1話
朝音を連れた朝曜が、夜音の部屋を訪れる。部屋の前には従者の夜曜ではなく、朝顔家のメイドが待機していた。朝曜から受け取った札を扉に掛けて、朝音達を寝室の手前へ案内したメイドは、潤葉の目配せで部屋を出て行く。
「お待ちしておりました朝音様。遥々のご足労に感謝します」
潤葉が貼り付けたような笑みで挨拶をする。一礼の後に上げた顔は、意味深長な笑みを浮かべていた。
「処置については知識不足ですので、私は外させて頂きますね」
「ええ、そうして頂戴」
組んでいた腕から片手をあげて、しっしっと払う。潤葉が片目を開いて朝曜に視線を送り、朝音に戻して再び両目を閉じた。彼の言わんとすることを察した朝音が、気怠げに口を開く。
「曜、あなたも邪魔だから出てって。潤葉の手伝いでもして、二時間経ったら迎えに来なさい」
「……承知しました」
朝曜が気弱な顔で潤葉を見ると、彼は首肯を返し、先へ行くよう手を振った。従者が部屋を出ていった後、主人は眼鏡に手をやって愚痴る。
「悪い人。また私を利用したわね。配役に気を遣ってくれてもいいんじゃない? 曜との関係が悪化したら面倒なのだけれど」
「ふふ、申し訳ありません。従者との関係をお気になさるなんて、朝音様も成長しましたね」
苛立った朝音が舌を打つ。
「貴方の元に返したくないだけよ。そんなことより訳を教えて頂戴、手短に」
「ええ。朝音様も既知の事と思いますが、昨夜朝曜に問題が起きまして。その対処をしなくてはならないのです」
朝音は眼鏡に添えていた手を片頬に移動して、ふっと笑った。かと思えば無表情に戻る。
「問題、ね。今までと大差ないんじゃない? 今更気にする必要があるの?」
一瞬、潤葉が虚を突かれたように目を開く。「何?」と訝しむ朝音をよそに、再び目を伏せてしばし黙る。寝室に視線を向けて、考え込む素振りを見せた彼は小声で話を再開した。
「……朝曜の蕾花力をご覧になりました? あれは夜曜と朝曜、兄弟の問題ですから。同居解消となった場合、手続きを担うのは朝顔家従者筆頭の私なので」
(曜に夜曜の蕾花力が混じったことを、昨晩のことで初めて問題視。ということは、今まで曜に混じっていた蕾花力は夜曜のものではないと?)
彼の発言に直感的な違和が生じる。しかし余計な口を挟むことによって話が長引いても面倒、と思った朝音は、早々に話を畳むことにした。
「そうね、納得。もういいわ、早く問題を解決しにいって」
「ええ、そうさせていただきます。くれぐれも、夜音様の事を頼みましたよ」
雑にあしらってきた朝音に、これ以上の説明は不要と思ったのか、潤葉も手短にまとめた。部屋を去る潤葉の背を、朝音が見つめる。眼鏡に蕾花力を流して、彼の蕾花を確認してみたのだ。
今までは必要がなかったため、見ることもなかった。しかし、己の従者が関わっているとなれば状況把握は必須。従者が問題の渦中にいるのなら、できる限り事柄の認知をするのが主の勤めである。
朝曜に関わりの深い蕾花持の誰かが、朝曜と性関係を持っていると仮定。手始めにという疑いのない気持ちで見た蕾花は、朝音の求める応えを提示した。
(潤葉の蕾花力は、朝曜が私を迎えに来た時に内包していたものと同じ。潤葉の……だったのね。今朝見た混ざりもの、曜は夜曜のものだと言っていたけれど。)
潤葉の蕾花力は、今朝混じっていた蕾花力によく似ているものの、粒子の形が微妙に違う。そのわずかな差異に眼を細める。
(潤葉と夜曜は蕾花力の酷似が著しいわね。他人同士と言われたほうが納得できるくらい、外見は似ていないけれど。蕾花の、この差は血縁でしか生まれない。二者は同じ家系で確定、しかも血を分けたレベルで親密な──)
『親と子』
朝音は戦慄すべき事実に、呆れ返った。
(私の元を離れていた間、朝曜は潤葉のもので。てっきり夜曜と朝曜がそういう関係なのだと思っていたけれど、違ったみたい。潤葉と朝曜がそういう関係だった。ところが今回は夜曜と朝曜が、性的関係を結んでしまったと。)
潤葉が去った部屋で朝音は呟く。
「こじれるわね、あの人形たち」
それはそれとして、朝音は他人の心配をしている場合ではない。正面奥にある開かれた扉の向こうには夜音。実験には彼女の命はもちろん、朝音の首もかかっている。緑木領主の勅命を果たせなかったとなれば、厳罰は免れない。
朝音は朝顔家であり、過去緑木家の子息と婚姻関係にあったため、当主の万緑に気に入られている。しかし彼が配下に立場を示すには、罪を犯したものに制裁を与える必要があるのだ。婚約破棄の時も朝音を贔屓することなく、公平に裁きを下したのだから同様になるだろう。
(正直あの子の命はどうだっていいし、私も自分の人生に執着はない。終わるってんなら万々歳、簡単に諦めがつく。まあ、その時は哩椋に詫びなきゃならないくらいで。)
顔をしかめた朝音は不満を呟く替わりに、ため息をついた。眼鏡を握っていた手から力を抜いて、ぶらりと腕を下ろす。手を追った視線の先、足元には朝曜が運んでくれた木箱と鉢植え。朝音は夜音の居る寝室へと視線を戻し、もう一度ため息を吐く。
「──やるしかない」『どうとでもなれ』
鉢植えを抱えあげて木箱を蹴り飛ばし、一歩踏み出す。踏み込んだ夜音の寝室は、日が昇る前の空色に照らされていた。壁は澄んだ明るさを宿しているにも関わらず、部屋全体に陰鬱とした雰囲気が漂っている。
朝音は鉢植えを近くの机へ置き、木箱を足で引き寄せた。夜音の眠っている寝台へ、顔だけ向けて様子を覗う。
(タイムリミットは二時間、効率良くやらなくては。)
寝台へ歩みを進めようと決意しては、たたらを踏む。朝音は木箱を足で押して移動させているため、木箱はガタガタと不快な物音を立てている。その音が何度も繰り返されて、とっくに夜音は意識を浮上させていた。
しかし、人生をかけて追っていた存在との、生まれて初めての出会いを大事に思ってか、狸寝入りを決め込んだ。朝音のものと思われる影が瞼に落ちても、身じろぎひとつせず呼吸さえもせず、寝たふりをした。
(無呼吸? 死亡の確認をしないといけないわね。仮に彼女が目覚めていて、寝ている演技をしていたとしたら……真意を図りかねる。その前に、寝込みを襲うような絵面になって居る気がして気まずい。)
そうして診察の手をつけられずに居ると、涼しい風が朝音の頬を撫でた。気づかない内に汗をかいていたらしい。長い前髪を腕で押し上げつつ、額を拭う。開いていた窓の外に目をやると、プランターで朝顔がほころんでいた。夜音の髪によく似た、絞り柄の朝顔だ。
『この子には、あの花が使えそう』
朝音は花や空を眺めている内に、余計な思考が消えた。
(やるべきことをやって、平穏で退屈な元の生活に戻る。面倒ではなくて簡単なこと。いつものように実験を行うだけ。その結果に二つの命が懸かっているだけ。この子を殺して私も死ぬか、この子を生かして私も生きるか。)
『まるで一蓮托生ね』
朝音が夜音の首へ手を伸ばすと、白髪が眼前を掠めた。現れた黄金の双眸が見つめた先は、 月のない闇夜のような今紫。風が収まって、舞っていた白い長髪が降りていく。寝台に片膝をついた朝音の手を、上体を起こした夜音が掴んでいた。
「これが私の、お姉様」
そう呟いた夜音は、夢心地な表情で彼女の頬に手を添えた。深く刻まれている目元のくまを、親指でなぞる。口をへの字に曲げ、嫌悪を丸出しにした表情で朝音が呟き返す。
「アナタのものじゃないのだけれど」
恋焦がれるような熱視線。瞳の潤いや揺らぎまでもが、朝音の視界に写る。目を逸らしたら負けになる勝負が始まったのか、二人はしばらく見つめ合ったまま。
(やっと会えた……これが、これが、私の模倣すべき人間。これを深く知れば、お父様とお母様の願いを、ついに叶えることができるわ。そして憎んだ全てを見返せる。)
夜音は縋る。
『この命に、価値を生むために』
(ずっと会いたくなかった。私の妹。血縁の誰にも似ていないけれど、間違いない。見覚えのある蕾花。私から両親を奪った赤子が……なんて、思い出す必要のない記憶がよみがえってくる。面倒だ。)
朝音は突き放す。
『これは自ら立候補した実験体。それ以外の認知は不要』
絞り柄の白い朝顔と濃紫の朝顔が出会った。ここから物語は花開く。
一度交わった二つの花が伸ばす蔦は、これから先何度絡まり、どこに向かって伸ばされて行くのか。花はいくつ、どれだけの実を結ぶ。熟した種は地上に受け入れられるのか、次の芽を出すことが叶うのか。
何ひとつわからない、未知数を宿して花開く。
この出会いは種になる、心に蒔かれた種である。まだ芽すら見せないこれが実を結ぶ時、そこに宿る情は果たして愛憎のどちらなのだろう。何ひとつわからない未知数な種を、花でありながら人である二人に。
この種を罪として裁き合い、罰を与え合ったとしても……交わってしまったからには、枯れても共に。
元々4000文字くらいの1話に収める予定で執筆していましたが、8000文字超えになってしまいまい、2話に分割しました。本日投稿済みですので続けてお楽しみ下さい!




