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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
(本編) 過去。夜音。夜曜

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2話

 一年が経ち、三歳の夜音(よるね)に施される教育の難度は上がっていた。しかし夜音は、それを苦に感じていなかった。両親は娘の努力を認めており、彼女が頑張れば頑張るほど褒めていたのである。

 ひらがなが書けない、漢字を覚えられない、読めない。といった、つまづきにも寄り添い、優しく教え導いていた。この時は、まだ。


 そうして幸せな日々は過ぎ去り、夜音は朝音(あさね)を追って順調に育ってゆく。充足感の裏で密かに伸びる芽があった。思えばこの出来事が彼女の転換点だったに違いない。それは夜音の従者となる人形、1121との出会いだ。


 夜音三歳の誕生日が近づいた頃、ウルガは彼女に従者をつけることにした。動機は、この歳に朝音も従者を取ったこと。朝音と同じ道を敷き、同じように成長させるためである。従者は見張りの役を負っており、従者を連れることで夜音の行動は一定の自由を得るのだ。


「自我の強まる歳に自由を制限しすぎるのは、反発を生むでしょう」


 かつて潤葉(じゅんば)が助言した事は、布石となっていた。ウルガは朝音と同じ道を望んでいる。


(もっと朝音さんを気にかけておけば。夜音さんにも良い環境を与えられたかもしれない。)


 夜音に自分が確実に与えられるものは、朝音に与えたものだけ。という気付きを得た潤葉。彼が朝音に与えたものは数少ない。


(まさか同じ過ちを二度も犯すほど、ウルガ様だけでなくハオネ様も愚かだっとは。信じたくなかったのです。そう、思考を停止した私に責が、罪が。)


 悔やんだ潤葉は、ウルガの主導権が働かない場合の補助支援を、完璧にと肝に銘じるのだった。


 夜音の誕生日当日。ウルガに連れられて、夜音は従者教育機関を訪れていた。今日は機関第二期生の公開卒業式が催されている。この日だけ機関は外部に開かれ、花家(はないえ)などの蕾花持(らいかもち)が見物参加する。


 式では職業人形の成績公表が行われ、家長達は気に入った人形に入札する。一体の人形に何枚も入札された場合はオークションになる。そのため、金銭を投じて落札しなければ手に入らない。入札もしくは落札された人形は、その家に仕えるという仕組みだ。

 簡単に言ってしまえば、卒業式と就職活動が同時に行われているのである。


 人形の雇用形態について説明しておこう。原則全ての人形は終身雇用で、部門を跨ぐ再就職は禁止。二大就職先として、従者とメイドの道がある。


 従者は一生従者として、主人の変更は不可。主人が死没するまで、別の主人には仕えられない。仕事は過酷な上、扱いは一生人形。しかし衣住の扱いはメイドよりも格段に良く、給料という金銭報酬がある。それを求める(しば)が従者を目指す。


 メイドは一生メイドの区分から出られず、メイド区分内の階級変更で立場だけ変わる。最高階級はメイド長とされ、扱いは人間並になる。それを目指す人形はメイドの道を歩んで行く。


 夜音と潤葉は、見物席から人形達の卒業発表が始まるのを待っていた。機関から配布された告知書を夜音に渡す。そこに書かれている文字を指でなぞりながら、彼女は懸命に読み始める。

 紙に書いてある通り、メイドと従者は発表会場が異なる。夜音達が観るのは従者の方で、ウルガはメイドの方を見に行った。


 潤葉は機関に訪れたことが何度かあるため、卒業式は見慣れたものである。ステージが設置されている会場の中心を見て、プログラムを思い返す。


 二人一組の人形たちが登壇と下壇を繰り返して、一体ずつ順番に紹介される。紹介は優良成績順で、最優秀個体から公表。見物人の大半は、最優秀から中間までを見物し、早々に入札を済ませて会場から去って行く。


 卒業生全員の紹介が終われば式は終わり、入札の締め切り五分前となる。入札締め切り後は、入札確定処理が行われ、場合によってはオークションが開催される。落札を済ませ、人形に命名して解散。翌日には人形が家に来て働き始める。


 予定調和に粛々と、卒業生の入場が始まる。ベールを被っているのが卒業生。被っていないのが在学の下期生だ。入場を終えて整然と並んだ人形を、潤葉が数える。今回の卒業生は全部で十二、恒例では十なので二体多い。


 入場後や他の人形が発表している間、卒業生は待機だ。ステージの前に並べられた椅子に、座って待つ。観客側を向いて座っては居るが、未紹介の卒業生はベールを被っているため、顔での品定めはできない。

 そんな状態で、ステージの前に二十二体が並んだ。卒業生と下期生(かきせい)の二人一組、成績が近しい人形同士の組み合わせ。在学生の顔を売る機会を設けることで、卒業時に入札しやすくする仕組みである。


 下期生が卒業式に参加するのは、卒業生の紹介という役割があるからだ。年齢と出身、成績に始まり、特技や身体特徴に至るまでを読み上げる。何が出来る、どんな魅力がある、と文言で紹介された後、卒業生は紹介に沿って特技を披露。それらが終わると降壇し、次の人形が登壇して同じ順序の紹介が始まる。


 見所とされているのは、特技披露とベール。卒業生が被っているベールは、機関では上等な白絹のレース編み。人形の卒業制作であり、脱ぐタイミングに重要な意味がある。紹介前にベールを脱ぐ人形は、機関基準で普遍的な容姿。紹介後に脱ぐ人形は容姿端麗とされ、決まって会場が湧く。


 いよいよ発表が始まる。トップバッターは、最優秀従者の称号を与えられた人形だ。今回卒業の最優秀従者人形が、下期生に導かれて登壇する。ペアが卒業生の成績を読み上げ始めた。


「従者人形、1121。今期、最優秀従者として卒業。性は半男(はんだん)、年齢十三、一番出身、成績は全科五。主人の望む存在を再現でき、容姿が魅力」


 紹介が終わり、登壇中の最優秀従者がベールを脱ぐ。最上位の称号を持って卒業する人形の面が公開されると、もちろん会場が湧いた。

 人形の髪は若竹(わかたけ)色で長く、青緑(あおみどり)の瞳は大きく、性別を感じさせない顔立ちは人形特有の無表情を湛える。紹介に偽りない、魅力的な美しさ。虚勢された男、半男の中でも若い方。まだ少女のような人形だった。


 その人形を目にした潤葉の心臓が、跳ね上がる。あるいは、胸に植わっている蕾花(らいか)が反応した。


(おっと、君が卒業する年でしたか。志願したところまでは把握していましたが、最優秀で卒業とは。二人揃って……本当に優秀な血筋ですね。)


 意図せず止まっていた呼吸を再開するべく、息を吐く。膝の上に座っている夜音が、振り向いた。くりくりとした黄金の瞳が、見上げてくる。


「じゅんば? どうかしましたか。わたしが重かったら、いつでも降ろしてください」


 安心させるような微笑みを貼り付けて、彼女を抱擁(ほうよう)する。

「ご心配には及びません。このままでいさせて下さい」


 潤葉は会場の中心に視線を戻した。

「ただ、最優秀従者に感嘆しただけです」


「そうでしたか」

 彼の視線を追って、夜音も最優秀従者を注視する。


 人形は機械的な礼を、四方に向けていた。美しく設計された動作は完璧を保ち、髪の一本、指の一本に至るまで一糸乱れない。まさに人形の動き、マリオネットと見紛って操り糸を探したくなる。


「たしかに、ため息をつきたくなるような見た目です」


 人形と目が合った気がした。一瞬、彼の目が笑った。いたずらを成功させた子供のように。夜音は気づかない内に呟いていた。


「美しいというより、かわいらしい顔の人形です」


「ええ。あの外見で技量もあるとすれば、最優秀の称号も納得です。皆こぞって入札することでしょう」


 観客席に、立ち上がるものが現れた。木札への記入を済ませて会場を去る者だろうか。いいや違う。その者は大声を張り上げて、牽制を始めたのである。


「アレはワシが去年から目をつけていたものだ! 誰も入札するでない! 入札するでないぞ!」

先週の話も読んでくださって、ありがとうございました。ブクマ+1と評価+☆5、ありがとうこざいます! とても励みになりました! 夜音の過去編、じゃんじゃん書いていこうと思います。


次回予告「欲しい人形に入札しよう!」来投稿します。

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