第17話 王都へ
リツは、紹介状を受け取り、懐にしまった。
ダリオが、声の厳しさをほどいて、いつもの顔に戻る。
遠くで、ルアがスルギと何か話して、笑っている。
「あの子に不安がないわけがない。……リツ。スルギと二人で、あの子を、支えてやってくれ」
「……はい。任せてください」
その返事に、ダリオは、ようやく少しだけ、笑った。
そして、村を出発した。
*
——数時間後。
「……遠い。遠すぎるだろ……」
ゲームの画面なら、始まりの村から王都までは、スティックを倒して走れば数分で着く。
だが、ここは現実だ。
広大なオープンワールドのスケールが、そっくりそのまま「物理的な距離」に化ける。
王都までは、なんと約十日。その道のりを、自分の足で、歩き切らねばならないのだ。
若返った身体で、第一位階も超えているため、引きずるような疲れこそ出ない。
とはいえ、現代では考えられないほどの距離を、来る日も来る日も歩き続けている。
現れる魔獣とは戦い、危険な場所は避け、毎晩野営をする。
その繰り返しにもようやく慣れてきたが、最初の数日は、正直こたえた。
「楽しいね〜! 毎日でも野営していたいくらい! 王都に着いたら、何からする〜?」
「まずは僕の家に寄るといいよ。ガーランドさんへの取次をお願いしている間に、買い物や、拠点探しをしよう」
羽衣の紋で軽やかに進むルアは、なぜだかずっと楽しそうだ。
鬼の力なのか、涼しい顔をしたままのスルギも、どこか気楽なものだった。
*
お昼には王都へたどり着く、という日に、歩きながら、スルギが王都のことを教えてくれた。
王都は、大きく四つに分かれているという。
最奥に、王の住まう城。それを囲むように、貴族の屋敷が立ち並ぶ第一居住区。
その外側へ、商業施設や教会、ギルドの集まる都市区。
そして、西から南側にかけて一般の民家が広がる第二居住区がある。
ここまでが、内城壁の内側だ。
同じく、東から南側にかけて、内城壁をぐるりと囲むように、探索者たちの拠点が点在する冒険区が広がっている。
鬼の一族であるスルギの家は、第一居住区にあり、父は王都学区で教師をしているという。
「兄弟が多くてさ。一番上に兄が一人、それから姉さん——ハナ、僕、下に妹が二人」
「五人兄弟か。にぎやかだね」
「兄さんは探索者になって、もう冒険区で暮らしてる。僕も、いずれはそのつもりなんだ。
……だから、今、家にいるのは、たぶん妹たちと母様くらいかな。母様がまた、結構なお節介でさ……」
そこまで言いかけて、リツは、ふと足を止めた。
「シッ。……ちょっと、待って」
その一言で、スルギが、会話を切り上げて、さっと臨戦態勢に入る。
「いや、近くはないな。……あっちの方に、魔獣がたくさんいる場所がある」
位階が上がったことで、使えるスキルもいくつか増えた。
その一つ、『座標感知』という空間魔法を使えば、広い範囲の魔獣の分布を、地図を眺めるように、ぼんやりと把握できる。
精度は粗いが、遠くの「気配の塊」を察するには十分だった。
四識眼の遠識が今後さらに強化されていけば、連携して、もっと遠くまで解像度高く見通せるようになるはずである。
「恐らく、集落じゃないかな。魔獣が集まって、形成することがあるんだ。近寄らない方がいいね」
スルギの言葉を確かめようと、近くの木によじ登って、そちらを見やる。
開けた場所に、粗末な櫓のようなものが組まれていた。
その周りを、人ではない影が、ぽつり、ぽつりと動いている。
櫓は、基本は二階建てで、一部だけ四階まであるような形状である。
「集落になると、一種の組織ができるんだ。見張りを立てたり、連携して襲ってきたりね」
リツはなるほどと頷き、一行は集落を避けて、再び歩き始めた。
集落を大きく回り込んで歩いていくと、今度は前方から、別のパーティが歩いてきた。
道すがら、スルギに教えられたことがある。
一般民は探索者に会釈をするのが習わしだが、探索者同士は、互いに挨拶をしない。
舐められる隙を見せないためだ。
向かってきたのは、武器を携えた六人組。探索者だろう。
リツたちはまだ探索者ではないため、軽く会釈をすると、向こうから呼び止められた。
「待て。見たところ探索者ではないようだが……王都に向かっているのか?」
「はい。探索者を志して、王都へ向かっています」
「そうか、若いな。頑張れよ。……ところで、この先で集落を見なかったか?」
「見ました。少し行った丘の上に、櫓が建っているのが見えました」
「やはりか。ありがとう」
そう言って、六人組は去っていった。
別れたあとで、スルギがぽつりと呟く。
「斥候の女の人だけ、微色で、あとの人たちは深紅だったね。ネームタグがそうだった」
探索者の階級は、内陸階級と深淵階級の二つに大別される。
内陸階級は、無色から始まり、群青、翠緑、深紅と上がっていく。
鮮やかな色を冠し、内陸のクエストをこなす彼らは、一般の民から、エリートとして英雄視される。
その先にあるのが、深淵階級。別名、黒色階級とも呼ばれる。
最下位が微色で、これになって初めて、深淵大陸への渡航が公認される。
そこから先は、色の鮮やかさではなく、深淵の闇がどれほど濃く染みついているかが、強さの証となる。
微色、淡色、侵色、漆色、絶色——と、闇は深まっていく。
「集落が見つかったから、ギルドからの依頼で、討伐隊が組まれたんじゃないかな」
スルギの言葉に、リツは考えを巡らせる。
(ギルドシステムも、ゲームのままか。討伐クエストは、地道にこなすしかないよな。
……ただ、探索系や日常系のクエストなら、ゲーム知識でだいぶショートカットできそうだ)
そんなことを考えながら歩き続けると——ついに、前方に、王都の城壁が見えてきた。
地平を断ち切るように、灰白色の壁が横一線に伸びている。
十日歩いてきた道のりの果てに、それは、想像していたどんな絵よりも大きかった。
「……でかいな」
思わず漏れた声に、スルギが笑った。
ここから王都編です。
ブックマークと下の☆で、犬が一匹救われます。
「ここ違うだろ」も歓迎です。噛みません。




