第16話 赤狂いの三日間
翌朝。
ゆうべの疲れも、指輪という確かな戦果も胸の内にしまい込んだまま、リツは何食わぬ顔で朝を迎えた。
そして、ついに旅立ちの日がやってくる。
ハナは中位魔獣の調査があるとのことで、村からは三人での旅路になった。
ダリオは別れを惜しんで、今にも泣き出しそうな顔をしている。
そのくせ、リツには何度も「ルアに手を出すんじゃないぞ」と、目で釘を刺すのを忘れなかった。
出発の準備が整った頃、ダリオが、ふとリツだけを手招きした。
「リツ。ちょっと、こっちへ」
ルアとスルギに聞こえないよう、少し離れた木陰へ連れていかれる。
「改めて、バーサーカー化についてだ。ちゃんと伝えておこう」
ダリオの表情が、村のまとめ役から『元・王国騎士』であることを思わせる鋭い顔つきへと変わる。
「……込み入った話でな。ルア本人に聞かせるには、少し、酷なんだ。
スルギは王国に近いからな、必要なら親かハナからでも聞くだろう」
ダリオが、声を落とす。
「前にも話したが、バーサーカー化は治すのが非常に難しい。
状態異常というより、呪いに近い。それも自分自身に呪いをかけている状態と言われているのだ」
「バーサーカー化の初期症状では、一定時間が経つと動きが止まるが、徐々に、別の人格——狂戦士としての人格が育っていく。
繰り返すほど、元に戻るまでの時間は延び、やがては常時バーサーカー化した状態になり、治せなくなる」
リツとしては、既知の話だが、ダリオの真剣な眼差しに、神妙に頷く。
「だが——治す、というか、飼い慣らす方法がある。『赤狂いの三日間』という話があってな」
ダリオが、一度間を置いた。
「かつて、遺跡の調査にあたっていた、重戦隊の隊長がいた。ジェイドという男だ。
あるとき、魔物との戦いで深い階層に閉じ込められちまってな。
一緒に閉じ込められていた戦友が、先に力尽きた。
ジェイドはその死を——助けることもできず、目の前で看取るしかなかった」
ダリオの声が、低く沈む。
「それが引き金だった。ジェイドはバーサーカー化した。
深い階層から這い上がってきたときには、もう何日も経っていて……完全に狂ったまま、行く先々を、片端から虐殺していったそうだ」
「その当時はバーサーカー化に治療法なんてなかった。討伐するしかない、とな。
そこで派遣されたのが——大魔道士ガーランドだ」
その名前に、リツは思わず顔を上げた。
「近くの村にガーランドの娘夫婦が住んでいたらしくてな。率先して、急いで駆けつけたらしい。
だが、着いたときには、もう遅かった。……村ごと、跡形もなく消し飛んでいた。ジェイドの手でな」
ダリオが、目を伏せる。
「それを見て、ガーランドも——壊れた。絶望し、自身もバーサーカー化したんだ」
「斧の一振りで大地ごと削り取るジェイドと、極大魔法を無制限に撃ち続けるガーランド。
誰にも止められない戦いは、三日三晩、続いた。そして最後は、ガーランドがジェイドを討った。
その間に、王都はほぼ全軍を配備し、バーサーカー化しつつも、疲弊しきったガーランドを討伐しようとした」
ダリオはリツの顔を、まっすぐ見据えた。
「俺も当時、王国騎士として戦場に向かったが、その三日間は気が気じゃなかったよ。
——が、そこで、妙なことが起きた。ガーランドが、赤い瞳をしたまま……『普通に喋った』んだ」
ダリオの声に、かすかな熱がこもる。
「バーサーカー化した人間は、戦うこと以外、何も喋らん。だからこそ、その状況は、大きな衝撃を与えた。
そしてガーランドは、赤い瞳の状態と、元の状態を——意のままに、行き来してみせたんだ」
「その後の研究で、分かったんだが。
バーサーカー化した者は、同じくバーサーカー化した者を打ち倒すことで、自分自身を律し、その力を意のままに操れるようになる。
この状態を——『ドミネーター』という」
ガーランドの過去も、ストーリー通り、リツの知っている話だった。
だが、こうして壮絶な半生を背負った男が、いま現実にどこかで生きているのだと思うと、胸の奥が、静かに軋んだ。
「そして、ガーランドは王都で、特務魔導学者という地位を得て、研究に明け暮れた。
そして、ドミネーターを生み出す方法を確立したのさ。
理屈は単純だ。討たれても構わない、手頃なバーサーカー化した相手さえ用意すればいい。
つまり——バーサーカー化させた魔獣を討たせることで、人をドミネーターにする。そういう仕組みを作り上げたんだ」
ゲームでも、バーサーカー化した魔獣を倒すことが、ルアがドミネーター化するための試練となっていたが、今のダリオの説明を聞いて、ゲームでは言及されていなかった部分への疑問が湧いた。
「バーサーカー化した、魔獣なんて……どうやって用意しているんですか?」
ダリオの顔が、わずかに曇った。
「目ざといな。……詳しくは、知らんでいい。ただ、な。……そうだな、少しだけ説明しよう」
「魔獣が自然にバーサーカー化した例は、これまで、ない。
一定の魔獣は、悪意を持つのは知っているな?
……詳しいことは分からんが、魔獣と人間とでは、感情の多さってやつが違うらしい。
だから、バーサーカー化の引き金になる、『絶望』というのを自然には味わわないからと言われている」
一度言葉を切って、ダリオは、苦いものを吐き出すように続けた。
「だから——強制して、作るのさ。
コボルトやゴブリンみたいな、最弱の魔獣をたくさん捕まえてきて、「あらゆる方法で絶望させる」。
その中で、稀に、バーサーカー化したやつを使うのさ。
……どっちが魔獣だか、分からん話だがな」
リツは、言葉を失った。
(……そういうことか。
ゲームでは、『バーサーカー化した魔獣』としか描かれていなかった。
その裏で、こんなことが……)
「その仕組みを回しているのが、ガーランドのところだ。だから、王都へ行け」
ダリオは、丸めて紐で結わえた紙を、リツに差し出した。
「これは、ガーランドへの紹介状だ。騎士団の誰かに渡せば、つないでくれる。
そして、ガーランドのところへ行けば、王国に保護してもらえるだろう。
ドミネーターになれば、それ自体が非常に強い武力だからな。
ガーランドがこれまで信頼を築いてきた結果、いまでは五人ほどが王都の要職に就いていて、バーサーカーが迫害されることもない。
……ただし、一つだけ気をつけろ」
声が、一段低くなった。
「ここまでの話でわかっただろうが、バーサーカー化は、危険なものとして扱われている。
つまり——力があるものには、反発するものもいる。
特に神聖教会は、バーサーカーを目の敵にしていてな。
ドミネーターになっちまえば、暗殺程度じゃ仕留められん。だが、そうなる前なら——話は別だ」
「王国に保護される前に、教会に嗅ぎつけられたら、暗殺されかねん。芽のうちに、摘んでおきたいってわけさ」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
最初の魔窟編、これにて完結。ここから王都編です。
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