5話
3月分の更新話から今回までの話は、下書きを悩みに悩んで書き上げたものを清書したやつです。BLを本編に引きずらない形で終わらせるのが難しかったです。本編から、あまりにも離れすぎている話は別作品にするべきでした、反省しています。
こちらの話も前回同様、後日加筆修正する予定です。BLに決着をつけて、しっかりと本筋に戻ることができたと思うので、見届けて頂ければ幸いです!
潤葉は突きつけられた指先を凝視して、硬直した。背中に嫌な汗が湧き出る。
(この流れは不味いですね。)
「暴力の種類を変えてみる。これなら兄ちゃんも、見てて痛々しくないでしょ」
指差した手をピースにして、夜曜は笑顔を見せる。
「君は、それでいいのか」
おずおずと夜曜の様子を伺う。彼は、いつの間にか出したハンカチで、返り血の着いた手や顔を拭いていた。
「問題ないよ、時間もないし手段を選んでらんないの」
「あれは、そんな風に安売りするものではないと思う。自分を大切にしてほしい」
夜曜が驚いた表情を浮かべて、口を歪めた。自然と口が笑顔の形になっていくのを、彼は唇を噛んで止めようとしているらしい。
「兄ちゃんだって、いつも自分を大切にしてないじゃんか。少しくらい、僕とおんなじ気持ちになればいい」
(様子が戻ってきた。いつもの夜曜まで、もう少しだ。このまま連れ戻そう。)
「まあまあ二人共、落ち着いて下さいな。なんでそう、すぐ言い合いになるんですか」
邪魔が入った。潤葉は顔の傷を蕾花力で治癒したらしい。血痕は綺麗に消えて、少しばかりの痣だけが残っている。
「朝曜、私は大丈夫です。あと数十分殴られるくらい、蕾花があれば問題ありませんから」
呑気に身だしなみを整えている夜曜にも小言が降る。
「夜曜、朝曜の言う通りですよ、自身を安売りしてはいけません」
表情筋を失ったかのような無表情で、呟く夜曜。
「葉先輩が素直に答えていれば、こんなことするつもりないですもん」
「そうだと良いのですけれど──」
夜曜が潤葉の顔を覗き込んで、すっと口を近づける。瞬間、潤葉の胸に鋭い痛みが走った。頬に唇が当たると同時に、がたんと床へ膝をつく。
「次は口にします」
目に見えて動揺している潤葉に、夜曜は無慈悲な宣告を下した。
「兄ちゃんに一度もしなかったくらいですから、何かしら理由があるんですよね。生理的に無理とか」
自身の唇を指差して、夜曜が黒く笑う。
「トラウマがある、とかね」
潤葉は図星をつかれて冷や汗を流す。浅い呼吸を整えようとするも、立て続けに押し寄せる胸の痛みで歯止めがかかる。思わず四つん這いになって、床に落ちた汗を呆然と見つめた。
(胸が蕾花が痛い。落ち着かなければ、このままでは開花しかねません。一番目の主人は死んでいて、あの時、目の前で絶えて既に存在しない。今、目の前に居るのは)
『私ではありませんよ、替わって』
夜曜の顔が迫り、顔に手が添えられた。潤葉の中で、記憶と感覚とがあの時に重なる。触れ合う寸前、二人の間に別の肌が触れた。朝曜が夜曜の口を背後から覆ったのだ。
すると別人のように落ち着き払った様子で、潤葉が立ち上がる。夜曜は目で合図し、覆っている手を外してもらう。兄弟は共に立ち上がり、潤葉の出方を伺った。
「懲りました。ここだけの話、教えましょう」
口角を、にんまりと上げた彼が語り始めた。
「朝曜と恋人になった理由は、私が朝曜に惚れたからです」
恥ずかしげに微笑しながら朝曜へと歩み寄る。彼の頬に手を沿えて親指で、そっと撫でた。
「三番目の主に、そっくりなんですよ。この顔と髪が」
そう言って流れるように手をずらし、朝曜の髪に指を絡めた。すかさず夜曜が、その手を掴んで二人の間に割って入る。
「想い人に、兄ちゃんを重ねていたって?」
「ええ、私は彼女に惚れていました。ですが彼女は人妻でしたから、叶うことはなく。こうして彼女に似た人形を愛でて、あの頃の欲を満たそうと」
潤葉は目を伏せて「ふふふ」と軽やかに笑った。
「納得しましたか? ああ白状ついでに、もうひとつ」
伸びた手は夜曜の頭を捉えて優しく撫でた。
「私が夜曜を愛でるのも同じ理由です。君は、一番最初に仕えた主の生き写しですから。そうそう、二番目の主にも似ていますよ。主人らは双子でしてね」
遠い昔を懐かしむ眼差しには愛が溢れている。彼は楽しげに話を続けた。
「でも彼は無口だったので、夜曜とはあまり似ていませんね。そう思えば君って、お喋りで道化なところもそっくりで──」
頭を撫で続けていた潤葉の手を、夜曜が勢いよく振り払った。その衝撃で冷静さを取り戻す。
(これ以上は言うでべきではありません。お喋りな口は閉じましょう。)
『彼らを枯らすわけにはいきませんからね』
潤葉は片目を伏せて、悪戯な笑みを浮かべる。
「これ以上は吐くものがないので勘弁してくださいね」
「最っ低、そんな理由で兄ちゃんを」
睨みを効かせて、唾棄するがことく謗る。
「兄ちゃんの世界から消えればいいのに」
朝曜は驚きを顔に出したまま、固まっていた。ショックが大きいのだろうと夜曜は推測した。朝曜に寄り添い、肩を抱いてフォローする。
「気にすることないよ。兄ちゃんは、悪人に弄ばれただけの被害者なんだから」
(やっぱり僕は葉先輩が嫌いだ。大嫌いだ。)心情が丸ごと顔に出ている夜曜を、一瞥した潤葉が告げる。
「思う存分嫌悪してくださってかまいません。そしてより一層自覚してください。夜曜も同じ土俵に居ることを」
「なにそれ」と夜曜が呟き、潤葉に一歩踏み込んだ。腕が解かれた朝曜は、夜曜を引き留めつつ一礼する。
「申し訳ありません潤葉先輩。傷を負わせて、嫌われ役まで任せてしまいました」
「お気になさらず。この通り、まだまだ夜曜には嫌われます」
潤葉が近づくと、夜曜は一歩下がった。なぜか嬉しそうに、それを繰り返して見せる潤葉。
「ここまで露骨だと逆に、嫌われ甲斐がありますよ」
いつもの作り笑いを浮かべる。
「そうです、朝曜も私のことを嫌悪してください。体目当てだったことを白状してしまいましたので、相当不快に思って居ることでしょう」
一歩近づいた潤葉を、朝曜は動かずに見つめた。
「遠慮はいりませんよ、どうぞ」
結論が出た。(三年間恋人として過ごしても分からなかった貴方のことが、やっと解った気がする。)朝曜は天邪鬼な潤葉の心理を見抜いたのだ。
「嫌う必要がないので、これまで通り尊敬しておきます。あと」
潤葉の手を優しく包んだ。(私の本心を、貴方の本心で受け止めて欲しい。)そう願って。
「これからは信頼してみます」
潤葉は息を詰まらせて狼狽えた。
「……何故? あれは、その場凌ぎの嘘なんかではなくって」
(約束を守ってくれた上に、本心も教えてくれた。償いは、それで充分なのに潤葉先輩は罪悪感を抱えている。私は貴方が、夜曜の言うような悪人だとは思えない。)
「やはり、潤葉先輩は善人でしたから」
朝曜が微笑みを向ける。その顔は三番目の主人に瓜二つ。潤葉の胸に懐かしさが広がり、思わず涙が込み上げた。喉を締め付ける後悔を慰めて涙を飲む。
『そっくりですね』
(本当に、よく似ていて困りますよ。私が愛したのは、朝曜なのか彼女なのか、わからなくなってしまう。朝曜を愛した証明が、できなくなってしまいます。)
『もう証明済みでしょう』
(そう、思っても、いいんでしょうか。愛せていたのでしょうか。肉体だけ魂だけでも愛せていたなら、死人に重ねたこと)
「赦して、くれるんですか」
「はい。潤葉先輩の罪は私にとって罰に満たないので、裁こうとは思いません。仮に罪があったとして、潤葉先輩は既に償っています」
(赦されなくても構わなかったなんて言えませんね。)
目を細めた潤葉は、歓喜の透ける顔色で頭を下げた。
「ありがとうございます朝曜。寛容なのは良いことではありますけれど、誰も彼もを赦すことだけはしないでくださいね」
潤葉の悪足掻きに、しかと頷いて彼を真っ直ぐに見据える。
「私が赦すのは愛した人だけです」
「そうですか、それなら良いのですが」
胸に満ちる罪悪感を払うように、潤葉は首を振った。
(恩で縛らなくても、選んでくれていたのですね。どうやら私も、朝曜を人形と侮ってしまっていたらしい。私が彼のために出来ることが、またひとつ減ったようですね。)
『それなら、せめて』「ひとつ忠告させてください」
掌を朝曜の前に掲げて、いつになく真剣な表情で問う。
「あなたの優しさが裏返ることを許さなくなったら、あなたを許す者は、あなた以外存在しません」
裏返らずに握られた手の向こうに、潤葉の顔が覗いた。試すような鋭い瞳が、正しい解を求める。
「自身を赦せなくなったら、どうします?」
朝音から離れていた間に何度も考えた事だった。罪に問われる準備は出来ていた。与える罰は、答えは既に見つかっている。朝曜はブローチに手をあて、迷うことなく言いきる。
「自身を許せない程の罪には、この命を。罰として捧げるつもりです」
潤葉は瞼を閉じて吐息した。再び開いた彼の目を、一番に見たのは夜曜だった。
「聞きましたか夜曜。あなたを赦した朝曜を、いつかあなたが赦しなさい」
ムッとして反論する。
「兄ちゃんが罪を犯すことなんてない」
(人間の心をもつあなたが罰を与えたくなる、なんて言っても解らないでしょう。人形は意思のない、ただの哀れな人間ということに。)
『早く気づけるといいですね』
作り笑いで誤魔化すことなく、潤葉が言う。
「それから、朝曜が自身の命に罰を与えることになった暁には、私が朝曜を裁きます」
(ちゃんと愛しているからこそ、そんなことが言えんだろうな。兄ちゃんと葉先輩は対等で、きっとこんな感じで、お互いを尊重し合って過ごしてたんだ。)
潤葉なりの愛の形を知った夜曜は、彼への殺意が薄らぐ。それでも赦すことはできなかった。朝曜を傷つけられたことは事実で、自分が貰える可能性のあった一番を、横取りしたのは潤葉なのだ。潤葉と朝曜の共謀によって秘匿された真実を知るまで、夜曜は許さないだろう。
「お言葉に甘えて。その時がきたら、お任せします」
快く申し出を了承した朝曜が結論を求める。
「ところで今回の一件は不問ということで、償いは音曜先輩への謝罪だけで良いのですよね」
潤葉は表情筋を緩めて、人の良い笑顔を浮かべた。
「ええ、そうなりますね。今夜の内に済ませましょう。見届人として付き添いますよ」
「ありがとうございます」朝曜は彼の厚意に礼をした。
「さて」と、潤葉が区切りをつけるように手をたたく。
「まもなく約束の時刻です。お二人共、きっと主人がお待ちになっているでしょう」
話し合いが一段落し、夜音の部屋に戻る運びとなる。夜曜は思い出したように顔を曇らせた。生きている夜音が待っているとは限らないからだ。花少女実験において失敗続きの朝音が、例に漏れず失敗していたら夜音の命はない。部屋で待つのは、種になれなかった痛ましい死体か、芽吹かない種。
不安で冷えきった夜曜の手が、温もりに満ちる。温もりのありかを見ると、自身の指先は朝曜の手に包まれていた。
「君は私を信じているか」
夜曜が頷くと、朝曜は小さく笑った。自信がこぼれたような笑みだった。
「私は朝音様を信じている。私を信じている君は、私が信じた朝音様を既に信じているんだ」
握る手に力がこもる。
「だから、心配は要らないだろう」
きっと兄弟には望んだ通りの日常が訪れる。少し深まった絆を頼りにして、兄弟関係は続いていく。兄弟が人間として、この先も共に在ることを選び続ける限り。抗い続ける限り。しかし人形の操り糸は、結ばれた絆さえも弄ぶだろう。
朝顔の花には曜が咲く。朝音には朝曜が、夜音には夜曜が刻みこまれている。朝顔の花が、ひとつの花として完成するには曜が不可欠なのだ。主である花に沿う曜達は、花の定めから逃れることはできない。二つの曜に、どれだけの絆があろうとも。
4月分の更新をしていないので、あと1話今月中に投稿します。というわけで次回予告「夜音の過去編、開幕!」ついに本編へ戻れます、やったね! 夜音の過去編は投稿済みを含めて全12話の予定です。(予定なので変更があるかもしれませんが、しばらくは夜音の話になりそうです。)早く朝顔の姉妹を出会わせたいので、ますます頑張ります。




