第14話 禁忌の扉
向かったのは、数日前に焼き尽くされた、最初にルアと出会った森だ。
ゲームだと初期は規制エリアになっていて入ることができない。
が、やはりゲームではなく、現実に動き回れるのであれば、想定通り入ることができた。
灰の匂いが立ち込める焦土の上を、羽衣の紋の浮遊能力を駆使して滑るように進む。
焼け落ちた木々の間を浮遊しながら駆けると、目当ての場所はすぐに見つかった。
ほとんどが燃え落ちているが、誰かが住んでいた形跡が残っている。
魔女の家だ。
(ルアを連れてくるわけにはいかないし、ここに来たがるのもおかしい。
王都に向かえば、すぐに来れる機会はなくなる。
やるなら、今夜しかなかった)
焼け残った瓦礫をどけていくと、地面に埋もれるように、鉄の扉が現れた。
表面には、大きな「目」を象った紋様が刻まれている。
(本来のストーリーだと、メインストーリークリア後に来るのが一般的だけど……どうかな)
押しても引いても呼びかけても扉は微動だにしない。
(やっぱり……台詞を言ってみるしかないか……)
リツは、記憶の底から言葉を手繰り寄せ、少し気恥ずかしさを覚えながら、口にした。
「えぇと……確か……禁忌の扉よ、その沈黙を破れ。希望と引き換えに、絶望への道を示せ」
(……反応がない。
中身はいい年した大人なのに、厨二病みたいな台詞を、大真面目に……。うわ、恥ずかしい)
口に出した瞬間から恥ずかしさを覚え、消え入りたい気持ちで待っていると——刻まれた「目」が、ぎょろりと動いて、こちらを見た。
——当たりだ。
「貴様。なぜ、貴様のような弱き者が、それを知っている。それは、強き者にのみ与えられる言葉ぞ」
どこからともなく、濁った声が空へ響く。
普通であれば戦慄しそうな状況ではあるが、リツはこの先の展開を思い出し、少しだけ、安堵とともに答えた。
「俺が、その強き者かもしれないだろ」
「嘘偽りは、死百の罪を。真実は、財を成す。我を起こしたのだ、では——問おう」
声が、朗々と謎かけを紡ぎだす。
「一切の音を立てずに壊すことができ、また、壊すときに音ひとつ立てさせない。
一度壊れれば、世界中の賢者が集まっても直せない。
形は持たぬが、人と人の間に、確かに在る。
脆く、清く、そして残酷なもの。——私は、何だ」
この「真実の扉」の起動の言葉は、本来なら深淵大陸へ渡り、とあるイベントを攻略しなければ、知り得ない。
そして、起動後に発生する問いに間違えれば、扉から這い出てくる高位魔獣との戦いを強いられる。
ゲームでここに辿り着く頃には、高位魔獣とは渡り合えるようになっているので、単なる強敵との戦闘の一つでしかない。
だが、今の弱さで挑めば、確実に死ぬ。
それでも賭けに出られたのは、当時なんとなくの網羅欲で、この謎かけの答えを全パターン潰しておいたからだ。
暇に飽かせた自分のやり込みに、いまは心底感謝である。
一問でも取りこぼしていたら、この賭けには出られなかった。
「答えは——『約束』」
少しの沈黙のあと、目が、答えた。
「ふん……良かろう。勇敢な知恵に、栄光を。——だが、貴様が許されたわけではない。ほころびは、大きくならねば気づかぬ」
ヴゥゥン、と低い音を立てて、目が消える。
ゲームではそこまでの言及はなかったが、実際の扉の目は捨て台詞を吐くらしい。
近づいてみると、固く閉ざされていた扉は、重い音を立てながらもゆっくりと開くことができた。
扉の奥へ降りていくと、数カ所の小さな光だけが自動でジワッと灯り、雑然とした空間が広がっているのが分かった。
棚や台の上には、得体の知れないものが所狭しと並んでいる。
壁際には、身の丈を超える巨大な鏡や、無骨な大杖。
魔女の研究室というような雰囲気である。
光はあるとは言え、非常に薄暗い中、リツは息を潜め、目当てのものを探して視線を走らせた。
やがて——しっかりとした造りの木箱の中に、見覚えのある形の指輪を見つけた。
(……あった。「魔連の指輪」だ。リスクに見合うご褒美くらいないとな)
手に取り、指へ嵌める。
その瞬間、握り込んだ拳から、魔力がとろりと流れ込んでくる感覚があった。
魔連の指輪は本来ならクールタイムを挟むはずの魔法を、続けざまに撃てるようになる。
魔法を扱う者にとっては、この上なく相性のいいアイテムだ。
本来、ここに来られるようになる物語の後半でも、しっかりと活躍するアイテムである。
「……借りていくぞ、イェゼルデ婆さん」
誰にともなく、小さく呟く。
リツは、満足感とともに立ち去ろうと、降りてきた階段のほうを見ると、どこからともなく出てきていた黒猫と目があった。
尻尾を揺らめかせながら、じっとこちらを見つめている。
相変わらず、どこでも現れるのはさすがサポートキャラクターである。
独り言を聞かれていたと気づき、少しばかり、決まりが悪くなる。
だが、それとともに、ふと、冷静になった。
せっかくここまで来たのだ。奥にも、まだ何かあるかもしれない。
それに、ゲームでは手に入れられなかったような些細なものでも、例えば、売って金策になるとか、今はなにか役に立つかもしれない。
いわゆるチートアイテムの入手に成功したことで思いの外気持ちが大きくなっていたのかもしれないが、欲を出してもよいのではないか。と考えた。
真識を起動して、部屋の中をざっと検分する。
だが、めぼしいものはなかった。
壁際の大杖は禍々しく呪われているし、あとは、値のつかなそうなガラクタばかりだ。
それに——いくらファンタジーの世界とはいえ、人の家を漁っているという感覚は拭えず、手当たり次第に空間収納へ放り込む、という気にもなれない。
そうして、置いてあるものを遠巻きに検分しながら、少しずつ奥へと進んでいく。
扉で仕切られてはいないが、研究室の最奥には、もう一つ、部屋があるらしかった。
こちらからは中の様子が見えない。
リツは、その暗がりへと——さらに一歩、足を踏み入れようとした。




