8話 明音はどこに
「今、どうなってるんですか!?」
松島さんの車の助手席に乗り込みながら聞く。
「お嬢様をさらった車は現在移動中だ。おそらく湾岸エリアを目指しているはず」
松島さんはかなり汗をかいているようだ。
僕が乗ると松島さんは一気にアクセルを踏み込み、加速した。
夜の町を車が駆け抜けていく。
「そもそも、夕方、仕事に行くときに、お嬢様が最初に乗った車が、間違っていたんだ!」
松島さんの声からは焦りが伝わる。
「つまり、僕らは松島さんではない人が運転していた車に乗っていたってことですか?」
「そうだよ!」
ハンドルを切りながら松島さんはほぼ叫んでいる。
「行きの車も、帰りの車も僕じゃなかった! いつの間にかお嬢様は仕事に行ってしまったし! その後も、ずっと追いかけていたんだが、君が降りてからだ。突然方向が、屋敷から変わったんだ! 十中八九、やつらだ。新たなる闇だ」
まさか。
「僕が降りた後に? 明音はさらわれた?」
「そう考えられる。何らかの方法で意識を奪われた可能性は大きい!」
「なるほど、で、どうですか? 距離は詰められそうですか?」
松島さんが使える魔術は位置探査。対象の魔力の位置を把握できる。
これで、松島さんは明音の位置を特定できる。
だが、松島さんじゃ他の魔術をほとんど使えない。この魔術だけで、明音の専属ドライバーになった変わり種だ。
「駄目だ。ほとんど詰まっていない! やつら、止まる気配がない!」
かなり飛ばしているのが分かる。
ときどき、他の車を抜き去るが、そのスピードが明らかに違う。いつもは法定速度を遵守する、ドライバーの鑑のようだが、今はもはやレーサーのようだ。
十字の交差点に差しかかったところ、松島さんは赤信号を無視していく!
左からライトの光が差し込んできた。まずい!
「松島さん! 左! 左から!」
「おう!」
ぶつかる!
事故なんてしたら、追うどころじゃない!
そう思っていると松島さんはさらにアクセルを踏み込んだ。
スピードはさらに加速した。
踏んだその瞬間に。
メーターは振り切れた。
何も、当たらなかった。
「そんなすぐに加速できるわけ」
「ないこともない。この車ならね。僕がいろいろと改造したからね、最速時速三〇〇キロ、瞬間的に加速だってこの通りだ。伊達にお嬢様の専属ドライバーではないよ」
「でもこれができるなら、ずっとやっておけば、」
「この車が耐えられないかな。耐久性はそこまできにしてなかったし。あとせいぜい、五回ぐらいだね、この加速ができるのは」
「追いつけますかね?」
「追いついて、取り返せなきゃ、俺たちの首が飛ぶよ! 比喩じゃなくて本当に! 俺も弓木君やお嬢様と同じで本家からあまりよく思われていないからね!」
「あの家ならやるでしょうね、間違いなく」
邪魔者は迷わず排除、があの家の常識だ。
「向こうの車が、止まってくれることを願うばかりですよ!」
「俺も! ふふふ、そう言ってるそばから止まってくれたぞ。湾岸エリアAー50だ!」
「おお! どれぐらいで着くんですか?」
「早ければ三〇分! 止まって何をするのか分からんから、間に合うかも分からん! 分かるか!」
「僕も敵が止まって明音に何ををするのか分かりませんよ! 間違いなく、良いことではないでしょうけど!」
「だな! 頑張って三〇分切りを目指すとしよう!」
松島さんはアクセルを踏み込んだ。
「出し惜しみはなしだ! 飛ばしていくぜ!」
しかし、やつらの狙いは何だ? さっぱり分からん。
人質にとるにしては、明音は黒霧家の中で重要視されていない。人質にしては不十分だ。
もしくは弓木紀文が逆上したか。だとしたら、行きの車から、紛れ込むのはおかしい。
黒霧 明音、本人に、用がある可能性。これはありえる。明音の魔術に関する才能は素晴らしいものだ。
例えば、明音の精神を支配するとか、、、。
難易度はかなり高いが、できれば、明音を操ることができる。
この説が個人的に一番有力だと思う。
気づくと、橋を渡っている。
「いや、やつら、向こうの人工島にいるようなんだよねー」
このあたりは、よく、埋め立て工事が行われており、人工島がいくつも点在する。
「この橋以外に向こうの人工島に渡る方法ってありますか?」
「うーーん。他の島への橋もあるから、迂回すれば、いけるんじゃないかな?」
なるほど、なら、この橋を爆破されて、逃げ道を失う何てことはそうそうないな。
「まあ、やつらの本気度が、試されるけどね、そこまでいくと」
「ですね。かなり、リスクがありますし」
「さあて、渡りきったぞ! そろそろ目的地だ!」
そう松島さんが言い切ったまさにそのとき。
後ろで閃光とともに、大きなドーンという低い音が響いた。
「は!?」
「どうなってるんだ? 俺は運転で後ろ向けないけど!」
「橋が爆破されてます! 橋のど真ん中で! 間違いなく帰りは使えないです!」
「やつら、そんなに本気なのか? ここまでくると、お嬢様だけではない気がするな! 弓木君とか!」
「明音一人でも、かなり、重要だと思いますけどね」
「まあ、他の二つの橋が爆破されたと決まったわけじゃないから、ね。ポジティブにいこうよ」
「それは楽観であってポジティブではないですよ」
松島さんは「そうだね」と言い、ふふふ、と笑った。
されから、五分後。
かなり、明音の近くまで来た。
「ここからは自分が歩いて行きます。松島さんはどうします?」
「この車の護衛かな。いざとなったら、この島を逃げ回るから、逃げるときになったら、お嬢様からテレパシーを俺に送ってくれよ」
「わかりました。なんか、護身用の武器とかいります?」
「持参してるから、ご心配なく」
そう言うと、松島さんはスーツの裏ポケットから、拳銃を覗かせて、笑った。
周りはコンテナだらけ、死角も多く、月の明かりが届かない部分も多い。
「ここを、直進って言ってたよなあ。となると、あの倉庫に突き当たるんだけどなー」
(そこに明音ちゃんがいるんですか?)
(律、起きてたのか、さっきまで寝ていたのかと)
(いや、松島さんの運転が怖くて、とても、見ていられませんでしたよ)
あー。なるほど、確かに。
(まあ、松島さんが言うんだし、間違いないだろ)
(そういうもんですか)
倉庫の目の前までくると、人の声が聞こえる。
「もう、来たのか、早いな」
目の前のドアが開き、中肉中背の男は軽やかに現れた。
「もう、少し、遅いと、思ったのだが。予想外だ」
(松島さんの車の超加速については知らないみたいですね)
「黒霧 明音はいるか」
「いる。この倉庫に」
男は倉庫の壁にもたれかかった。
「自己紹介、と、いこうか。俺は、橘。所属は、新たなる闇」
「弓木 紀彦だ。黒霧家の所属。さっそくだが、黒霧 明音は返してもらおう」
「それは、ノー、だ。こちらにも、事情が、あるので、ね」
「そうか、じゃあ実力行使だ」
取り出したのは、新調した、刃渡り三〇センチナイフ。ダガーというらしい。
「へー。物騒なもの、持っている、ね」
「川屋と同じセリフだぞ、それ。感性がみんな、統一されてんのか?」
「まさか! 川屋と、一緒なのは、ちょっと、しゃくだね」
そういうと、橘はポケットから、砂を取り出した。
「あんなやつより、俺は、確実に強いよ」
「へー。そうなのか」
「そうなんだよ」
橘は砂を投げた。
いや、こっちまで届かない。風もないし。
そう思っていたが、砂はどんどん近づいてくる。
(嘘だろ!?)
砂に巻き込まれると当然、目に砂がはいる。それは避けたい。
すでに砂塵で、橘の姿は見えないが、足音がきこえないところ、動いてはいないだろう。
ならば、拳銃で、予測して撃てる。
ナイフを左手に持ち替え、拳銃を右手で構える。
「後ろの、倉庫は、壁が、薄いから、拳銃の弾、なら、貫通、しちゃう、と、思うよ」
なぜ、分かった?
いや、それよりも、橘の発言はデマか? それとも本当か?
分からない。
だが、もし、本当なら、ここで撃って、外して、倉庫の壁を貫通すれば、明音に当たる可能性がある。
撃てない。
橘を倒して、一気に解決できなくなった以上、この砂塵をかわさないと。
まわりを見渡した。が、砂塵だらけだ。
右、左。
気がつかなかった。
となると、砂塵から逃げるには、後ろだ。
「攻撃、開始、させてもらうよ?」
は?
ヒュンという音、そして、ぐちゅりと肉にめり込む音、左の太ももからの強烈な痛み。
拳銃で撃たれたような、でも、まったく音がしなかった。
「う、ぐっ」
くそ、避けよるにも、視界が悪くて、反応できない!
「次は、右太もも、を狙うよ?」
ヒュン!
来る!
砂の中に影が見えた。
右太ももを動かして、避けようとした、そのときだった。
ぐちゅり。そして、さっき味わった、強烈な痛み。
「ぐ、あああ!」
(まずい、反撃しねぇと!)
このまま、砂の中でなぶり殺しにされるのかよ!
ふざけるな。
何かあるはずだ。
何か、弱点が。




