第20話 飛ばし屋フープル
すぐに、それぞれが別行動に移った。
ビルノードンたちの姿が見えなくなって、五分ほどしたあと、座標感知で二つの動きを捉えた。
一つは、櫓の上でゼシィーを取り囲んでいたゴブリンの大半が、ミントの魔法で吹き飛んだこと。
もう一つは、それとほぼ同時に、ゲイルがゼシィーを櫓から降ろし、ビルノードンがそれを受け止めて、地上をこちらへ向かって走り出したことだった。
走る三人を追うように、魔獣たちも動き出している。
「成功だ! ゼシィーさんを救出して、こっちに向かってる!
魔獣も動き出した。逃げる準備をしよう!」
やがて、ビルノードンたちの姿が、目視できるところまで近づいてきた。
——が、その先頭を走っていたゲイルが、突然、進路を大きく変えた。
「なんだ、あっちに行ったら、危なくないか?」
スルギが、疑問を口にする。
それと同時に、方向転換をしきれなかったビルノードンが何かにぶつかるのが見え、リツは気づいた。
「物理透壁だ! 櫓の外にまで罠を仕掛けてやがったのか!」
物理透壁とは、魔獣ドラムが生み出す罠の一つで、物質を通さない透明な壁のことだ。
透明と言っても、近づけば空間が歪んで見えるため、壁があることは目視で分かるが、迷路のように張り巡らされると非常に厄介になる。
しかもこの壁は、物質は通さないが——魔法は通してしまう。
「まずい、フープルが来てる!」
フープル——その名の由来にもなっている『フープ』という魔法は、投擲型だ。
光の玉を飛ばし、対象に当たるとそこに魔法陣が構築される。
そして構築が完了した瞬間、転移が発動する仕組みだ。
光の玉そのものを避けるか、構築が終わる前に魔法陣を抜ければよいので、本来であれば簡単に回避はできる。
だが——罠にはまって動けない状況では、致命的になる。
フープルとドラムの共存が『厄介』と呼ばれる理由が、まさにそこにあった。
二匹のフープルが、ビルノードンたちに向けて、光の玉を練り始める。
「——助けよう!」
リツは弓を構え、見えているフープルに狙いを定めて、矢を放つ。
矢は一体に当たり、「ギャッ」と声を上げて倒れると、もう一体も魔法を中断して、こちらを振り向いた。
「危ない!!!」
ビルノードンが叫んだ。
射抜いたフープルの、そのさらに後ろ。
死角にいた三匹目が、ちょうど練りあがっていた光の玉を、標的をこちらに変えて投げつけてきた。
リツは咄嗟に躱す。だが、その先には——ルアがいた。
「ゔっ……ぅ」
投擲魔法を受け、ルアが、その場にがくりと膝をつく。
威力そのものはないが、痺れが走るのがこの魔法のもう一つの特徴だった。
その隙に、魔法陣が、みるみる構築されていく。
(——まずいっ!)
リツは地面を蹴った。タックルしてルアを押し出すのに成功する。
だが——押し出したリツ自身が魔法陣に入った、正にその瞬間、陣の構築が完成した。
視界が真っ白に染まる。そして、景色が——変わった。
目の前に現れたのは——槍を構え、今まさに、それを振り下ろそうとしている、一匹のゴブリンだった。
(空間固定——ッ)
段超え試練を突破し、王都までの道すがらで覚えた、空間魔法の新しい感覚に意識を集中させる。
野営のたびに一人で試してはいたが、実戦で使うのは、これが初めてだ。
指先から魔力が広がる感覚があり、目の前の槍の穂先を含む狭い空間が、ガラスの中に封じ込められたように、ぴたりと静止した。
渾身の力で振り下ろしたはずの槍が、途中で止まる。
ゴブリンが、面食らったように動きを止めた。
その隙に、リツは腰の短剣を引き抜き、無防備な首筋へ、一撃を叩き込む。
ゴブリンが崩れ落ちると同時に、空間固定が解け、宙で止まっていた槍が、カランと乾いた音を立てて落ちた。
「……危なかった」
膝が、笑っている。
もし、新しい魔法を使えていなかったら、対処のしようがなかった。
魔法を使った反動の倦怠感が、じわりと押し寄せる。
だが、気を抜くわけにはいかない。リツは、素早く周囲へ目を配った。
どうやら、櫓の内部に飛ばされたらしい。
それも、飛ばした先ですぐに槍で貫けるよう、あらかじめ仕組まれていた部屋のようだ。
ちらりと視線をやると、部屋の隅に、槍に貫かれた人間が倒れているのが見えた。
生命反応は、ない。
落ち着く間もなく、複数の足音がこちらに向かってくる。
すぐ近くに、魔獣が何匹か迫っているのが分かる。
(まずい……複数を、一人で相手にできるわけがない……!)
決死の覚悟を決めて、短剣を構え直す。
すると、突如、ドンッ、ドンッ、ドンッ、と、腹に響く銃撃音。
続いて、魔獣の悲鳴じみた叫び声がした。
座標感知を使うと、近くの魔獣の反応が次々と消えていく。
その中に——一つ、人の反応があった。
敵の位置を確かめながら部屋を出ると、ちょうど、一人の女性が銃を撃ち終わるところだった。
褐色の肌に、白銀の髪。
横に流れた長い耳の先が、硝煙の向こうで揺れている。
ダークエルフだ。
「……レイアさん、ですね!」
「そう。……あれ、行きにすれ違った子じゃない。なんであなたが? ビルノードンたちが来てたのは分かったけど」
「俺たちは、荷運びのサポートでついてきたんです。
ビルノードンさんはゼシィーさんを救出したあと、外で物理透壁の罠を避けながらフープルから逃げています。
援護しようとして……俺だけ、飛ばされました」
「なるほどね。助けに来てくれた、ってわけだ」
レイアは、ふっと肩の力を抜いて、笑った。
「私も、魔獣が減るのを、じっと待ってたところ。おかげで、ようやく動けるようになった。……さ、逃げよう」
さすがは微色の斥候、というべきか。
レイアは、軽やかな身のこなしで、張り巡らされた罠を、次々と見切って抜けていく。
その背を追いながら、リツは、素直に舌を巻いた。
「……うん。ビルノードンたちは、全員、生きてるね」
櫓の囲いの外へ出ると、レイアは、仲間のいる方角へ向けて、別の銃を一発空へ撃った。
バヒュゥゥゥ——ンと音が鳴り、空高くで、煙が上がる。
「これで、ビルノードンたちにも、撤退の合図が伝わるはず。私たちも、逃げ切ろうか」
走り出しながら、レイアが、ぽつりと言った。
「……ゼシィー、間に合ったかな」
その声は、逃げ切れたかどうかを問うているようには、聞こえなかった。
座標感知で、四人と二人の塊が、それぞれ道のほうへ移動していくのを確かめて、リツは、レイアのあとを追い、森へと分け入った。
座標感知の、その端で——櫓の中が、まだ、忙しなく動いているのが、分かった。




