第11話 死線の音
キィーーーン
見通せない暗闇の中で、迫る刃の音。
どこから向かってきているかわからないが、もし、自分に向かってきていたら——受けられない。
ジジジ……ッ。
耳の奥で、聞き覚えのない音が鳴った。
その瞬間、視界がわずかにぶれた——ような気がした。
考えるより先に、身体が勝手に動いていた。
忌避感を感じ、直感に従って右前方に飛び出し、そのまま倒れ込む。
その瞬間だった。
ギィィィン——ッ!
「うおぉぉぉッ!」
スルギの声が、響く。
ゴンッ、と何かが地に落ちる音。
バッと振り返ると、浮遊光に照らされた空間に、真っ二つにされた刃コウモリと、刀を構えたまま肩を上下させるスルギの姿があった。
斬り伏せられた刃コウモリが落ちているのは——リツが飛び込んだ方向とは、逆側だった。
そして、その高さは、ちょうど自分の首のあたりを通り過ぎていた。
(……もし、逆に飛んでいたら、首が飛んでいた)
背筋を、冷たいものが伝う。
視線を巡らせると、もう一匹の刃コウモリは、リツの前方で矢が刺さって地に落ちていた。
自分で放った矢は、正確に、当たっていたらしい。
「ハァ……良かった。詰め寄りのおかげで間に合った」
「あ、ありがとう……死ぬかと思った」
「大丈夫!?」
ルアが駆け寄ってきて、浮遊光を近づけながら身体を確認する。
「良かった……怪我はないみたい」
「ごめん。完全に、冷静じゃなくなってた」
「うん。一人で戦い始めたから、危なかった」
ルアが、表情を曇らせた。
少し息が整ってくると、ドッと身体が重くなった。
指先が、細かく震えている。
自分がどれだけ興奮状態にあったのか、ようやく分かった。
ただのザコ敵にすぎない相手だった。
それでも、これは生死のかかった戦いだったのだ。
頭では分かっていたはずの「死」が、今、確かに身体の芯まで届いていた。
(……さっきの音は何だったんだろう。
本当に逆側に飛んでいたら、危なかった。
第六感でも働くようになったんだろうか。それとも——)
「リツ」
名前を呼ばれて、はっと我に返る。
スルギが、落ち着いた声で切り出した。
「改めて確認しよう。
魔獣が出てきたら、できれば優先して体勢を整える。
魔獣に先に気づかれた場合は、リツが一時的に受けるか回避する。
時間があれば僕が詰め寄りで受ける。この流れを徹底しよう」
そう言って、スルギはそれぞれに目を向けた。
「戦闘の前衛は僕が立つ。
リツは斥候として最前線で索敵をするが、戦闘になったらサポートにまわる。
ルアは浮遊光を展開しつつ、状況によって発火で応戦。
リツ、大丈夫そう?」
リツは深呼吸をして、投げ捨てていた短剣を拾い上げた。
「大丈夫。任せて」
三人は、再び歩き始めた。
*
次に出てきたのは、また刃コウモリだった。
会話したとおりに、遠識が捉えた瞬間、リツが短く声を出して足を止める。
スルギが前に出て、ルアが浮遊光を高く掲げた。
キィーーーン、と闇を裂く音。
だが、今度は音の出どころを捉え、冷静に対処する。
正面から迎えたスルギの刀が影を弾き、壁際に落ちたところへ、リツが即座に矢を突き刺した。
終わってみれば、あっけないものだった。
ついさっき、同じ相手に殺されかけたとは思えないほどに。
その後は、スライム、ツノウサギ、刃コウモリ、布ゴブリン、デロデロ、ワタグモといった初期魔獣が次々と現れたが、基本的には分かりやすい攻撃しかしてこないため、取り決めた戦い方を徹底すると、大きな危険もなく進むことができた。
デロデロはスライムの亜種のような液状魔獣。
ワタグモはふわふわの白い綿に六本足が生えた見た目で、まるで害がない。見つけてもスルーだ。
布ゴブリンはゴブリンの中でも布を巻きつけただけの最弱個体である。ゴブリンは強くなるほど装備が整い、賢くなっていくらしい。
いずれも、ゲームで飽きるほど見てきた顔ぶれだった。
ゴブリンとの戦いは、一度ダリオが戦っているのを見てはいたが、自分が向き合う初めての人型魔獣との戦いだった。
躊躇して戦えなくなるのではないか、と危惧していたが、矢を射ることも短剣で突き刺すことも、少し気持ちが悪いな、という程度の感覚でしかなく、特に手が止まることはなかった。
最初の刃コウモリとの戦いで「やらなかったらやられる」という感覚が体に刻まれたのと、マンガやアニメで散々見てきた展開のおかげで、ある程度は気持ちの準備ができていたのだろう。
あと起きたことと言えば、心臓を突き刺しても即死せず、最後の渾身の一撃を放とうと動く魔獣がいたことだろうか。
一度、複数のゴブリンが現れたときのことだ。
一体の胸を突き、倒したと思って次に向き直った。
だがそいつは、刺されたまま棍棒を握り直し、こちらへ振り上げてきたのだ。
すぐに反応したスルギが横から斬り伏せてくれなければ、頭を割られていた可能性もあった。
これもフィクションの物語としてよくある展開だ。
殺し切るまでは気を抜いてはいけない——そんな当たり前の教訓を、少しずつ身体で覚えていった。
読んでくださりありがとうございます。
よくやったブックマークジャーキーお待ちしています。犬なので。ワン。




