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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
(本編) 過去。夜音。夜曜

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4話

大変お待たせしました、新話のお届けです。

 前のめりな人形に怖じ気づいた夜音(よるね)は、更に距離をとって潤葉(じゅんば)の背後に回る。それを人形が追いかけると、潤葉が夜音を抱えて守った。


「私、一番に発表だったんですよ。見て下さいましたか? 損はさせません、自信があります。最優秀従者ですから!」


 人形は夜音を追って立ち上がる。警戒の眼差しを向ける潤葉と目が合う。人形は、気まずそうに一歩退く。それから頬をかいて、へへっと笑う。昼間の日差しが彼の髪を透かして、より魅力的な笑顔を演出する。


 夜音は驚愕した。潤葉以外の人形が笑顔を見せたことなど、今までに一度も無かったのだ。最優秀従者人形の柔和な笑みは、三歳の幼女を射止めたのである。


(この人形やっぱり気になる。入札は、この人形に。)


 夜音の好奇心は、抑えられないほどに爆発した。入札の札を出して貰おうと、潤葉のフードを引っ張る。しかし彼は、断るように首を振った。


「最優秀従者は、我が家でも手が出しにくいのですよ。残念ながら、今回の予算では厳しいでしょう」


「そうなんですか、それは残念です」


 納得を表す相槌(あいづち)で油断させた夜音は、書いたもの勝ちと考えて強行突破する。潤葉の懐を暴いて、難なく木札を取り出した。札とセットになっていた筆を握り、尋ねる。


「あなたの名前を教えなさい」

 人形は満面の笑みを浮かべて、挙手をした。


「1121と申しますっ!」「夜音様」

 人形の発言に被せて、潤葉が告げる。


「そろそろ入札の締め切り時刻です。会場に戻りましょう」


 夜音は札に人形の名前を書き込み、返事をした。

「はい、戻ります。行きましょう」


 潤葉は、やれやれと首を振る。

(厄介な人形を気に入ってしまいましたね。仕方がありません、後はウルガ様次第です。腹を(くく)って)


『相手になりますよ』

 彼は気づいていたのだ。人形が目の奥に隠した密かな闇に。


 夜音と潤葉が去った後、木陰に(たたず)む人形は表情を消した。風が木の葉を揺らしてざわめくと、彼は息を吐くように笑った。


「かかったね、お嬢さん」


 二人は会場に戻る途中で、ウルガと合流した。札を何枚か持っているので、入札するメイドの目星はつけ終わっているようだ。彼は、ばらばらと札を入れ替えて持ち変えながら、ついでの様子で尋ねる。


「潤葉、進捗はどうだ?」

「問題ありません。夜音様が決めましたよ」


 夜音はウルガに札を渡した。札に記された一番始めの文字は(いち)。彼は、それを確認する。


「お目が高いな夜音。最優秀従者を選ぶとは」


 はっはっと嬉しそうに笑って眼を閉じたウルガは、何やら思案しているらしい。潤葉が言っていた予算の事だろうと、夜音は推測する。父に断られることを承知で潤葉の制止を振り切ったのだ。彼女は、わがままを通した自覚をもっていた。


(たぶん、だめって言われる。みんなが言ってたとおりで、資金が足りなくて無理なのかも。)


 潤葉も、彼女の希望が通ることはないと予測した。ウルガは常に自我優先だ。朝音の従者を選びに来た時とは状況が違う。今回メイドを欲しがっている彼は、必ずメイドを優先する。


 夜音は叱られるだろうと身構えていたが、返事は予想外なものだった。それは潤葉にとっても同じことである。


「ふむ……今日は、お前の生まれた日だ。必ず買ってやろう」


 機嫌を害した様子もなく、ウルガは文字通り快諾したのだ。夜音は上ずった声で礼を述べる。


「あっ、ありがとうこざいます。お父様!」


 ウルガは持っていた札を、いくつか懐にしまった。メイドの数を減らして予算を増やし、夜音の従者を優先するらしい。ウルガにしては珍しく、娘を優先したのだ。


 潤葉は覚悟を決めた。この状況では、確実にあの人形が夜音の従者につく。教育係として避けようもない、深い関わりが生まれる。向き合わなくてはならないのだ、逃れてきた(えにし)と。


(あの子の目的には、確証がつきません。早いとこ腹の()()を読んで対処しましょうか。)


 その後ウルガは見事に競り勝ち、最優秀従者を落札して帰ってきた。

「この札の裏に、人形の命名をしろ。蕾花力(らいかりょく)で記すんだ」


 そう言って彼は、落札済み証明付きの札を夜音へ渡す。希望の人形を手に入れることができて満足しているのか、上機嫌だ。


「ああ、そうだな。手本を見せてやる」


 扇状に持った木札へ、さらさらと命名を済ませていく。ウルガの指先に蛍火(ほたるび)が現れ、その指で木札に文字を書く。すると、なぞった部分が彼の蕾花力を吸い込んで、文字を浮かび上がらせるのだ。ウルガは木札を扇子のようにして扇ぎつつ、自慢気に誇張して語る。


「はっは、簡単だろう? 最優秀従者を手に入れるのも、このように簡単だった! 俺が一度入札しただけで、他の入札者達は札を取り下げたんだからな」


「それは大変素晴らしい。メイドは(いく)つ仕入れることができたのでしょうか」


「もとよりの数だけ仕入れた。まあ、質を下げて妥協(だきょう)したんだがな」


 ジャッと音を立てて、木札をひとつに重ねる。ウルガの言う通り。落札証明の木札は階級別に色が付くのだが、位の低い青色が目立っていた。

 優秀でない人形は、平凡一般な人形よりも話が通じない上に会話も成立しない。人間としての自我が強すぎるのか、機関での自我消却が激しすぎるのか、どちらにしても扱いにくいのである。


(卒業できているのですから、後者の説が濃厚でしょう。音曜(およう)のような話の通じない人形が増える。ああ、既に頭痛がしますね。)


「……人手が増えるに越したことはありません。ウルガ様の手腕を称えて、今は喜びましょう」

 潤葉は思考を放棄して、心にもない世辞を並べるのだった。


 入札と命名を済ませた観客は、人形の待つ部屋へ向かう。同じ者に落札された人形達は、順に呼び出されて一部屋に集められる。そこに落札した人改め、人形達の新たな主が命名札を渡しに行くのだ。


 その道中、夜音は苦闘を強いられていた。木札への命名が終わっていないのである。命名事態は難しくない。従者には主人の一文字を与えるという規則に則り、一字を与えて『夜曜(よるよう)』。

 問題は、文字も覚えたてな三歳の夜音が、蕾花力で木札に名を書くという行程にある。名前に含まれる夜の字は書ける。曜の字が難題なのだ。


 助けを求めて、潤葉の(すそ)を引っ張る。すると彼は、いつしかの加点表に大きく「曜」を書いて寄越した。夜音は表情を、精一杯明るくして礼を表す。潤葉は笑顔で頷く。

 手本の紙と木札を交互に確認して一画ずつ慎重に書き写し、なんとか間に合った。人形の前で足を止めたウルガが、夜音を振り返る。


「木札を渡せば契約完了だ。夜音、お前が手渡せ」

「はい。わかりました」


 ウルガに(うなが)された夜音は、木札を人形に差し出した。

「あなたは今日から、これを名乗りなさい」


 夜音の身長に合わせて(ひざまず)いた人形が、札を受けとる。

「承知しました。私の名は曜1121夜曜です」


 中庭で見せていた表情の痕跡は、見当たらなかった。大衆の面前では、完璧な人形として振る舞うらしい。喜びも(うかが)えない、感情の判別がつかない無表情で、人形は名付け札を胸に抱えた。そのまま、別れを告げるように深く一礼をして去る。


 入札された人形らは、翌日に指名された家へ移動する。事前に運ぶ程の荷物はないが、宿舎の個室受け渡しと書類上の片付けがあるのだ。なお、身だしなみは家に着いてから家の者が整える決まりだ。


 メイドへも順当に札を渡し終えて、機関を後にした一行は旧朝顔本家への帰路を辿った。

 本日の一大イベントが終わり、一日も終わりに向かい始める。今日は夜音の誕生日。両親からの贈り物は従者だけだが、彼女は充足感を覚えていた。


(お父様が私のために従者を落札してくれた。あの厳しいお父様が、私の誕生日だからというだけで。)


 誕生日だからといって、特別な菓子や料理は用意されないのが朝顔家だ。それを気にしている潤葉は、内密に菓子を用意していた。彼には、誕生日が特別な日という知識がある。人形でありながら、祝われる喜びを知っているのだ。


 帰宅後、潤葉は生誕祝いの旨を夜音へ伝える。

「生誕祝いの菓子折りです。個人的な贈り物ですので、館の者に気取られないよう、お食べ下さいね」


 小箱を夜音に渡すと、口元に人差し指をかざして片目を閉じた。

「二人だけの秘密です」


 夜音は菓子の入った小箱を両手で抱えて呟く。

「じゅんば、その秘密を守るのは三人になっても……いいですか?」


 小箱を机へ置いて両手を組み、お願いをする。

「明日来る、わたしの従者にも食べさせたいんです」


 潤葉は少し驚いた後、微笑んだ。

「ええ構いませんよ。ただし固く口止めを、お願いしますね。ウルガ様の耳に入りますと、罰せられるのは私でしょうから」


「はい、わかりました。じゅんばを罰から守るためにも、夜曜に守らせます。それから」


 立ち上がった夜音が、潤葉の側へ寄る。

「祝ってくれて、ありがとうございます」


 律儀に礼をした後、勢いをつけて抱きつく。

「わたし、とても嬉しいです」


 潤葉は、その身に湧いた感情が理解できなかった。驚き、喜び、感動と順番に噛み砕いてみても、胸の熱を言い表せる言葉はない。経験に当てはまる感覚がない。


(夜音さんは、私が人間として未熟なことを思い知らせてくれます。ふふ、頭の中が、胸の内が、理解不能で溢れていますね。)


『これが親心(おやごころ)ですよ』


(親のいない私が親心を知る日が来るとは、興味深いですね。……長生きはするものです。)


 翌日、夜曜が旧朝顔本家へ到着した。青緑の瞳を輝かせた少年は、朝の空気が漂う時間に現れる。夜音の興味を惹いた、あどけない笑顔を(たずさ)えて。


 人形を出迎えたのは、潤葉と夜音だ。外出に許可が必要な夜音だが、一刻も早く従者を迎えたいと頑是(がんぜ)なくねだり、ウルガの了承を得たのである。昨晩のことを、つい先程のことの様に思い出した潤葉は思わず口角が上がる。


(夜音さんのしつこさに負けて、渋々許可を出したウルガ様の顔といったら。振り回す側が振り回されている姿だけで、食事ができてしまいますね。ふふっ、彼をおかずにはしたくありませんけれど。)


 主の姿を見つけた夜曜は、犬のように駆け寄って来る。そして有り余る元気を発散するような、機関での優雅さが嘘のような、間の抜けた挨拶をしてみせた。


「曜1211夜曜と、もーします! これから誠心誠意お仕えしますので、どーぞよろしくお願い致しますっ夜音様!」


 内心を少しも滲ませず、無垢な笑顔を張り付ける。夜曜の作り笑いは完璧だ。裏に隠した本心で思っていることなど、誰にも予測できない。


(僕の一番大切な人を取り戻すために、利用させてもらうよ。白くて小さい朝顔の、おじょー様。)


 十三歳の少年は、溌剌(はつらつ)な態度の裏に複雑な願望を隠す。それを見破る日は、訪れるのか。いつまでも隠し通せるだけの技量を、彼は持っているのだろうか。それらを知る者は、いまだ現れないのであった。

次回予告「会えなくなったら会いに行くよ! 母への贈り物」従者を手に入れた夜音は、ある人を失います。

次回の更新は2週間後です。活動報告に詳細がございますので、よければ御覧ください。

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