3話
2026.4.2 加筆修正しました。最後の方に大幅な変更点があります!
まだ3月です。前回、残り1話で片付くと宣言しましたが無理でした。申し訳ありません。まだ2話くらい続きそうで頭を抱えています。(長らくお待たせした上に推敲があまりできておらず、申し訳ないです。後日加筆修正します。)
それはさておき、大変お待たせいたしました。BL続きですが、最後まで読んで頂けたら幸いです。
※BLの性的描写がごさまいます。苦手な方は読まれませんよう、ご自衛下さい
「不用心ですねえ。こんな夜更けに鍵も閉めてなーいなんて。あれ、でもあっちは閉まってて、こっちが空いて。なあんだ、結局不用心ですねえ」
二人から向かって左側の部屋、夜曜部屋の玄関から面白がるような声が聞こえた。
「ってそれは、もおいいや。うんん、棚が邪魔してるのか、人が見当たりませんね」
人影を誰と判別した夜曜は、朝曜へ視線を戻した。夜曜の眼中に第三者は存在していない。朝曜への上書きを果たしたい一心の欲望だけが、瞳に渦を巻いていた。朝曜は視力の弱い左目を必死に凝らして、床沿いに玄関を見続ける。それを夜曜は阻止するが如く気道の圧迫を強め、遂に朝曜は気を失った。
人影は兄弟のいるダイニングへ、近づいて行く。
「移動しちゃいます。お邪魔します、勝手に進みます」
まるでカウントダウン。聴かせるように声を響かせながら一歩、また一歩と、歩みに合わせて床が軋む。
「そうだった。用件、用件は騒音の苦情。苦情をもーしに来ました」
人影は、ついに棚を過ぎてダイニングに顔を覗かせた。
「騒音そーおん、何事ですか」
重なりあった二人を視界にいれた人影は、大袈裟なリアクションをみせる。その叫び声によって、朝曜は意識を取り戻した。
「およよ、よよっ、大惨事!」
一歩引いたかと思えば、その場で回り始める。
「状況、理解、不能」
朝曜は朦朧とした意識の中で、自身の状況把握に努める。まず、体の制御を試みて落胆する。
(駄目だ動かない。酸欠と乖離とで、自分の体ではなくなったような感覚だ。ついでに一線も越えそうだ……冗談じゃない。)
次に、回る人影を視界の端に写して落胆する。
(音曜先輩か、言葉遣いが変な点を除けば普通の人形。人間の指示以外で他人を助けることはない……詰んだ。)
夜曜は朝曜の体を更に引き寄せて、口までもを重ねた。鼻にヘアオイルが強く香る。朝曜にとって、蜂蜜の香りがもたらす感情は恐怖に決まりつつある。自分と同じ香りだが違う、執拗な残り香。朝曜が本能的に悟る。
『この香りは脳を溶かし、自身を骨抜きにする毒だ』
(その前に決めよう。お互い様と思って、やるしかない。すまない、夜曜。)
朝曜は侵入の痛みに耐えながら、心の中で先に謝罪を済ませた。うなだれる体に力をこめ、指先まで痺れる腕を根性で持ち上げた。そのまま夜曜の両耳へ手を伸ばし、勢いをつけて叩く。パンっと乾いた音が響くと、夜曜は朝曜の口を解放した。回転を辞めた音曜が「ままっ」と呟いて首を傾げる。
「暴力を確認しました。手に負えません。朝顔家人形の総責任者、潤葉さんを呼びます」
機械的に言葉を吐いた音曜は、くるりと身を翻す。耳を抑えたポーズのまま倒れ込んできた夜曜を抱き止めながら、音曜を引き留める。
「い、まっ待って、ください、音曜先輩。潤葉先輩は今、夜音様の看病をしています。手を|煩わせるわけにはいきません」
振り向いて朝曜を見つめた音曜は、しばらくの沈黙を挟んで返事をした。
「そおですか。では今は音曜が手を尽くします。朝曜、事情を話して下さい」
朝曜は夜曜を胸に抱いたまま上体を起こす。
「大したことはありません。兄弟喧嘩です」
目線を合わせるように、しゃがんだ音曜が再び首を傾げた。
「兄弟喧嘩? 兄弟は知っています。喧嘩、喧嘩で服が、そんな風に。脱げますか」
すっと指を向けられようと、朝曜は焦らなかった。
「はい。脱げてしまいました」
「そおですか、兄弟の喧嘩は激しんですね」
指差す先が変わろうとも、朝曜は動じなかった。
「半裸になって下半身がくっつくのも喧嘩、ですか」
「はい。私達兄弟では、この様に喧嘩します」
「そおなんですか?」「はい」
限界まで見開らかれた彼の丸い眼に、どれだけ見詰められようとも朝曜は平静を貫く。空色の瞳を閉じて、先に諦めたのは音曜だった。
「うんんー、音曜は椋曜と喧嘩をしたことがないので理解できません。お手上げです、やはり潤葉先輩に報告だけしときましょう」
「それが良いです。私からも明日、事情を潤葉先輩にお話しします。音曜先輩には後日改めて、お詫びを入れます」
「そおですか、そおしてください」
話をまとめて音曜が部屋を去った後、朝曜は慎重に夜曜を退かした。退かして判明したことだが、夜曜が終始、微動だにしなかったのは気絶していたせいだった。(気絶する程とは、この子の鼓膜は無事だろうか。)と心配する反面、朝曜には最早それが相対的な救いとまで思えてきてしまったのである。
翌日、兄弟は顔を合わすことなく、それぞれの仕事へ向かった。朝音の元、夜音の元。行き先は違えど目的は同じ。予定通りならば直ぐに顔を合わせることになるだろう。ところが、夜曜は事前に呼び出しをされているらしく夜音の部屋には居なかった。
気まずい空気に遭遇しなくて済んだと、朝曜は胸を撫で下ろす。朝音を夜音の部屋へ送り届けた後、追い出される形で部屋の外へ。潤葉に従えという彼女の指示を守ることにした朝曜は、同じく部屋を追い出された潤葉と共に歩き始めた。
「夜曜を執務室で待たせているんです、時間が惜しいので急ぎましょう」
頷いて追従した朝曜が、思い出したように立ち止まる。潤葉も併せて止まり様子を伺う。
「潤葉先輩、私、誰にも言わない約束を破って、あの子に明かしてしまいました。申し訳ありません」
「お気になさらず。約束の期間は終わったのですから、君は約束を反故にしたことにはなりませんよ」
項垂れる朝曜に歩み寄り、優しく頬を撫でる潤葉。
「しかし、言ってしまったのは事実です。それだけは謝罪させてください」
朝曜の罪悪感を晴らすために、渋々謝罪を受け取る。
「……分かりました、赦します」
(朝曜が謝る必要はありませんけれど、謝罪で満足するのなら受け取るほかありません。夜曜に酷く脅されでもしなければ、朝曜は言わないはずでしょう。後で事情を聴くとはいえ、察してしまいますね。)
「それから……今回のことは自業自得で、兄弟喧嘩の範疇を超えているとは思っていません」
「音曜の話では暴力が確認されたと」報告された事実を並べようと口を開いたものの、朝曜に遮られる。
「それでも私は、あの子を憎んでいませんし、何があっても赦します。だから、罰を与えないでください。事情は納得して頂けるまで説明しますので、どうか、私から奪わないでください」
朝曜にしては珍しい饒舌さで畳み掛けられ、潤葉は額に手をあてた。
(おっと、正確な状況が掴めなくなりましたね。朝曜は被害者のはずですが、何故彼を庇い立てるのか。焦る必要はありません。朝曜の宣言通り、納得できるまで事情を聞かせてもらうことにしましょう。後ほど、時間の許す限り。)
「安心してください。その程度の配慮は当然ですよ。私は君たちを愛していますから」
「あ、ありがとうございます」
律儀に礼をする朝曜の肩を軽く叩き、顔を上げるように示す。
(信頼されていないのか。彼がまだ人形で、信頼を知らないだけか。どちらなんでしょう、どちらだったとしても、さみしいことに変わりはありませんけれど。)
「三年間、恋人だったというのに全く、他人行儀ですね」
やれやれと大げさな身振りをして、潤葉は歩き出した。朝曜は小走りに潤葉を追う。
「申し訳ありません。良くしてもらったことには感謝しています」
「ふふ、そう言って貰えるのは、嬉しいですね」
朝曜が意を固めたような瞳で、まっすぐに潤葉を見つめた。
「あの事も深い傷にならずに済んだのは、先輩のご助力の賜物です」
「ああ、なるほど。彼に、それを知られたくないと?」
途端に、朝曜の歯切れが悪くなる。
「望めると言うのなら、あの子に知られたくない、です」
潤葉は保険を掛けるべく、あえて厳しいことを言う。
「難しいと思いますよ。私達が恋人になった経緯を説明しなければ、夜曜は納得しないでしょう」
予想通りの返事に、朝曜は用意していた答えを投げる。
「はい。無理にとは言いません、覚悟はしておきます」
望み通りにならない可能性が高いことを承知の上で、自身の気持ちを吐いたのだ。
潤葉は両目を伏せると、意味深長な笑みを浮かべる。
「ええ、そうして下さい」
『私もなるべく口を慎むようにします』
その後、面々はウルガの執務室に集合した。潤葉を頂点とした机の左右に夜曜と朝曜とが、それぞれ座る。顔を上げる者はおらず、吐息さえも許さないような空気に項垂れている。そんな中、潤葉が手を叩いて宣言した。
「さて、事情聴取を始めましょう。昨晩の出来事を、いちから説明して下さい」
先に口を開いたのは朝曜だった。淡々と昨晩の出来事を語る彼は、その身に起きたことを、まるで他人事のように話す。
(一晩中あれこれ考えて、気持ちの区切りはつけた。そのおかげか思っていたより冷静に説明できたはずだ。他人事のような感覚になるまで、反芻したのだから当然か。)
出来事から感情の色をひとつずつ抜くという、単純な作業で他人事にする。人形にとって、その作業は十八番だった。潤葉は黙って話を聞き終えると、夜曜に振った。
「ということですが夜曜、なにか弁明はありますか」
「ありません」夜曜は即答すると、再び黙り込んだ。審判を待つ沈黙に耐えかねた朝曜が、代わりに弁明をする。
「潤葉先輩、先程も言った通り、ただの兄弟喧嘩です。近隣に騒音の迷惑をかけたことは事実なので、その点においては処罰を受けますが、それ以上の罰は望んでいません」
夜曜は変わらず、体の前で手を握って物のように静かに座っている。潤葉が眉間に手をあてて呆れながらも、発言を促す。
「朝曜の望みは承知しました。夜曜はどうですか」
すると夜曜は俯いたまま、ゆっくりと口を開いた。「兄ちゃん、は」と言い渋りつつ続ける。
「彼は嘘を吐いています。喧嘩なんかじゃない、僕が一方的に彼を襲いました」
朝曜が口を挟もうとしたのを、潤葉が阻止する。
「それでは朝曜の話と噛み合いませんね。あなたが嘘と思う部分を、訂正して話しなさい」
そうして夜曜の視点で語られた話は、朝曜が受けた暴行より過激さを増していた。彼の話が終わるまでに、朝曜は訂正を入れたい衝動を何度抑えたことか。
「なるほど、ますます辻褄が合わなくなりましたね」
潤葉は困り果てて眉根を寄せながら、何度も顎を擦った。その隣から離席した朝曜は、夜曜の前に膝をついた。はっとした夜曜が、視線を合わせまいと目を瞑る。夜曜が握る拳が震えていた。朝曜は、その拳に手を重ねる。
「君、なんで事実を歪めて話すんだ? 君は私にそんなことしていない」
「したよ、これくらい酷いことをしたと思ってる」
「君は私の反撃で気を失ったろう。最後までなんて、していない」
朝曜の手から逃れた夜曜の手は、自身の首へと伸ばされた。首に爪を立てながら、夜曜は薄く目を開く。
「するつもりでやったから、同じことだよ」
「それこそ嘘だ」と言い切った朝曜が、夜曜の首を握っている彼の手を掴む。
「君は私に抵抗の隙を与えたし、施錠していなかったのも第三者の介入を望んでいたから、そうだろう」
「違う!」鋭い否定の後、消え入るような声が付け足される。
「……違うもん。兄ちゃんが上手なだけで、鍵だって閉め忘れただけ」
夜曜の掴まれていない片方の手が、吸い寄せられるように自身の首に掛かる。首の皮が握られて、じわじわと白んでいく。それを見た朝曜は、その手を掴んで辞めさせる。
「どうして否定するんだ。私たちに力量差なんてないだろう。君の周到さは、兄として過ごした間に良く知った」
「違う、違うの」力なく首を振って否定する。
「私の全てを把握しようとするくせに、私が知ろうとするのは許さない。一定以上踏み込むことを許さな──」
「そうだよ許さない! だから」
「二人とも落ち着いて下さい」
直情をぶつけ合う兄弟を、一人冷静な潤葉が引き離しにかかる。しかし固く掴みあった兄弟の手は、ほどけなかった。
(意固地で粘着質な君の本心が分かるのなら、拒まれても拒まれても、踏み込んでやる。こちらも意固地に、粘着質になればいいんだ。今、決めた。)
「もう庇わないでよ、惨めになるじゃんか!」
「私は君の、兄として存在していたいんだ!」
夜曜が弾かれたように顔を上げた。彼の反応に構わず、朝曜は思いの丈を伝えきる。
「兄として頼ってほしい。君のためにできることは、なんでもするから」
「なんでも、って」
夜曜の胸に欲望が込み上げる。昔に空いた大きな穴、蓋を載せて塞いだ穴。そこから沸き上がる欲は、夜曜の永遠の望みだ。
『僕に、もう一度、一番を頂戴』
夜曜は突然、ぐっと衝動を抑えるように歯を噛んだ。ぎりりと噛み締めたかと思えば、赤らんだ瞳で睨みをきかせる。
「兄じゃなくていい! ただ、ようちゃんが生きてるならいいの!」
潤葉が目を見開き、焦りを露にして「馬鹿っ」と叫ぶ。夜曜は口を閉ざさなかった。
「それだけでいいから、それ以外もう望まないからっ」
朝曜が夜曜の手を離して一歩後ずさった。胸と頭を押さえている。そんな彼から目を逸らさず、夜曜は続けた。
「僕のために、ようちゃんができることは」
(あの頃みたいに、ずっと僕の側にいて。また朝日みたいに笑って僕を照らして、二度と離れないでよ。独りぼっち、暗いの、もう嫌なの。)
後戻りできないと知りつつ言いきる。溜まった願いを吐き出すように、灯った望みを消すために。
息を吹きかける。
「──何も、ないよ」
4月分の新話投稿分とは別で、4月初週中に続きを投稿します。文字量の都合で分割したものになります。BLに決着をつけて、しっかりと本筋に戻る為に、あと少しだけ時間をください。
(清書作業の進み具合によって投稿が早まる場合があります。悩んでいないので、これ以上遅くなることはないと思います。頑張ります。)




