↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(本編) 過去前。夜音。夜曜

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

31/34

6話

これにて夜音の過去前編は完結になります。少々文字量が多いですが、見届けてくれたら嬉しいです。

 発病してからのハオネは、旧本家の離れで生活している。公には死人である彼女は、夜音(よるね)と同様に外出の制限があった。発病前との違いは、籠(こも)る建物が違うくらいである。


 夜音はハオネとは別の理由で、人目のある屋外へ出ることは許されていない。彼女の存在は、ハオネが家長を降りた時点での生存を実証する。それは、ウルガに家長を譲った口実を失うと同義であった。

 未(いま)だウルガを家長(かちょう)と認めない家も多いため、彼らの反乱の芽になる夜音を、ウルガは何としてでも秘匿(ひとく)しなくてはならない。


 秘匿以外の道があるとすれば、血縁関係の偽装だ。夜音がハオネの子ではないことを証明するのは容易である。なぜなら彼女は、母親にも父親にも容姿が似ていないのだ。

 両親は髪も瞳も紫系統だが、夜音は白髪に金色の瞳。全くと言って良いほど、遺伝的なものが見当たらない。強いて言うなら目付きと癖毛気味な頭髪だが、こちらは他の家にも似通った特質がごまんとある。血筋を偽る道はいくらでもあるのだ。


 緑木(みどりぎ)には血縁関係の有無に関わらず、養育したなら家に属する家の子となる制度がある。しかし朝顔家(あさがおけ)は血縁重視なため、属する家の多くが家の子をとらない。仮に夜音を家の子にしたとして、立場が危うくなるだけだ。

 血縁という武器をもって、緑木家(みどりぎけ)との関係を深めたい。そんな単純思考のウルガには、夜音をハオネの子としない案は端(はな)から存在しなかったのである。


 待ちに待ったハオネの誕生日を迎えた。夜音は約束の昼時まで、はやる気持ちを抑えつつ過ごす。

(ようやく、お母様に会える。お母様と離れるまでは外に特別な思いはなかったけれど。いつからか、お母様に会いたいって想いが、外に出たいって願いに変わった。)


 旧本家(きゅうほんけ)の敷地内であろうと、館(やかた)の外へ行くにはウルガの許可と従者の付き添いが必要だ。万が一にある偵察などの人目に、備えたカモフラージュも必須。人として認識されないように、夜音は荷物として運ばれる。


 普段なら家に隣接する離れに行くことすらできず、唯一外界と呼べるのは部屋に囲まれた中庭だけ。外出は原則として禁止されているが、今日は特別だ。学習で及第点をとったご褒美に、離れで過ごす許可をもらっている。


 夜曜(よるよう)は布を被せた台車を引いて、離れへ向かった。職業人形が倉庫から荷物を運ぶ際に用いる、普段使いの台車である。工作した鉢植を支えて、寝転んだ夜音がぴったり収まるサイズの台車だ。


 夜音が外庭に出たのは何ヶ月ぶりだろうか。季節は母と別れてからふたつ過ぎた。生垣(いけがき)の花は生き返ったようで、昼顔があちこちに顔をあげていた。台車と布の隙間から外を眺め、布越しに注ぐ陽光を全身で感じる。


(私いま外に居る。お母様に会える、やっと会えるんだ。)


 生垣の側を通ると、昼顔からの蕾花力(らいかりょく)が体に染み込んだ。満ち溢れた蕾花力に心を踊らせた夜音は、思わず深呼吸をする。館内で感じていた息苦しさが軽減され、少しだけ身軽になった気がした。


「よおこそおいでくださいました、夜音様」

 夜音と夜曜が離れに着くと、音曜(およう)が出迎えた。

「ハオネ様が、お待ちです。どおぞこちらへ」


 音曜の案内で、離れの中を進んで行く。夜音は初めて離れに足を踏み入れた。全てが目新しく、挙動不審に辺りを見て進む。好奇心が収まらず、あちこちへと目移りする。離れは旧本家と違い洋風な小屋だ。囲炉裏場、畳、縁側、障子もない。代わりに透明な窓や、漆喰の壁がある。シンプルなガラス張りの窓を、物珍しげに夜音が眺めると、一行は歩みを緩めた。


「夜音様、ちょっとはしゃぎすぎですよ」


 足を止めた夜音に、夜曜が耳打ちをした。運搬の仕事に集中するようにとの命令によって、彼は風呂敷包みの鉢植えを抱え、足元を注視している。そのためか、周囲を眺める余裕はないらしい。不満を表すように、頬を膨らませていた。


「私は我慢してるのに、ずるいです」

「曜(よう)は曜の仕事をしなさい。私は私の仕事をします」


 不満を漏らした夜曜を澄まし顔でたしなめると、彼は更に唇を尖らせる。

「ええー、夜音様都合じゃんかーっ」


 廊下の壁には、窓と絵画が交互に存在した。夜曜は機関育ちなため、洋式の家には慣れているはずだ。しかし機関に絵画は飾られていない。よって、廊下に飾られている絵画を観たいのだろう。


「後程、鑑賞の時間を設けましょおね」

 先導していた音曜が振り向き、絵に手を添える。


「こちらに飾られているものは全て、ハオネ様がお描きになったものですよお」


「お母様が」と呟いた夜音は、絵に吸い寄せられる。飾られていたのは水彩画で、懐かしさを感じさせる優しい色使いだった。(これが、お母様の見ている世界。)絵を通して、母が見ているものを見ることができる……そんな気がした。


「ハオネ様は、ご自身の作品を誰かに見せたいと、日々嘆いておいでですから。きっと、喜ばれるでしょお」


 音曜の氷を思わせる瞳が、わずかに細まる。凍てついた表情に微笑を見た気がした。人形は常に無表情で、それがあるべき姿とされている。夜音は音曜が主人を想って笑みを浮かべたのだと、信じた。母の闘病による隔離生活は孤独ではなく、愛惜(あいせき)されているのだと、夜音は安心したかったのである。


 一行は再び歩き出し、突き当たりの扉に行き着く。

「こちらがハオネ様のお部屋になります」


 音曜が扉の前で止まり、札を求めた。差し出された手の上に夜音が札を置く。音曜は会釈をして札を受け取り、扉に掛けた。


「それでは、ごゆっくりどおぞ。ワタクシは、お茶菓子を持って参ります」


「その必要はありません」


 扉が内開きに開け放たれた。扉に掛かった札が、からんからんと鳴る。現れたのは、艶のない紫の髪を後頭部でひとつに纏めている女性。分けた前髪から額が覗き、根元を見ると頭皮に近い髪は色を失っている。

 夜音は記憶の中にある母の姿と、眼前の女性を見比べた。豊かだった濃紫(こむらさき)の髪、血色よく少女のように丸みを帯びた頬。記憶の中の、どれとも正反対な女性。


「ハオネ様、あれほど安静になさって下さいと、もおし上げたではありませんか」


 音曜は彼女をハオネと呼んだ。夜音は変わり果てた母の姿に動揺する。

「お母様?」


「会えて嬉しいわ夜音。少し見ない内に大きくなって」

 目線を合わせて屈んだハオネが、夜音の髪をすく。


「素敵な三つ編み……髪が伸びたようね。今年は簪をあげましょう」

 そのまま抱き締めると、感嘆の息を吐いた。


「あなたの成長した姿を見れたことが、なにより、最高の誕生日プレゼントですこと」


 音曜が眉根を寄せてうつむいた。ハオネは、苦渋に染まった表情で夜音を抱き締めていたのである。母子一年ぶりの再会にしては喜色が薄いことを、夜曜は不思議に思った。

 彼の知るハオネ像は、豊満でたおやかな女性だ。確かに雰囲気が変わったように思える。痩せ細り、血色は悪く、髪艶も失われている。彼女が発している蕾花力の違和感は、開花病(かいかびょう)のせいだろうか。


「ここでは寛(くつろ)げませんね。夜音、夜曜、入りなさい」


 夜曜の思案を打ち切った声に促(うなが)されて、入室する。部屋は風通しが良く、西日で満ちていた。夜音らは裏口から入ったので、突き当たりは西側の正面だった。


「準備は済ませておいたので、曜の仕事はありません」

「……さようですか」


 仕事がないと手持ち無沙汰で困る。それが人形だ。音曜が渋い返事をすると、ハオネは頬に手を添えて笑みを溢した。


「強いて言うなら、私をお祝いすることかしら」

「それなら。喜んで、お祝いもおし上げます」


 部屋には座席二つ、テーブルクロスを被った机がひとつ。壁紙は無く、四方は漆喰の白一面。所々に絵の具の飛沫が浮かんでいる。フローリングの床には絨毯が敷かれていた。靴で踏んで良いものかと夜音は戸惑う。紫を基調とした麻布の絨毯に、廃れはうかがえない。先導するハオネは、躊躇(ちゅうちょ)無く踏んでいった。


「この敷物は私が織ったの。夢中で織ったせいね、飾るところが見当たらない寸法の物を、作り上げてしまって」


「壁掛けのつもりが絨毯に。夜音様、お気になさらず。こちらは下足で踏まれるのが仕事ですよお」


 引き継いだ音曜の解説で、夜音は絨毯を踏むことができた。


「さあ、椅子におすわり。今お茶を入れますから……あら」

 ハオネがティーポットの頭巾を外して、首を傾げた。


「カップを出し忘れていたわ。曜、持って来なさい」


 音曜が棚からカップとソーサーを出し、テーブルに置いた。褐色の茶が注がれたカップを差し出される。


「ありがとうございます、お母様」


 夜音は利き茶を未履修なため、外見と香りだけで茶種を当てることができなかった。切り出す話題を考えあぐねている夜音に、曜が鉢植えの存在を示す。


「ハオネ様、発言をお許しください」

 ハオネは夜音と夜曜を交互に見て、発言を許可した。許しを得た人形は、頭を垂れて話し始める。


「この鉢植えは夜音様からの贈り物です。どちらに置いたら宜しいでしょうか」


 熟考していた夜音の意識が、ようやく夜曜に向く。鉢植えの包(つつみ)を剥いで告げた。


「私と曜で作りました。この朝顔は、輝きが消えないよう工夫してあります」


「まあ、素敵」ハオネは鉢植えを眺めた。片頬に手を当て、うっとり微笑む。夜音は喜色に頬を紅潮させて、用意していた言葉を告げる。


「お母様の気持ちが少しでも癒せますように」


 その一言で鉢植えの輝きが増すと、ハオネの笑顔が固まった。彼女の瞳が金色に変わっていることに気がついた音曜が、夜曜を庇うようにして前に出る。


「ハオネ様、気をお鎮め下さい」


 戸惑うような表情を見せた後、ハオネは目蓋を押さえて下を向く。深いため息をつくと、彼女は顔を覆ったまま命令した。


「曜、鉢植えは寝室に飾りなさい」

 音曜が険しい表情を浮かべて拒否する。

「廊下に飾ります」

「寝室に、飾りなさい」


 語気を強めて繰り返し命令された音曜は渋々了承し、夜曜から鉢植えを受け取って隣室に消えた。右隣の扉が寝室に繋がっているらしい。

 夜音と従者は顔を見合せて首をかしげる。緊迫したやり取りの発端は、鉢植えだった。あれに何か良くない点があったのだろうと、それぞれ思い当たる節を探す。


(鉢植えに特別な点があるとしたら、私の蕾花力を使ったこと。蕾花力……?)


「驚かせてしまったかしら。見たとおり、私は病のせいで蕾花力の制御が効きません。勝手に蕾花力へ反応してしまう」


 そう言って目を開くと、瞳の色は紫に戻っていた。困り顔で額に手をやり、微笑する。


「蕾花探知と認識した力の破壊。病に冒(おか)される前はそれを得意としていて、己の蕾花力を自在に操れた。けれど今は、認知したものを即破壊しようとしてしまう。困ってしまうわ」


 事情を理解して青ざめた夜音が、早口で謝罪する。

「申し訳ありませんお母様! 私っ、お母様の病を理解できずに、蕾花力を使ったものを──」


「いいえ、知らせなかった私が悪い。夜音が気に病むことではありません」

 返答に困った夜音が黙り込むと、ハオネは眉を下げて瞳を閉じた。


「謝るのは、お母様の方です。こんな状態にあることをウルガ様に知らせず、あなたに会いたいと望んでしまった」


 そこまで言うと、カップを持ち上げ、一口飲んだ。口を結んで、カップを机上に戻す。夜音には一連の動作が、言葉を飲み込むためのものに見えた。眉をひそめて、ハオネは続ける。


「私の蕾花が暴走状態にあるのは、私の責任。曜にあなた方を護るよう、言ってあります。けれど」


 ハオネが、ゆっくりと瞼(まぶた)を上げる。瞳は色を変えて、金色の輝きを放っていた。

「いつ無意識で、あなた達を害するかわかりません」


 隣室から戻った音曜が、走り寄ってハオネの目を塞ぐ。

「ご無礼をお赦し下さいハオネ様」

 首だけをこちらに向けた彼が、汗を浮かべた無表情で告げる。


「夜音様、来て頂いたばかりですが、本日はお帰りになったほおが身のためかと思われます。ハオネ様の調子が、こんなに悪いのは珍しいのです。ご理解いただけますでしょおか」


 夜曜は、そうしましょうと言うように首肯(しゅこう)した。夜音も頷いて音曜に向き直る。

「わかりました。館に……戻ります」


「いいえ。帰ってはなりません」


 ハオネが引き止める声を上げると同時に、音曜の手は反射的にハオネを離した。左手を握り込んで唖然とする従者を他所に、ハオネは身を乗り出す。途端、彼女は胸を抑えて咳込んだ。咄嗟に支えの手を出す音曜。彼女は激しく咳き込みながら腰を降ろし、支えられて元通り着席する。


 先程までハオネの目を塞いでいた彼の左手には、枯れたようなシミがついていた。ハオネの説明で解釈するなら、蕾花力の破壊によるもので、細胞が死んでしまってできたシミだろう。


「夜曜、夜音様を連れて離れていて下さい」

 音曜に指示されて、二人はハオネから距離を取った。


「そのまま、ハオネ様の咳が収まるまで近寄っちゃダメですよお」

 しかと頷いた夜曜は、庇うように夜音を抱いて様子をうかがう。


(ハオネ様が発作を起こさなかったら、夜音様はどうなっていた? 咄嗟に体が動かなかった。いや違う、護る気がなかった。夜音様がどうなろうと気にしないって、どこかで思っているから動かない。)


『それで、いいのか?』

 今更焦りが出てきたのだろうか、心臓が早鐘を打っている。


(主人を護るのが従者の勤めなのに、私は……違う、違う。僕は従者の役を演じているだけだ。一番大切なのは兄ちゃんで、夜音様は主人の役として利用するだけ。)


『それで、いい』


 音曜がハオネに何やら耳打ちをしている。それに対して彼女は何度か頷き、両目を閉じた。しばらくしてハオネの咳がおさまると、音曜は前言を撤回した。


「夜音様、あまり長くは続けられませんが、お茶会を再開しましょお。ハオネ様に近況をお話いただけますか」


 手を招いてハオネが微笑む。

「おいでなさい夜音。お母様は、もう大丈夫です。仕切り直しましょ」


 二人の言葉を信じて着席した夜音は、日頃の話をした。といっても、日々課題に追われて勉学に励む彼女には、勉強に関することしか話題がないのだが。ハオネは両目を閉じたまま聞き入っていた。そんな中、日常に特段の不満を持っていないにも関わらず、夜音は思わぬ愚痴をこぼす。


「勉強が難しい、なんて思ったりします」


 ハオネは、その一言が無意識な悲鳴のように聞こえた。朝音(あさね)にできても、夜音にはできない事がある。同じ頭脳を持って生まれたわけではないのだと、初めて痛感したのだ。ウルガの望む歯車には成れない、そう直感する。


 しかし夜音の教育は、引き返せないところまで来てしまっている。今更外界に出して、常識を学べ、社会に適合しろと言うのは酷な話ではないか。朝音と同じ様に育つと信じて疑わなかったのは、自分も同じだと気がついたハオネは焦った。手にしていたティーカップを置き、両手を組む。


(この子は夜音で、朝音にはならない。同じには──)

 額に汗を浮かべて黙り込んでいると、夜音が心配そうに様子を尋ねた。


「お母様、どうかなさいましたか? また具合が」

「夜音、よくお聞きなさい」


 ハオネが口にしようとしていることは、夜音の人生観を揺るがし葛藤を与える。憎しみの種である。それが夜音の為になるかは判らない、良し悪しすらも判断がつかないままに、ハオネは口を開いた。


「あなたには模倣(もほう)すべき人間がいます」

次回は、いよいよ出会い編! 姉妹を出会わせるのに3年もかかってしまいましたが、次回からはしばらく百合のターンが続きます。次回の投稿は今月末、今しばらくお待ちください。さて、次回予告「朝と夜の対面」鋭意執筆中です、お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。