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朝顔の私刑  作者: 久成あずれは
完結(人形2) 朝曜。夜曜。潤葉

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24/28

4話

約束の通り続きをもって来ました。文字量がいかついので、もっと分割したら良かったかなとも思います。まあ切りが悪いので、このままで投げてしまいました。ルビ振りだけ、後日加筆します。


※前回の話が加筆になっております。最後の方を大幅に変更したので、そちらを確認の上、この話を読んで下さい。お楽しみ頂けると幸いです!

 膝から崩れ落ちた朝曜(ちょうよう)に、潤葉(じゅんば)が寄り添う。

「朝曜、あなたの名前は朝曜です。わかりますか」


 朝曜は呼び掛けに答えず、涙を流しながら耳を塞いだ。

「ぼく……なんで」「朝曜!」


「もっ、申し訳ありません! 申し訳──」

 咽びながら謝罪する朝曜を支えて、ゆっくりと立ちあがらせる潤葉。


「あなたの主人は誰ですか」

「わたっ私の、主は朝音(あさね)、様です」


 張詰めた空気に、二人の問答が冴える。


「あなたの名前を答えなさい」

「私は、(よう)朝曜です」


 潤葉は緊張の糸を解くように、ひとつ息を吐いた。

「……よろしい。座りなさい」


 朝曜は取り乱していた面影もなく、別人のように落ち着き払って元の席に座る。涙の跡も乾いていない、虚ろな瞳が異様さを際立たせていた。口が滑ったとは言え、そう簡単には人形の呪縛がとけないことを思い知らされた。(葉先輩(ようせんぱい)が邪魔してなければ、もしかしたら。)悔しげに下唇を噛んで俯く夜曜(よるよう)。その顎を掴んで潤葉が叱る。


「口を慎みなさい。彼に次はありませんよ」

 顎が歪むかと思われる程の力がかけられ、夜曜は渋面で謝罪した。

「申し訳、ありません。肝に命じます」


「よろしい」と手が離される。顎を押さえて痛がる夜曜に、小声で潤葉が告げる。


「気持ちは解りますが、もう少しの辛抱です。開花を抑えながら、記憶を取り戻す方法が見つかりそうなんですから。耐えてください」


 顔に不満と書いて、口を尖らせる。

「また、朝音様頼みですか」


「全く……解っているのなら、利口になりなさい」

 夜曜が不満をこぼすまいと、頬を膨らませた。そんな夜曜を見て小さく笑った潤葉は席に戻る。


「話の続きをしましょう」「そーですねっ」

 吐き捨てるように言った夜曜が、足と腕を荒々しく組んだ。


「事実の確認ができないままでは処罰が下せません。現状での解決策は、同室解消になりますが良いですか」


 夜曜は組んだ体を解いて、首を握った。

「問題、ありません。承知の上でやりましたから」

「そうですか。朝曜はいかがです?」


 少しずつ目の焦点が合う。

「私は……私は拒否します。うやむやなままで別れたくありません」


 朝曜の瞳が、薄っすらと光を取り戻した。

「弟を手放すつもりはない、です」


「やれやれ、どうしましょうね」

 潤葉は困り果てたような身振りをした。


「いいですか朝曜、身の危険があるんですよ、熟考しなさい。夜曜が今回の行動に至った理由を話さない限り、対処は難しい。よって、この先も寝食を共にする場合、いつ今回のような事が起こるか」


「理解しています、一晩考えた上での結論です。どんな想いを抱えていたとしも、今回のように受け止める覚悟があります」


「覚悟は立派ですが、そこまでして夜曜と共にいる必要がありますか」


 朝曜は膝の上で握る拳に力を込めた。

「私達が兄弟で、私は夜曜の兄です。兄弟は、家族は共に居るべきです」


 返答は人形的な一般論。潤葉が更に諭そうと口を開いたのを、朝曜が先制する。

「夜曜は私が独りになった時、側に居てくれました。潤葉先輩より先にです」


 胸のブローチを握って、胸を張る朝曜。

「だから弟には、私の一番近くにいてほしいと思うんです」


 夜曜が焦ったように口を開く。「兄ちゃん、僕は」朝曜が息を吸う。

「──それを君が望まなくても、私は君と居たいんだ」


 その言葉が沁みた夜曜の心には、後悔と罪悪感が広がった。前髪を巻き込んで顔を覆う。

(兄ちゃんは僕の事をこんなに想ってくれていたのに。僕は兄ちゃんの望まない形で、愛の証を求めたんだ。それって、兄ちゃんの愛を無下にした一番愛のないことじゃんか。)


「ごめん、ごめんね兄ちゃん。僕が幼稚なせいで、たくさん傷つけてごめん。僕、兄ちゃんの一番が欲しくて」


「君は、私に一番近い存在の兄弟だ。もう一番をもっている」

 夜曜は罰が悪そうに眉を下げて、どんな表情が最適か判らずに口角を上げた。


「僕って欲張りじゃんか。兄ちゃんの全部の一番が欲しかったから、葉先輩が一番最初の恋人になったのが嫌で」


 想いに言葉という形を与えると、それは重みを増す。夜曜の表情は笑顔を浮かべたまま濁っていく。


「それ以外にも、兄ちゃんは一番を葉先輩にあげたってわかって、嫉妬して。兄ちゃんの一番を上書きしたくて、自己満足の為に衝動的に襲ったの」


「でも、鍵は」食い下がる朝曜に真実を告げる。


「玄関の鍵は本当に忘れてただけ。夜音(よるね)様の事とか兄ちゃんと朝音様の事とか考えててさ、思い詰めちゃってて疲れてたんだと思う」


 夜曜は、誠実な朝曜に誠実で返す決心が着いたのだ。


「兄ちゃんを襲ってる時、何度も迷って躊躇してたのは本当。って言いたいけど、あんまり信じちゃダメだよ」


 朝曜が頷き、潤葉が尋ねる。

「解りました。それで夜曜は自身の罪を、どう償うつもりですか」


「償いになるかはわからないけど、これ以上兄ちゃんの側にいないようにしよって。僕の一番大切な兄ちゃんから離れることが、僕にとって一番苦しいから。罪に釣り合うかなって」


 夜曜の懺悔を聞いた二人は、それぞれに結論を出した。

「そうしましょう。私は変わらず同室解消を推しますよ。夜曜もそのようにして償いたいとのことですし」


「夜曜、話してくれてありがとう。それでも私は君と」

 朝曜の結論を遮って、潤葉は論ずる。


「朝曜、結論を急がないで下さい。夜曜の上書きとやらは、あなたの証言によると完遂されていないのでしょう」


「完遂の定義を変えれば、証言も変わります」


 潤葉は深く息をつくと、頭を抱えた。(どこまで夜曜を庇う気ですか。頑固な朝曜を相手にするのは骨が折れますよ。いっそ立場を放り出してしまいましょうか。なんかもう、野放しにしたい。この兄弟は無罪放免でーすって。)


「夜曜、どこまでしたかった? 上書きとは何をしたら完遂なんだ」

 机に手をついて身を乗り出す朝曜は、対岸の夜曜を引かせた。

「いやいやいや、もういいって! 罪を認めて、償うって言ったじゃんか!」


「駄目だ」「何が!?」

 慌ただしいやり取りを経て、朝曜は冷静沈着に説明する。


「君が罰を受け入れてしまうと、被害者である私が浮かばれないんだ。そうなると、君の罰は償いの意味をもたなくなる」


「な、なるほど? でもでも、同室生活が続いちゃったら独占欲って増えそー。僕また嫉妬に駆られて兄ちゃんが嫌がることするかもじゃんか」


 夜曜は自身の焦りを体現するかのように、あたふたと忙しなく身振り手振りをしてみせた。朝曜は動じて、考え直すかのように席へと座り治す。そこを潤葉が狙い撃つ。


「そうですよ、朝曜。嫉妬と独占欲の暴走と解った以上、今回のようなことはいつでも起こり得えるかと。同室生活の継続は身を危険に晒すのと同義で、夜曜が再び手を出す確率を高めるでしょう」


「それでも構いません。望むものは与えて、罪を犯しても何度だって赦します」


 朝曜の意志は変わらなかった。潤葉は攻め方を変えることにした。

(夜曜は人の、お願いに弱い節がある。付け入るようで心苦しいですが、手加減していては……弟に激甘な自認兄の朝曜には太刀打ちできません。)


「個人的には、朝曜を傷つける者は血縁だろうが恩があろが赦せません。朝曜が夜曜を想うように、私は朝曜を守りたいんですよ。お願いします、もう一度考え直してくれませんか」


 朝曜が返答する前に、夜曜が口を挟んだ。

「その理屈じゃあ、葉先輩も赦されざる罪人ですねー」

「そうなります。自覚していますから」


 冗談のつもりだった夜曜は、途端に目の色を変えた。

「自覚? 兄ちゃんを一番に傷物にした自覚ですか」


「ええ」飄々と肯定した潤葉に、苛立ちが募る。

「じゃあ、僕だって赦さないよ。兄ちゃんを傷つけた、お前を」


 潤葉を「お前」呼ばわりした夜曜を、朝曜が叱る。

「夜曜、言い過ぎだ」「兄ちゃんは黙ってて」


 一筋の光もない瞳で一蹴された朝曜は、背筋を冷やして硬直した。原因は自分にあると考えがちな朝曜は、真剣に謝罪点を考え始めた。


(スイッチが入ってしまったらしい。あの目は夜曜の本性だ。何が悪手だったのだろう。穏便に解決へと向かっていたはず、思い違いか? 私が我儘を言って議論を掻き乱したのが、良くなかったのか? あの状態の夜曜は行動が予想できない、手に負えない。取り返しのつかない事が起こる前に、落ち着かせなくては。)


 朝曜を黙らせて潤葉に向き直り、問う。

「どうして兄ちゃんを傷つけたの」

 夜曜は笑っていない瞳で、にこりと笑顔を浮かべた。

「答えてよ、葉先輩」


 潤葉は気迫に呑まれて、渋々呟く。

「……守るために」「守るって何を?」

 夜曜が机に飛び乗って潤葉の胸ぐらを掴んだ。

「奪っておいて、どの口が」


 潤葉は両手を軽く上げて、抵抗の意志がないことを伝える。

「まあまあ、落ち着いてください」


 二人の仲裁に入ろうとした朝曜が、腰を浮かせた。潤葉が片手をかざすと、戸惑いながらも朝曜は着席する。「手を出すな」のハンドサインだったのだ。


「乱暴者は嫌われますよ、夜曜。いいえ、嫌いなのではなかったのですか。あなた今、朝音様と同じですよ」


「まだ、なーんもしてないじゃんか」と夜曜が鼻で笑う。直後、ぐっと潤葉の胸ぐらを引き寄せる。

「聞きたいことがある」「……なんでしょう?」


「どうして兄ちゃんと恋人になった」

 無表情が一転、にこにこと笑顔を見せる夜曜。

「あー、馴れ初めってやつ? 聞きたいなーって」


 潤葉も変わらず微笑みを湛えていたが、片目を開けて夜曜を見た。

「答えられない、と言ったら」

「先輩が答えたくなるまで殴ります」


 続く笑顔の応酬に、片腕を握る朝曜。

(いよいよ不味い。夜曜の気を逆撫でするようなことを潤葉先輩が言わなければ、まだ歯止めが効くはず。)


「ふふっ、そう、そうですか。暴力に訴えるなんて、本当に幼稚ですね」


 潤葉の右頬に打撃が入った。薄ら笑いを浮かべる彼の口端に、血が滲む。朝曜は思わず立ち上がる。潤葉は怪我を気にした様子もなく、微笑みを絶やすこともなかった。


「残念ながら、お答えできません」

 潤葉は再び殴られた。次は鼻から血が流れ出る。

「夜曜、手を放すんだ」


 割って入った朝曜の制止を聞かずに、もう一度潤葉を殴った。夜曜は無抵抗で拳を受ける彼の、固い意志を察する。(痛みに訴えるのは無駄かな。さすが葉先輩ってことで、もう一発。)夜曜が拳を構えると、潤葉が提案した。


「朝曜には尋ねたんですか? 聞いてみてはどうです」


 首を傾げて朝曜を見る夜曜。

「兄ちゃんから付き合い出すことはないと思って」


 彼の両目には相変わらず光がない。

「どうなの兄ちゃん」


 夜曜の目に怯えて後ずさった朝曜が、椅子にぶつかる。片腕を握りながらブローチを握り締める。


「知られたくない、から、答えられない。でも……潤葉先輩を殴るのは、辞めてほしい」


「口を割るまで辞めないよ」と吐き捨てて朝曜を押し退ける。朝曜は力なく椅子に着地した。


「ほーら! 先輩の口しか望みがないんです、答えて下さい」


「仮に答えたとして、私にメリットがあるんでしょうか」


 夜曜がケラケラと笑う。今までにないパターン。一線を超えた夜曜の様子は異様だった。息を呑む朝曜と、微笑みに毒気の増した潤葉とを、交互に見た夜曜は笑い続けた。


「あははっ! 黙り続けることに、メリットがあるみたいな言いようじゃんか!」


 歪な表情に似合わない、底抜けに明るい声音。人形の夜曜、人間の夜曜、どちらでもない。


「時間の限り僕に殴られるってのは、デメリットじゃないってさ!」


 朝曜に笑顔を向けて、見せつけるように潤葉を殴り続ける夜曜。朝曜は腕を握るだけでは耐えられず、両目を閉じて耳を塞いだ。すると夜曜は無表情になって、白けた様子で潤葉に向き直った。


「二人が付き合った理由を教えるメリットだっけ?」

 夜曜が場違いに、満面の笑みを見せる。

「教えてくれたら、ようちゃんに手を出さないと約束してあげるよ!」


 答えられないの意で首を振ると、再び殴られた。口から血が流れ出ようとも潤葉は動じず、瞳を閉じて口を噤む。その傍らで、みざる聞かざる言わざるな朝曜。


(潤葉先輩を口止めしているのは私の我が儘。言うべきではなかったんだ。人形でいれば、こんなことにはならなかった。朝音様と和解できたことで浮かれていたんだ。)


 手に汗を滲ませながら、耳を必死に塞いで握り締める。


(夜曜の覚悟は固い。時間の限り聞き出そうとするだろう。朝音様を迎えに行く時間まで、潤葉先輩は殴られ続ける。あと十五分も。蕾花があるとはいえ、苦痛もあるんだ。私が夜曜を止めないと。どうすれば。)


 夜曜が片手に潤葉を引きずりつつ、朝曜の手を取った。

「どーしたの兄ちゃん、自分が殴られるより辛そうな顔して。そんなに葉先輩が大事?」


 血まみれの拳が、朝曜の手を握っている。その手が視界に入ると、思わず手を引いた。ぬめりけを感じた。恐怖で歯がなりそうで奥歯を噛み締めた。朝曜は眼の前の出来事を他人事として処理し、いくらか落ち着きを取り戻す。


「じっ、潤葉先輩を殴る他にも、手段なら、いくらでもっ」


「でもさー僕、色々なことにまとめて怒ってるの。いい加減我慢の限界だし、単純に葉先輩を殴りたいし、口を割らせるってのは口実とでも思って」


(兄ちゃんは人形を辞めきれない。命令されない限り他人を助けないのが人形なんだから。葉先輩のことも助けなかった。大人しく身を引くことしかできないに決まってる。)そう思っていた夜曜は、思いもしない返答に面を食らう。


「もう、充分殴っただろう! 潤葉先輩を、夜音様の命の恩人として敬っていた気持ちを、忘れたのか」


 すうっと夜曜の瞳が澄んで、代わりに表情が曇る。

「……僕の兄ちゃんと勝手に恋人になった時点で、その恩は相殺されたの」


 くぐもった声で「まあ」と潤葉が呟いた。朝曜は夜曜を止める方法を必死に考える。

「そう、それなら代わりに、私が潤葉先輩を吐かせるから。とりあえず手を離せ」


 夜曜が、きょとんとした顔で確認する。

「どーやって?」

 目を泳がせたかと思えば、朝曜は自信なさげに拳を掲げた。

「こ、拳で?」

 半眼になった夜曜が、呆れたような声を上げる。

「えー? これ以上の暴力は無駄だよー」


 潤葉が堪えきれずに「ふっ」と吹き出す。(無抵抗を良いことに、好き勝手に殴り続けましたよね。ストレス発散サンドバックにしておいて、どの口が言ってるんでしょう。ですが、ここで折れる訳にはいきません。朝曜に恩を植え付けるのには、うってこいですからね。)


「お構いなく。何をされてもお答えしませんから」


 腫れた瞼、流血する鼻、痣の浮かぶ頬。左半分の顔面は、痛々しいほどに傷だらけだった。


(そんなに拷問されるなら、もう言ってくれて構わなかった。けれど、まだ私の望みを叶えようとしてくれているんだ。そんな潤葉先輩を、私が口止めしているのに、吐かせるために拷問する。正気の沙汰ではないけれど、他に方法が思いつかない。私は殴るフリでもすればいいんだ。とにかく潤葉先輩を守りたい。)


「兄ちゃんの手汚したくないから却下ー。もう、しかたないなあ、別の方法を考えたげる」


 夜曜は手を引いて席に戻った。予想外の従順さに、潤葉は拍子抜けする。(勿体ない。もっと私を不憫にしてくれても良いのですけれど。もう充分なんでしょうか。)


 朝曜は一旦胸を撫で下ろしつつ、彼が考える別の方法とやらを警戒して、二人の間に立つ。潤葉は十数回殴られた左頬に手をやり、傷の具合を確かめる。引きずって片手一面に血がついた。流血源を確認した潤葉は、その手を再び傷口に当てて、目を伏せた。


(蕾花力による治癒の方法、治し方のコツを忘れてしまいましたね。近頃は暴力と無縁でしたし、随分久しぶりに傷ができた気がします。こんなに生易しいものでしたっけ。これくらいなら、いくらでも耐えられたでしょうけれど。)


 妙案をひらめいた夜曜が、パチンと指を鳴らして潤葉を指さした。

「そーだ、先輩にキスしよう!」

次回予告「兄弟の決着」

これまた4月の更新分とは別に、恐らく来週中には続きを投稿します。さっさと兄弟の話を終わらせよう、本筋に戻ろうと奮闘中なんです。百合を待つ読者様のために頑張りますので、応援よろしくおねがいします。

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