12話 狂気か、正気か
玄関から、町に出ると、そこではあちらこちらで火の手があがり、人の、わめき声も聞こえる。
人の流れは、スムーズだ。
屋敷に逃げ込む人は道を通る。
屋敷から、外に打って出る人は屋根に登り、曲芸師のように、軽やかに走り跳んでいく。
しかし、僕は屋根に登れないし、登ってからどうすればいいのか分からない。
仕方ない。比較的人の少ない脇道から、主戦場に向かうか。
しかし、弓木 紀文はどこだ?
手がかりがない。
とりあえず、戦闘が激しい所に行けば見つかるのか?
分からない。
脇道は街頭が一切無いので、ほとんど目が使えない。
(またか! 嫌だなあ)
(何してるんですか!?)
心の中から自分のものではない、声が聞こえてくる。
(律か、すっかり忘れていたな)
(忘れないでください! それより何してるんですか!?)
ああ、さっきの話、聞けなかったのか。
(とりあえず、弓木 紀文を殺すんだよ。今は探しているところ)
(明音ちゃんが殺しはダメだって!)
(その明音を、人質に取られている。どうしようもない。命令に従わないと、明音の命が危ない)
(そんな、、、でも! その弓木 紀文を殺せば、今まで苦労してきた明音ちゃんがどう思うか!)
律は食い下がる。
まあ確かにそうだろうな。
(だが、それでもかまわない。明音が無事ならな)
偽善。傲慢。
明音は僕と主従の契約を結んで以降、僕とアナザーが魔術師を殺さないように、細心の注意を払ってきた。
しかし、それが今、崩れようとしている。
明音のため、という理由で。
明音は僕が弓木 紀文を殺して、自分が助かることを望まないだろうが。
しかし、戦争だからではなく、明音を助けるため。
僕にとって初めて、魔術師を殺すことに明確な意味が付いた。
しかも、これで明音の呪いが解けるかもしれないという、オマケ付きだ!
万々歳だ!
この後、もし明音から主従の契約を破棄されてもかまわない。
一度でもいいから、アナザーではなく、弓木 紀彦として全力を出してみたかった。
どんなに楽しいのだろう!
アナザーはせこいやつだ。自分だけ殺すこと、そのものに全力になれる。
目的、意味、理由、そういったしがらみは無く、純粋に殺しを楽しんでいた。
僕は楽しめない。
始めて魔術師を殺したとき。
戦争だという理由で魔術師を殺したあのとき、僕は耐えられなかった。
罪の意識に苛まれた。耳をふさいでも、殺した魔術師から、その家族から、常に僕を糾弾する声が聞こえる。
アナザーは無いのだろうか?
あいつはいつも魔術師を殺した後、楽しそうに僕と交代する。
聞いてみたい。
罪の意識はないのかと。
明確な意味の無い魔術師殺しは楽しいのかと。
まあ、でも。今回はアナザーに出番を譲る気はない。
初めて、これほど生きて、初めて、楽しく魔術師を殺せそうなんだ。
しかし、明音のためだと言って嬉々として、魔術師を殺した僕を見て明音はどう思うだろう!
この僕を見て、深い絶望を味わうだろうか。
その顔を見てみたいな。どんな顔をするんだろう。
呪いが解かれ、元の心を取り戻した明音はどんな表情を見せてくれるのだろう。
泣くだろうか、怒るだろうか、それとも、、、、。
楽しみだ! ただ、ただ、楽しみだ!
希望は無く、絶望しかこの魔術の世界には無いけど今はそれすら美しいと感じる。
この絶望の中、人間として正しい感情のバランスを取り戻した明音はどのように振る舞うのか、それを見てみたい。
笑う。今はもはや、律の声すら聞こえない。
今、まさに、この世界で生きていると思える。
うざったい声は聞こえない。
この体はただ、ただ自分の物だと思える。
散々、他人が勝手に造り変えてきたこの体だが、今、明確な目的を得た今、本当に心からこの体は自分の物だと思える。
ナイフを握り、敵の右の太ももに突き刺す。
肉の感触、飛び散る血、敵のうめき声。
おそらく、これで、こいつは立つこともままならないだろう。
ナイフがもったいない。
突き刺したナイフを引き抜く。
敵がうめき声を、上げる。
時間がもったいない。
とどめをさすのは、弓木 紀文だけだ。
そうだ。こいつに聞いておくか。
「おい、弓木 紀文の居場所、分かるか?」
倒れている男の腕を両膝で抑え、首元にナイフを当てる。
「わ、わからない! 本当だ! ほ、本当に! この戦場にいるのは確かだけど!」
男は必死に弁解していた。
まあ、信じたいところだが。
ナイフで男の左腕を突き刺す。
男は予想外だったのか、驚き、涙を流し、声を上げた。
「ほ、ほん、とうだって、だから、止めてくれ!」
「ああ、悪かったな、疑って」
あいつは本当に知らないんだろう。
これ以上は無駄だと判断した。
こうなったら、虱潰しに戦場を走り回るだけだ。
とにかく、明るいところを目指すか。おそらく、そこが主戦場だろう。
弓木 紀彦の通った脇道は暗くよく見えないが、倒れ、血を流し、動けなくなった、無数の魔術師たちの姿があった。




