第19話 緊急要請
バンッッ!!
けたたましい音を立てて、一人の探索者が転がり込んできた。
髪も服も乱れきったまま、ぜえぜえと息を切らして、受付へ駆け寄る。
「集落で、しくじった……! 緊急要請を、頼む……!
フープルが、ドラムと同居してやがった」
見覚えのある顔だった。来る道すがら、すれ違ったあのパーティの、戦士の一人だ。
緊急要請と聞き、受付も慌ただしく、動き始める。
ここまで相当急いだのだろう。
男はそう伝えると膝を押さえて、呼吸を整えるのに必死そうである。
そこへ、奥の一角で飲んでいた大柄の男が、ひときわ大きな声を上げた。
「お前、ダンか! フープルで緊急要請だと? 他のメンバーは、どうなった?」
ダンと呼ばれた男は、ぱっと顔をあげると、大柄の男を見て目を見開き、覚悟を決めたように、絞り出す。
「あぁ……ビルノードンか! ゼシィーが……飛ばされた。
ガンドとロイは……たぶん、ダメだ。
ドリーとレイアは、生きてるかも、わからない。頼む……!」
二人の男は、奥のテーブルで慌ただしく言葉を交わし、大柄の男がチラリとこちらを見た。
突然の出来事に、一行は出口のそばで茫然と立ち尽くしていた。
だが、何ができるわけでもないのに、つい様子を観察してしまっている自分たちに気づき、はっと我に返る。
そそくさと、その場を離れようとした。
そのタイミングで、話がまとまったようだった。
先ほど、ビルノードンと呼ばれた男が、大声で一行に声をかけてきた。
「おい、坊主ども。俺はビルノードン、微色の探索者だ。
聞いてただろうが、これから、こいつらの仲間が生きているかどうか、『救助探索』に向かう。
……言っておくが、言葉通り『討伐』じゃない。生存者がいるかの確認と、もし生存者がいた場合はその救助だ」
挨拶をしつつも、こちらの反応を窺うことなく続ける。
「ただ、問題がある。見ての通り、うちのチームは今日は非番でな。
メンバーが別件で出払っていて、全員は揃わん。
もし生存者がいて、救助できるとなったとき、戦いながら運ぶことまで想定すると、どうしても人手が足りん。
そこで、お前らに『荷運び』の依頼を出したい。手伝ってくれないか。
無色なのは承知の上だ。戦闘には、一切参加しなくていい。
離れた場所で待機して、いざとなったら運ぶのを手伝う。要は、保険だ」
そして、声をひそめるでもなく、続けた。
「ちなみに、緊急要請は報酬がでかいぞ。内陸階級トップ、深紅チームの積立の半分だからな。
最低でも、合計で1000万ベルクは確実だ。いくらだったとしてもその二割を、お前らにやろう」
(メインシナリオに、こんなイベントはなかった。恐らく、ランダムクエストの類だ
フープルもドラムも、ゲームで序盤に出てくるザコキャラクターだ。
どっちも動きは鈍いし、転移や罠の見切りも難しくはない。何よりも、今回は荷運びだけである。
それで、二割——最低でも、200万ベルク。間違いなく大金だ。……運がいい)
リツの頭の中では、攻略脳が高速回転する。
スルギとルアに向き直ると、二人が頷くのも確認し、ビルノードンに向き直った。
「やります。できる範囲の手伝いをします」
「よし、よく言った。……それじゃあ、行くとするか」
初めての王都がもたらす高揚と、思わぬ大金への欲、そしてゲームの知識。
これらが——深紅のチームすら壊滅させた、集落の脅威を、リツの頭から都合よく締め出していた。
*
空間収納から武器を取り出し、すぐに、今朝来た道を引き返す形で、ダンを先頭に、櫓を目指した。
移動の道中、互いに、最低限必要なことだけを伝え合う。
ビルノードンは、斧と盾を操る戦士で、頭にクマのような丸い耳のついた亜人だった。
連れの二人は、短剣使いの斥候ゲイルと、魔法使いのミント。どちらも、深紅だという。
「……もうすぐだ」
さすがは微色の探索者、というべきか。
リツが座標感知で捉えるより、ずっと早い段階で、ビルノードンは敵の捕捉を始めていた。
「たぶん一人は生きてるな。動いてはなさそうだが……死んでもなさそうだ。
あとは感知に引っかからん。
それより——魔獣の数がすごいぞ。ざっと、三十から四十体はいるんじゃないか?」
「……ちょっと見てくる」
本職のゲイルが、より精度高く気配察知をするために、一足先に様子をうかがいに向かった。
森の端に差しかかる頃、ゲイルが神妙な面持ちでこちらに向き直った。
「フープルとドラム、それにゴブリンが大量にいるな。
そして、……生きてるのは、たぶん二人だ。
ビルノードンが感知できなかったほうは、レイアだろう。
反応がかなり鈍いから、隠蔽魔法で隠れているみたいだな。こっちは……大丈夫だろう。
もう一人はゼシィーだ。——目視で見えた」
「ゼシィーは!? 無事なのか!?」
「いや……。生きては、いるが……」
ゲイルは、それ以上を語らなかった。
そして、誰も、最も心配しているはずであろうダンすら、それ以上は問わなかった。
(どういうことだ? 目視できる場所にいて、しかも生きているというのがよくわからない。
……隠れて、いるのか?)
リツも、森の端までたどり着いた。
だが、ゲイルは目視で確認できたと言うものの、リツの目では、櫓で動く影もぼやっとしか見えない。
座標感知も駆使して、できる限り詳細に探ると——確かに、櫓の上に、魔獣にぐるりと囲まれるようにして、人の反応があるのが分かった。
その瞬間、点と点が、線でつながった。
ヒュッと心臓が浮く。
強いめまいが襲い、こめかみの血管を、血がどくどくと流れていくのが、いやにはっきりと分かった。
——この世界の魔物は、知性を持つ。知性を持った魔物は、邪悪だ。
ゲームの設定として、知っていたその言葉が、今、確かな重さを持って迫ってくる。
囲んで、殺さず、嬲る。生かしたまま、その絶望を人に見せつけるように。
「……見世物、か」
「……おう、小僧。その通りだ」
ビルノードンが、低く応じた。
ミントも、ダンも、ゲイルの報告でおおよそを察しているらしい。
誰もが苦い顔をしながら、それでも、取り乱してはいない。
その平静さこそが、この世界の秩序が、リツの知る現代とは、根本から違うのだと突きつけてくる。
「お前らは、ここで待っていろ」
ビルノードンが、こちらに向き直った。
「小僧、これは、別に特別な状況じゃない。
初日から厳しいとは思うが……探索者を続けてりゃ、すぐ慣れる。
お前ら三人は、ここから見ているだけでいい。この数じゃ、討伐なんてのは間違いなく無理だ。
俺たちが出てきたら、すぐ逃げるからついてこい。
もし万が一、十分ほど経っても出てこなかった場合、あるいは、俺たちが全滅したのを確認したら——そのときは、迷わず逃げろ。
坊主が何かしら察知スキルが使えるんだろう? それだけ使っておけ」
そして、ダンへと視線を移す。
「ダン。魔獣の数が、思ったより多すぎる。
もう一度ギルドへ戻って報告しろ。
討伐依頼の方も急がせて、どこかの部隊を早く派遣させろ」
ダンが、身を翻す。
だが、去り際に一度だけ振り返り、ビルノードンに尋ねた。
「……いけそうか」
ビルノードンは、短く笑った。
「なんとか、するさ」
まだまだ連載頑張ります。
ブックマークを押してもらえたら嬉しいです。もっと尻尾振りたいです。ワン。




