7話 終わりと始まり
伊能ビルの中はきれいにされている。
床はきれいに磨かれ、壁にシミ一つない。
観葉植物にホコリは一つもついていない。
入ると、まず、右側に管理人さんのブースがある。
会釈して、通る。
壁、床は白を基調にしている。
さらに、進むとエレベーターが三台、並んで設置されている。
二台は別のところにいたが、一台、一階に留まっていたので、スムーズにいけた。
エレベーターの性能は大変、良さそうだ。あっと言う間に、七階に着いてしまった。
七階はすべて、新たなる闇の貸切スペースらしい。
(律、ここからは出来るだけ、しゃべりかけないでくれ、集中するから)
(いいですよー)
(ありがとう)
このビルでは、新たなる闇はニューナイトという風に名乗っていた。
しかし、本当にここで、あっているのか?
新たなる闇じゃなければ、ただの赤っ恥だ。
明音は遠慮なく、ニューナイト、と書かれたドアを三回ノックして、「すいません」と中に声をかけた。
「ああ、はいはい! 今でます!」
中から元気のいい、男性の声が聞こえた。
向こうの人が、ドアを開け、僕と明音を交互に見た。
「黒霧明音さんと、弓木紀彦君ですね? どうぞ、中へお入りください」
「ええ、よろしく。あなたが、弓木紀文でいいのかしら?」
「ええ、そうです。私が、新たなる闇、代表、弓木紀文です」
身長、たけえ。
一九〇センチ近くあるんじゃないか?
それに劣らず体格もよく、髪も短い。顔は真っ黒に日焼けし、歯は真っ白。ザ・スポーツマンだ。
魔術師なんだろうけど。
一七〇を少し越えた痩せぎみの僕ではとても対抗出来ない、部分だ。
まして、明音は、女子の平均身長より、少し高いぐらいだからか、完全に見下ろされている。
「応接室があるので、そちらにー」
そう言って歩きだした、弓木紀文に二人とも、着いていく。
オフィスを突っ切り、部屋に通される。
ほぼ、全員がこっちを、厳密には明音の方を見ていた。
応接室は完全に個室となっていて、若干狭くも感じる。
防音仕様なのか、壁は厚そう。
窓はなし。
出入り口はさっき入ったドアだけ。
換気扇、あり。
全面、白い壁。ちょっと趣味が悪い気がする。
僕と明音は並んで座り、弓木紀文は机の向こう側に一人で座った。
この部屋には、現在、僕、明音、弓木紀文のみ。
やはり、不安だ。
明音はヒートアップしやすい。
それを抑えて、この会談を終始、明音が冷静なままで終えられるかどうか。
明音は座ると、腕を組み、胸を張り、気合い十分だ。
「さて、単刀直入に聞きましょうか。今回の件、どのように説明するつもりなのかしら?」
すると、弓木紀文は微笑し、答えた。
「今回の件、ですか。いや、我々もいろいろと取り扱っているので、どれが、今回の件なのか」
かなり煽ってくるな。
その煽りを受けた明音は怒りをぶちまけるように、一気にまくしたてた。
「今回の件とは、そちらに所属する、川屋、中野を現在、我々が違法薬物流用罪で拘束していることです。黒霧家としては、この二人にではなく、二人が所属する、新たなる闇に問題がある、という見解です。何か反論は?」
弓木紀文は全く動揺を見せない。
腕を組み、足を組み、顔を傾げてうーーん、とうねり声をあげると、一言、
「その事ですかー、何も知りませんね」
そう答えた。
確かに、ここで、新たなる闇が関与を認めれば、黒霧家はこの
組織を潰す口実が得られる。
それは、新たなる闇の崩壊を意味する。
そのため、はぐらかしにくることは想定内だ。
だから、ここからは明音が冷静さを保てるかが勝負。
「知らないとは、何をですか?」
「我々は組織のメンバーに、基本的に自由を与えています。もし何か、メンバーがしたいことがあれば、我々はそれを手伝う。協力する。それだけです。よって、川屋君、中野君の行動は彼ら自身の責任です」
「あなたが、命令したわけではないと言いたいのですか?」
明音は相変わらず腕を組んだ姿勢を保ち、弓木紀文を睨みつけている。
「そのとおりです」
弓木紀文は笑顔でそう答えた。
さも、誤解が解けて、良かった良かった。とでも、言うように。
本当なら、ただ、俺たちとあいつら二人は無関係だといってるにすぎない。
しかし、嘘なら、この発言は川屋と中野を切り捨てたってことじゃないか? 新たなる闇のメンバーはこんなに簡単に切り捨てられるものなのか?
「へえ、そうなんですか。彼はとても、あなたを信奉していたようでしたが?」
明音の言葉は冷たく、弓木紀文を追い詰めようとする。
「そんなことを言っていましたか? いやあ、照れますね」
そう言って、弓木紀文は本当に恥ずかしそうに頬をかいた。
目の前の男を、明音は捉えきれていない。
どこか、掴めない。
「では、彼らが、被害者に、魔術用鎮静剤だと言って渡した薬品に関しては知っていますか?」
明音は話題を変え、なんとかして、弓木紀文を捉えようとしている。
「ええ、それについては知っていますよ」
なに? 知ってる?
さっきと同様、のらりくらりと、かわしてくると思っていたのだが。
「彼らが、今度の実験で、どうしても必要だと言うので、しかるべき、安心できる機関から、手に入れましたよ。いやあ、苦労しました。何度、お願いしに行ったことやら」
「何に使うのか、聞いていましたか? これは監督責任ですよ」
ニコニコと話す男に対し、明音は強く迫る。
今度こそは。
「ええ、猫の治療でしょう? それぐらい、知っていますよ」
は?
あれが、治療?
いくら何でもそれはないだろ。
「あれが、治療、ですか?」
あれを治療と呼ぶなら、いたいいたい飛んでいけの方がよっぽどましだ。
「ええ、おそらく、その猫もあなた方が押収したんでしょう? まったく、横暴だなあ。手柄を奪おうとするなんて」
まずい、ここ二、三回のやりとり、確実に明音の逆鱗に触れようとしている。
この相手に対して、冷静さを欠くのはまずい。
この部屋のどこに、カメラ、盗聴器がしかけてあるか分からないのだ。
下手なことを言えば、こっちが危険だ。
今も、明音がじっと我慢しているのが、わかる。
「あなた方の治療が、不安定で、極めて危険なものだと、判断して、こちらで治療しているんですよ」
明音の声が荒くなっている。
相手への煽りをいれて、なんとか、しようとしているのは分かるが、相手が悪いか。
「ふーっ、ものは言いようだな、黒霧家のお嬢ちゃん? あんたの黒霧家の中での立ち位置、その方がよっぽど不安定さ。とにかく結果が欲しいからって、奪い取っちゃだめでしょ」
言い方がガラッと変わった。
より煽りをいれて、明音の怒りに火をつけるつもりだ。
まずい。ここで、明音が答えれば、間違いなく、言い争いになる。
「あ、あのねえ!」
明音の口を手で押さえ、耳元で「少し任せてくれ」と呟く。
明音はふっと息を吐いて椅子にもたれかかった。
さて、時間稼ぎだ。
「では、あなた方は最初から、了承を得て、あの猫を回収するつもりだったってことですか?」
角前さんは少なくともそんなこと、言ってなかった。
「ん? ああ、紀彦君。いいや? 了承は得てなかった、暴走とかしたら、こっちで預かるつもりだ。とは聞いていたけどね」
なるほど、確かに暴走したから、きちんとした施設で、治療しよう、というのは間違いではない。でも、
「ここのほかに、新たなる闇が使用できる、しっかりした、魔術施設があるってことですか?」
魔術の実験、治療にはやはり、膨大な金と、土地が必要だ。
金で、機材を揃える。土地で、他の魔術師や一般人に見られない、安全な施設をつくる。
「まさか、ここなわけないだろう? 教えられないけど、あるよ。本当に、ね」
「ははは、そうですよね」
「違う」
明音?
「今の新たなる闇の基地はここだけよ。これも、川屋や中野からばれたこと」
「なに!?」
弓木紀文の顔に焦りが見える。どうやら本当のようだ。
「ばれないように細々とやってきた魔術結社ぐらいで、魔術施設を持てるわけないでしょう?」
言われてみれば、その通りだ。
これで、形勢逆転だ。間違いなけ、明音は心理的に有利になった。
「ふ、た、確かに持ってはいない。しかし、借りているんだ。持っているのと、貸切みたいなもんだから、ほぼ同じことさ!」
墓穴を掘ったな。
「借りている? どこから! 今回のような、薬品を創っているのに関与していると分かれば、ただではすみませんからね!」
その後、弓木紀文は哀れだった。
魔術施設をどこから借りているかは、本当に言えない。死んでも言えない。いや、死ぬ方がましなぐらいだ。そう言い続けた。
明音を呆れ、「今回は、ここで終わりにしましょう」明音は落ち着いて言った。
その後は、何事もなく、オフィスを抜け、ビルを出て、車に乗り込み、家に帰った。そう、何もなかったはずだった。
家に帰ってから、食事をし終わって、一休みしていた。
その時。スマホが鳴った。
「松島さんからだ」
(ああ、運転手さんですね)
応答ボタンを押し、電話に出る。
「もしもしー、弓木です」
「紀彦君だな!? 大変だ!」
「どうしたんです?」
「お嬢様が誘拐された!」




