3話
一石を投じられた観客達が、ざわつき始める。波紋は、立ち上がった者を中心に広がっていく。
「何だあれ。入札はオークション制でもあるんだぞ。潤沢な資金があれば関係ないだろうに」
牽制を叫んだ者は、野次を飛ばされて恥を思い出したのか、乱暴に着席した。ぶわりとローブが膨らんで見えた肌は、木家特有の肌色だった。しかし誰も気が付いていないようである。
「財産が乏しいのでしょうね、入札者が一名のみなら資金は必要ありませんもの」
一声目よりもボリュームを落として、野次は飛び交う。
「きっと下位花家の輩ね。最優秀を狙うなんて意地汚い」
入札を制限するルールは存在しない。しかし暗黙のルールは存在する。入札して良いのは、自身の持つ資金に見合った人形のみ、というのが一般良識なのだ。
身分や資金にそぐわない人形は、それを従える者の上下関係に摩擦を生む。身分社会の緑木家では、それを良しとしないのだ。
「あんな下衆には称号なしがお似合いよ、立場を弁えて頂きたいわ」
下位花家の者は、称号なしという優劣基準から外れた底辺人形に入札すべき。と思想する上位花家が多い。
「十三歳で最優秀。半男だが、あの顔だぞ。入札しない奴なんていねーよ」
収まらない囁きを不快に思ったのか、潤葉が眉をひそめる。各々の呟きを聞いていた夜音は、発言者を探すように、うろうろと目を配っていた。
「周りの者に、あまり耳をお貸しにならないで下さい。夜音様は雑音のことはお気になさらず、従者選びに集中しましょう」
注意されてしまった夜音は、罰が悪そうな表情で潤葉を見上げる。
「はい……そうします」
そうしている内に、最優秀従者の称号を持つ人形は入れ替わり、二番手の人形が発表を始めるのだった。
始まったばかりの卒業式は、最優秀から優秀までの成績者が発表を終えた。上位花家の家長は皆、最優秀従者に狙いをつける。最優秀というステータスを手に入れるだけで、他家に勝るからだ。朝顔家も例外ではない。野心家のウルガによって、朝音の従者は最優秀成績の個体が選ばれている。迷わず最優秀従者を選ぶべき所なのだが、夜音の木札は未記入だった。
「気になる人形は居ましたか?」
潤葉が尋ねると、夜音は目深に被ったフードを少し上げた。
「わかんないです。選ぶ基準が」
そうですか、と潤葉が相槌を打ち黙り込む。ウルガは朝顔家の人手を増やす目的で別行動。夜音を潤葉に一任し、メイドの品定めに行ったきり帰ってこない。
「じゅんば、もし貴方が選ぶとしたら、どんな基準で選びますか? 参考にしたいです」
「それは名案ですね。私が己につける従者を選ぶのでしたら、選択基準は、こうします」
潤葉は発表を流し聞きながら、胸元から紙を取り出す。従者教育機関、解放日の告知用紙だ。
「項目別に採点し、項目内にも壱から参まで点を設定。良し悪し中間と加点します。そうして最終的に得点の多い人形を選ぶ」
裏面が白紙だった紙に、さらさらと表を描く。
「と、このような基準です。参考になりますか?」
夜音は小さな手で大事そうに、紙を受け取る。
「はい、とても参考になりました。項目の設定から考えてみます」
「ええ、それが良いでしょう。優れた従者の基準は覚えていますか」
「覚えています。容姿、成績、態度の三項目です」
潤葉が閉じた両目の片方を開けた。ヒントを与えました、気づけるかは貴女次第です。という意を含んでいる時の彼の癖だ。
夜音はパチパチと瞬きをして「なるほど」と呟く。
「この三項目に基づいて採点するのが、最適ですね」
「正解です」と呟いて、潤葉が夜音の頭を優しく撫でる。
それから二人は、淡々と卒業生の発表を眺めた。項目に沿って採点し、見定める。無意識に見ていた時は見えなかったステータスが、浮かび上がって見えた。そうして従者の発表が終盤に差し掛かった頃。潤葉が再び同じ問を投げた。
「気になる人形は居ましたか?」
三歳児、精一杯の渋面で夜音が答える。
「態度の項目を、採点できていないです」
他の観覧者は入札の記入を済ませ、退場し始めている。終盤は称号なしばかりで、見応えがないのだ。未だ残る者は、下位花家の文無しか冷やかし。
夜音は焦燥した。由緒ある朝顔家の娘が、卑下た連中と同類と見なされては恥だ。両手で握りしめた入札の木札に力が入る。すると潤葉が、その札を取り上げた。夜音は驚いて顔を上げる。
「ごゆっくりお考え下さいな。皆、身分が判らない格好なのですから」
夜音は潤葉に促され、辺りを見回す。機関から配布された一律のローブを着て、皆まばらに座って居る。深いフードと、すっぽり身を包めるローブによって、顔も体型も判らない。
夜音は胸を撫で下ろし背を預ける。潤葉は膝の上に座る夜音が、体重をかけたことに気づく。今まで背筋を伸ばして座っていた夜音が、姿勢を崩したのだ。潤葉は彼女の疲弊を感じ取り、数秒で策を練り上げた。
「全く、ここは閉鎖的ですね。ああ、外の空気が吸いたいです」
夜音は疑問の滲む表情を浮かべて、潤葉を見上げた。両面を閉じて微笑んだ潤葉が、片目を開く。
「お付き合い頂けますか?」
小さな影が頷いたのを確認すると、潤葉は彼女を抱えて立ち上がった。夜音をお姫様抱っこしたまま、屋外を目指して歩く。羞恥心が煽られたのか、夜音は降ろして欲しそうに足をバタつかせた。
「えっと、自分で歩く。歩きます」
潤葉は暴れる夜音を、担ぐような形に抱え直して歩みを進める。
「お気になさず。幼子の手も繋がず、歩かせている長身なんて、見るからに悪人ですから」
ぴたりと動きを止めて、潤葉の背中で不服を申す。
「幼子を担いでいるシルエットのほうが、悪人です。夜音が暴れていたら、潤葉は誘拐犯にみえます」
いじらさがたまらない、と潤葉は口許を緩めた。片腕に夜音を抱え直して、満面の笑みを見せる。彼の笑顔は、フードの影によって、圧を増していた。
「では、私を悪人にしないためにも、大人しくして頂けますね?」
夜音はパクパクと口を動かし、フードを引き下げた。それから消え入りそうな声で呟く。
「……はい」
一方潤葉は心の中で呟く。
(三歳児の自尊心、軽視できませんね。)
会場から出ると、潤葉は夜音を降ろした。幼児は安堵の表情を浮かべて、彼の手を握る。潤葉の人差し指と中指を、ぷくぷくとした指が掴んだ。その温もりと感触とが、夜音が赤子だった頃を彷彿とさせる。潤葉は、彼女の成長を実感した。
会場の出口には、入札所がある。機関の事務人形が、札を並べて紙に書き写していた。二人は、その前を通りすぎて道なりに進む。機関に渡された告知書に書かれていた案内図を、夜音は思い出す。
(この廊下は中庭へ繋がっているはず。)
中庭から入り込んだ光が、廊下の出口を明るく照していた。扉の嵌め込みガラスが、真昼の光を拡散しているらしい。潤葉が扉を開いて、足を踏み入れた。中庭は壁伝いに石畳が敷かれ、他は芝生が敷き詰められている。
夜音は日差しに眼を細めた。庭の中心に一本だけ生えている木が、影の円を描いている。日陰は、そこだけだった。
「じゅんば、あそこで休憩してください」
夜音が日陰を指差す。潤葉は頷いてから、片目を閉じた。
「そうしたいところですが、先客がいるようです」
よくよく見ると、木陰には人影があった。幹の向こう側で、レースと髪が揺れている。手入れの行き届いた芝生の上に、影を被った若竹色の髪先が垂れ、繁る青に混ざった。首の後ろ、あまり高くない位置で一本に結んだ髪は、腰よりも長いらしい。見覚えのある髪色に、夜音は引き寄せられる。潤葉は人影の正体を推察した。
(機関内での着脱を禁じられている、招待客用のローブを着ていない。ということは、機関の人形でしょう。現在時刻に自由時間を有する人形は、限られています。彼でしょうね。)
夜音が潤葉の手を手を離れて歩み出した。潤葉は制止することなく、ゆっくりと彼女の後を追う。夜音が木を越えて覗くと、予想通りの姿が在った。木陰に沈んで、揺れる木漏れ日を浴びている少年。式典用の貫頭衣を着て、レース編みを頭に被り、片膝を立てて座っていた。彼は、最優秀従者として発表された人形だった。
人形は夜音に気がつくと、慌てたように立ち上がった。それに驚いた夜音は、慌てて距離をとった。人形は被っていた布を鷲掴みにて剥ぎ取り、思い出したように前髪を整える。そうして身なりを整えた人形は、夜音に駆け寄って来た。
「花家の方ですよね! 人形紹介どうでした? 気に入った人形は居ましたか?」
しゃがみこんで、夜音に目線を合わせた。
「もし、入札が済んでいないようでしたら」
裏を疑わせない純粋な表情で、少年は提案する。
「私の主人になって下さいませんか!」
次回予告「君に決めた。入札、落札、命名!」
来週、更新します、たぶん。
しばらく平穏な話が続きます。夜音ちゃんの人生で、平穏なのは今だけですから、次回もお楽しみに!




