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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
(本編) 過去。夜音。夜曜

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5話

予定より投稿が一週間遅れてしまいました、お詫び申し上げます。

 夜音(よるね)に従者がついて一年が過ぎた頃、彼女は母親に会えなくなった。夜音の人生は、この一歩を始めとして崩壊の一途をたどり始めたのである。母親のハオネが発症したのは開花病(かいかびょう)で、当時は伝染すると噂されていた。そのためハオネは隔離生活を強いられ、四歳の夜音も母愛に飢える幼少期を強いられたのだ。


 ハオネを離れに隔離する前、潤葉(じゅんば)の計らいによって最後の面会が設けられた。ウルガの反対を押し切って、母娘の離別の場を用意したのだ。開花病は不治の病。家族への挨拶もままならず、この世を去った命を潤葉は多く知っていた。両者に悔いが残らないように、きちんとした別れをさせたかったのである。


(不変な終わりの前で、今を悔いのないものに変える。昔のように仕方がないと諦めてばかりはいられません。愛したものの末路に、干渉できる立場へ上り詰めたのですから。)


 離れと本館を繋ぐ庭で、一行は談笑していた。季節は秋。庭を囲む朝顔は立ち枯れして茶色くなっていた。風が吹くたびにカサカサと、竹塀にツタをこすって音を立て、葉が千切られている。種より先に散る葉に心残りはあるのだろうか。花は夏の燦々とした姿が嘘のように、今は真っ黒い種を地面へ落とすだけのミイラに成り果てて。


 朝顔の姿はハオネの末路を示しているようで、潤葉は胸を痛める。それを察したかのように、眼前のハオネが優しく微笑んで告げた。


「潤葉、夜音とウルガ様を頼みます。私が、いつどのように枯れても、貴方は花々を守護する()として茂り盛んにいなさい」


「ええ。花が種になるまで、私は(よう)の役を全う致しますよ」

 元主従どうしの別れをウルガが嗤う。


「はっ、今生の別れとばかりの挨拶だな。明日死ぬわけでもないのに大げさだぞ、お前達」


「不治といわれる開花病ですから油断できません。いつが別れになるのかわからないのですよ」


 普段は少しも見せない怒りが、潤葉の声には滲んでいた。一呼吸置いた彼は主人の気を損ねないように、平時の繕った声音で付け足す。


「……大目に見て下さい」


 俯いた先で夜音と目がかち合う。見上げる金色の眼に己の影が映る。あどけない表情は潤葉の発言によって曇ったのか、疑問の色を失って悲しみを湛えていた。


「そうだったな。ハオネが気丈にしているから失念していた」

 そうですかと相槌をした潤葉が、夜音の手を引いて別れを促す。


「夜音様、ハオネ様へご挨拶を」

「挨拶をしたら、お母様に、会えなくなりますか」


 空気を読めず戸惑う夜音に、ウルガが厳しい口調で教えた。

「そうだ。お前は二度とハオネに会わせない。蕾花(らいか)に下手な影響がでたら使えなくなるからな」


 理解が浅かった夜音は、その直接的な言葉を黙って聞いた。己の蕾花に悪影響を及ぼす可能性があるから、母親に会えなくなる。と理解して、ウルガが二度と会えなくするのだと直感した。


(会えなくなったら、自分の誕生日が寂しくなる、母の誕生日も祝えない。)


 この頃には年齢規範を超え始めていたせいもあって、夜音の頭脳は様々な思考を得意としていた。しかしそれは、勉学においてのみ発揮されていたのである。ところが、この状況を夜音は良しとせず壁として、それを越えるために考えた。勉強以外の問題に、初めて頭を使ったのである。


(会えないの嫌。ぜったいに会えなくなるのは嫌。一日でも、一瞬でもいいから、会えるようにしないと。)


 思考を精神が上回る。幼い彼女は、母親に二度と会えなくなることに耐えられなかったのだ。泣き出した夜音は、ハオネへしがみつく。潤葉が困ったように眉を下げて、ウルガは叱る。


「勘弁してくれ、夜音。お前は幾つになったんだ。そろそろ親離れしろよ。泣いたら望みが通るなんぞ、幼稚な思考は辞めろ」


 夜音は自制心が充分にないため、涙の止め方が分からなかった。夜曜(よるよう)が寄り添って、静かに肩を抱いた。まるで諭すような優しさを感じ取る。しかし夜曜の行動に心は伴っていない。傍目には優しく写っても、人形の彼に優しさは微塵もないのだ。


(泣かれるの面倒だなー。あやし方とか分かんないし、うるさいし。てゆーか、親と離れるくらいで泣く?)


 夜音の嗚咽に、夜曜は貼り付けたような笑みを深める。

「落ち着いて下さい、夜音さまー。大丈夫ですよー」


(誰も死んでないのにどうして泣いてんだろ。何が悲しい? 親との別れって、泣くほど悲しいものなのかなあ。)


『僕は泣けなかったから理解できないや』


 夜音は渋々ハオネから離れる事しかできず、ウルガの苛立ちを怒りに変えた。辛うじて出した謝罪も、火種となる。


「黙れ、泣くな、うるさいぞ」

「ご、めん、なさっ」

「申し訳ありませんと言え! ああ、ああ、躾がなっていないな。これは幼すぎる、人形より頭が弱いのか」


 続くウルガの叱責から守るようにして、夜音の前にハオネが屈む。

「夜音、深呼吸しなさい」と娘を抱き締めて母親があやす。


「お母様は、これから病気と戦います。あなたも立派な人になれるよう努力なさい。おのが願いは己で満たす術を身に付けるの」


「そしたら、また、会えますか」


「……ええ、もちろん。頑張るあなたには、ご褒美が用意されるはずよ。努力次第で望みは叶うと学びなさい」


 こくんと頷いた夜音は、交互に両手で顔を拭った。屈んだ潤葉が、その手を軽く押さえる。膝を着いて、彼女の顔を手拭いで改めて拭う。


「ハオネ様に会える権利を褒美とする……名案だと思います。ウルガ様は、いかがでしょう?」


 利口だった朝音を思い出して、ウルガは了承を渋る。彼女に褒美など与えたことがなかったのだ。しかし一枚上手な潤葉は後押しを加わえた。立ち上がって、こう耳打ちしたのだ。


「夜音様の幼さを逆手にとりましょう。ご褒美は子どもの原動力になりえます。権利は物質的な褒美よりも低コストですよ」


 ウルガは納得の様子で唸ってから、合点を打った。

「うむ、そうだな。ハオネに会う権利を褒美としよう」


 それを言質として、夜音は泣き止むことができた。最悪の状況を打破した事が一助となったのである。ご褒美をハオネの誕生日に貰う、という案が、これから先の夜音を励ましたのだ。


 ハオネに会えなくなって数ヶ月後、テストの得点で基準点を満たした。例にならって、ご褒美を勝ち取った夜音は、見事ハオネとの面会権を手に入れたのである。夜音は数日後に控える、母親の誕生日に面会できるよう計らった。


 過去潤葉に祝われて嬉しかった記憶から、プレゼントを用意しようと考える。

(わたしが用意できるものには、限りがある。館の内で作れて、お母様を嬉しくさせるもの……わたしの手作りとか。)


 朝顔の鉢植えをプレゼントする計画を立てた。できる限りの材料を館内で集める。手に入らない材料は外から集めてもらうべく、夜曜に任せる。そうして集めた材料を用いて、朝顔の鉢植え制作を開始した。


「夜音様ー、拾った鉢植え綺麗にしてきましたよ」


 夜曜が縁側から上がってきた。腕をまくったシャツに、飛沫が伺える。鉢を洗って持ってきたのだろう。右の小脇には布を巻いた鉢を抱えて、左の片手に握っていたものを突き出した。


「じゃーん! 支柱も入手しましたーすごいでしょう! これで外側は完璧です」

「ありがとう、机に置いといて」

「しょーちしました」


 夜曜は指示通りに鉢植えを置く。ちゃぶ台の上では、夜音が懸命に紙を折っていた。不思議そうに夜音の手先を眺め、机に肘をついて尋ねる。


「夜音様の作業は進んでますか?」

「はい。見ての通り」


 机に手を広げて進行状況を見せると、夜曜は困ったような微笑を浮かべた。


「見ても分かんないです。きれーな紙を折っているのは分かりますけど」


 夜音は目を見開いて、折り紙の山から一枚めくった。

「意外。折り紙っていうの、知らない?」


 夜音が差し出した正方形の紙を、夜曜が受け取る。若々しい葉を思わせる色紙だ。裏返したり扇いだり、初めて触れる折り紙の用途に、疑問を呈する。


「これを折って、どーすんですか?」

「こうなる」


 夜音は折っていた紙を見せる。そこには、朝顔の葉があった。夜曜は顔を輝かせて、葉を眺めた。


「すご! どうやったんです?」


 夜音の手元に、彼が手を並べる。葉の形になった紙と、ただの正方形の紙が並んだ。


「これが、こう! 折り紙すご! 夜音様すごー!」


 三角を描いて目線を移動する夜曜は、それぞれを称えた。夜音は照れ臭そうに目を伏せる。


「本の手順通りに折っただけ。曜にも手伝ってもらいたいの」


 机に広げていた本を夜曜に向けて、手順を指差す。彼は本を引き寄せた。


「えー、私にできますかね?」

「教えるから、折ってみて」


 夜音に習い、夜曜が折り紙で葉を折りあげた。彼は自信なさげな態度とは裏腹に、手先が器用だった。


「じゃじゃーん! 指先の魔法、どうです?」

「良いできだと思う」

「へへっ、褒められちゃったー」


 喜色満面の夜曜が折り紙を掲げる。彼の、あまりの喜びように夜音は微笑した。


「それは曜にあげる。折り紙初体験の記念にしなさい」

「やったぁ! ありがとーございます」


 葉を量産し、花の作業に移る。夜音が両手でやっと抱えられるサイズの鉢植に、必要なだけ花を作る。三本の支柱それぞれに、被らないよう配置する。花は一本につき二、三個が適切と見た。支柱に巻き付けるツタは、紙を撚って作る。支柱に巻き付けて花と葉を配置すると、完成形が見えてきた。


 夜音は夜曜に指示して、鉢に土を敷く。力仕事は難しいとの自己判断からだ。夜音のアイデアに従って、従者は手を動かした。かさ増しのため鉢植えへ嵌め込んだ板の上に、囲炉裏の灰を敷き詰める。木炭の欠片や、かき集めた煤を被せたら、なんとなく土のように見えた。


「ふふん、完成です」

 一通り形になった鉢植えを前に、夜曜が胸を張って得意気に鼻をならす。

「違う。まだ仕上げがあるの」


 否定した夜音が、蕾花力を込めた両手をかざす。

「花に枯れぬ露を、鉢植えに廃れぬ輝きを」


 鉢植えに虹が架かったのを見た夜音は、瞳を閉じた。

「お願い、朝露の(はな)


 その虹は雨粒となって花に降り注いだ。粒は染みることなく輝きを留め、安っぽい工作は一級工芸品になる。


蕾花力(らいかりょく)って、こんな使い方もあるんですか」

 夜曜は机に両手をついて、感心した様子で鉢を眺めた。


「本当に朝露みたいで……綺麗ですね」

 うっとりと眺めていた彼が、鉢植え越しに顔を覗かせて確認する。


「今度こそ完成です?」

「はい。完成です」


 夜音は区切りをつけるように、ぱちんと合掌して答えた。夜曜は目を細めて笑みを浮かべると、跳ねるように立ち上がる。


「当日が待ち遠しいですねっ!」

 頬を染めて微笑した夜音は、同意を示す。

「……はい、とても」

次回予告「お母様と」

予定通り、次話で夜音の過去前編は完結します。

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