笑っていない。
「もちろん、嘘じゃない」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この場面は、連載を始める前から書きたかった場面のひとつです。
ゼロがお気に入りです。犬みたいだし。
続きが気になると思っていただけたら、ブックマークと、下の☆☆☆☆☆を★★★★★にしていただけると、大変ありがたいです。ワン。




