第13話 ショートカット
「おかえり〜。大丈夫だった?」
洞窟の外では、ハナが岩に腰掛けて待っていた。
「なんとか……死ぬかと思いました」
「ははっ、死なないよ〜。クリアお疲れさま。帰ろっか〜」
想像よりずっと気の抜けた返事に、蒼鬼の器は底が知れないな、と思いつつ、少し外で息を整えてから、一行は村へと引き返した。
*
戦利品を抱えて、陽が落ちる前に始まりの村へ帰り着く。
村の入り口では、ダリオが腕を組んで待っていた。
「おう! その様子だと、クリアできたみたいだな! よくやった!」
豪快に笑うダリオを見て、ふと引っかかった。
「ダリオさん。死亡率五割って言ってたわりに、全然心配してなくないですか」
「そりゃそうだ。ほら、スルギが付けている鉢巻があるだろう」
スルギが指さされて、ああと言いながら取り外し、ハナに渡そうとする。
それを見ながら、ダリオが鼻を鳴らして続けた。
「『神の報復』の加護がついてるからな。
パーティの誰かが死にかけると、一度だけ全員を守って、周りの敵をまとめて薙ぎ払う。
ハナが昔でかい手柄を立てた褒賞に、王国から下賜された、大した代物よ」
(……なんだって?)
リツは、思わず息を呑んだ。
(『神の報復』……! 神聖教会の加護なんて、ふつうは1億ベルク以上積んで、ようやく付けてもらえるものだぞ。
しかも、教会が宿して、王国が下賜した品……そんなもの、姉弟といえど貸していいわけないだろ……!)
当のハナは、スルギからさらりと受け取って「あいよ〜。おつかれさん」の一言だ。
(……この人、絶対わかっててやってるな。器がでかいのか、大雑把なのか……)
リツとルアが、命がけで挑んだ側としては少しばかり複雑な心地で顔を見合わせていると、ダリオが締めるように言った。
「まあ、死ぬ気でやらないと段超え試練にならないからな。念のためってやつだ」
ダリオは自慢げな顔をしていた。
(超弩級の保険じゃないか……過保護め……)
*
夜は皆で食卓を囲みながら、収集したアイテムについて話した。
「ゴム岩の素材と黒鉄素材。それに、バウンティボールが二つか」
ダリオが、目の前に並んだ鈍色の球体を指して続ける。
「バウンティボールが二つはすごいな。一つ出りゃ上等のレアだぞ。回転ゴム岩のおかげだろうな」
バウンティボールとは、投げるとアイテムに変わるが、割るまで中身が分からない——ゲームでいうところの「ガチャ」である。
レアが出る確率は低いが、実力以上の幸運を掴み取れる代物だ。
岩系の魔物が落としやすい、というのはゲームの設定通りだった。
「やりたい! ねえ、二つとも私が投げていい!?」
目を輝かせたルアが、返事を待たずに球体を両手で抱え込む。
スルギとリツが苦笑して頷くと、彼女は嬉々として、一つ目を少し離れた地面へ叩きつけた。
ぼふん、と気の抜けた音が鳴る。
立ちのぼった煙の中から、ころりと転がり出てきたのは——親指ほどの、ひからびた芋だった。
「……なにこれ」
「あー……『万年芋』だな。腐らんのだけが取り柄の、非常食だ。
まあ……あれだ。いざってときは、腹の足しになる」
ダリオが、微妙な顔でフォローする。
ルアは、あからさまに肩を落とした。
「うわ〜ん、もう一個は絶対いいの出す!」
気を取り直したルアが、残る一つを両手で振りかぶり、地面へ思い切り叩きつけた。
その瞬間——部屋中が、眩い金色の光に包まれた。
「き、金色……!? ルア、お前……!」
思わず、といった様子でスルギが声を上げる。
ゆっくりと光が引いていくと、そこに、ぽつんと何かが落ちていた。
リツが屈んで拾い上げる。
手のひらに乗ったのは、羽の形を象った、布とも金属ともつかない小さな紋章だった。
刺繍のように精緻な羽根の一枚一枚が、光の角度を変えるたび、淡い虹色にちらちらと揺らめく。
「おぉ、こいつは珍しい。『羽衣の紋』だ。足につけると、少しだけ浮ける」
「浮ける!?」
ルアが、リツの手のひらを覗き込んで、目を輝かせた。
スルギも、へえ、と感心したように紋を眺めている。
リツは、その小さな羽根を見つめながら、内心でひとり唸っていた。
(羽衣の紋……。確か、ゲームでも入手手段がかなり限られてたレアだ。
しかもこのタイミングで、よりによってルアが引き当てるとは、大当たりだ。
魔法使いなのに機動力で戦うルアには、これ以上ない引きだな……)
ダリオに教わるまま、ルアが紋章を足の甲へあてがう。
すると、紋がひとりでに肌へ溶けるように馴染み、ブゥンと低く震えて、足元に淡い羽の輪郭が浮かび上がった。
ルアが軽く両足を打ちつけると、その身体が、ふわりと三十センチほど宙に浮いた。
移動しようとすると、まるで水面を滑るように、すう、と数歩ぶん流れていく。
「うわぁ……っ、たのし〜!」
「飛べるってほどじゃないがな。素早く踏み込んだり、悪路を滑るように進めたりする。重宝するアイテムだ。良かったな」
そのままルアが使うことに決まり、彼女はすっかりご満悦だった。
「それじゃあ、改めて王都に向けて出発か。寂しくなるな」
ダリオが、しみじみと言った。
「位階も上がったんだ。それぞれ、職業はそのままで行くのか?」
「私はどこかで、拳闘士の腕を磨きたいなぁ」
「拳闘士と魔法使いの組み合わせは珍しいな。面白い、ハッハッハ」
ダリオがすっかり出来上がってきたところで、翌日の旅立ちに備え、その夜はお開きとなった。
*
一つの冒険を終えて、ようやく人心地がついた。
だが、リツにはまだ、やっておきたいことがあった。
皆が寝静まったのを見計らい、そっとベッドから身を起こす。
音を立てずに部屋を出ようとして——窓際で、こちらをじっと見ている黒猫と、目が合う。
「……ステラ。ちょっと、出てくるよ」
特に何かを説明するつもりはなかった。
ただ、目が合ったから、声をかけただけのことだ。
いつもの冷めた黒猫なら、反応すら返ってこないだろう——そう思っていた。
だが、黒猫の反応は想定と違った。
音もなくシュルシュルと姿を変え、少女の姿へと戻ると、静かに口を開いた。
「どちらに、行かれるんですか」
やましいことをしているつもりはない。
それでも、こう真正面から問われると、なぜだか少し、言い淀んでしまう。
「ん……ちょっと、前借りにね」
「推奨できません」
感情を排した声で、即答された。
何も告げていないのに、こちらの魂胆は見透かされている。
その上で、引き止められた。
思いがけない反応に、リツは一瞬、言葉に詰まった。
その隙に、ステラが畳みかける。
「そもそも危険です。
それに——ストーリーを外れた行動は、様々な影響を引き起こす可能性があります」
「……様々な影響……か……」
なぜ見抜かれているのかも気にはなったが、それよりも、ステラの口にした「可能性」のほうだ。
リツは、顎に手を当てて考え込む。
(やっぱり——スルギを救えるかもしれない)
このオープンワールドの世界に、ゲーム知識を持って降り立ったのだ。
チートできるところは、積極的にやるべきだろう。
それが、どのマンガやアニメを見ても共通する、転生もののセオリーというものだ。
まして、人が死ぬ未来を防げるかもしれないのだ。
999%まで注ぎ込んだ知識を、使わない手はない。
それに、この先、王都へ向かえば、さらに過酷な戦いが待っている。
自分の生存確率を上げるために先手を打っておくのも必要だ。
——考えれば考えるほど、行ったほうが良い理由が思い浮かぶ。
そして、ルアがリビングに置いたままにしていた「羽衣の紋」を、そっと借り受けると、夜の村を静かに抜け出した。
読んでいただきありがとうございます。
撫でるつもりで、ブックマークを押してもらえたら嬉しいです。ワン。




