11話 従わざるをえない命令
黒霧 明広の屋敷の中は、どこかタイムスリップしたような空間だった。
何人か守衛や、門番がいるが、みんな武具を身につけている。
それも、江戸時代の武士のような。兜に鎧。
屋敷の入り口は門に比べると、小さく、普通のサイズだ。
「この赤松が、明広様のいる、応接間まで、案内しますので、ついてきてください」
「ああ、どうも」
「ありがとうございます」
松島さんはえらく態度が大きい。
明音がいるときはあれほど礼儀正しく、言葉を選んで使っている印象なのだが。
明音がいないと、こんなに言葉遣いが荒くなるものなのか。
しかし、赤松さんについて行くにつれて、どんどん自分がどこにいるのか、分からなくなる。
階段を上り、右に。そして、階段をもう一度上り、右手にある、渡り廊下を渡る。外が小窓から、少し見えた。
(かなり、高い位置にあるんだな)
かすかな、町の明かりでようやく見える限りだが、多霧市全体を見渡せるようになっている。
(支配者って感じだ)
その後も、赤松さんに案内されるまま、上下左右、屋敷の中を歩き回った。
(これも、作戦だな)
もし、僕と松島さんが裏切った場合、この屋敷から出られないように、位置感覚を狂わせるつもりだろう。
「さて、つきました。どうぞ中へ」
「けっ、すぐにつくところを時間かけやがって」
松島さんは赤松さんに聞こえるように、はっきりつぶやいた。
それが、聞こえたのか、赤松さんは松島さんの背中を睨みつけていた。
松島さんはノックもせずに、応接間に入る。
応接間は和室。入って正面は、ガラスの障子から、日本庭園が見える。
おそらく、は中庭だろう。外にはつながっていない。
部屋の真ん中に、テーブルが置かれている。
入り口側に座布団が、二枚、並んで置いてある。
その奥側に、黒霧 明広さんは座っていた。
黒霧 明広さんの後ろには掛け軸がかかっている。
よく分からないが、墨で描かれているのは分かった。
「君は相変わらず失礼だなあ、松島。年を重ねて丸くなろうとは思わないのかい」
黒霧 明広。見た感じは松島さんと同じぐらいの年齢。三〇代だろう。着物、銀縁メガネをかけ、両手を懐に入れ、油断ならない雰囲気が漂う。
「こんなところで、礼儀正しくする必要なんかねえだろ?」
売り言葉に、買い言葉。
松島さんが、やはり、明音がいないからか、いつもと違い、口調が荒々しい。
「まあ、その話は後にしよう。とりあえず、座りたまえ」
座れと言われたら座ろう。
が、ほとんど正座なんてしない現代人の僕にはなかなか、これがしんどい。
「すいません、足を崩していいですか?」
「ああ、かまわないよ、紀彦君」
明広さんはにこやかに答えた。
「ありがとうございます」
じゃあ、遠慮なくあぐらをかかせてもらおう。
「ただし、松島、君は正座だせ? 俺たちの上下関係、分かってるだろ?」
「チッ糞が」
松島さんは正座で座った。
このあたりはややこしいが、松島さんは黒霧家自体に仕えている。今は仕事で、明音の下で働いているが、場合によっては目の前の男の下で働く可能性もあるのだ。
しかし、僕は黒霧家自体には仕えていない。黒霧 明音、個人に仕えている。だから、直接的には目の前の男とつながりはない。だから、別に今回の参集に答えなくても良いのだが、その場合、明音の立場が危うくなる。結果、この男に従わざるをえないというだけ。
「さて、話をしよう。松島、紀彦君」
語りかけ、明広さんは僕と松島さんを、交互に見る。
「新たなる闇のことだ。五日前から戦争は始まっているが、本来は三日間で終わらせるつもりだった」
「予想以上の抵抗ってことか? だらしねえな」
松島さんは正座でも、相変わらず態度を変えない。多少この人が無礼をはたらこうと、明音に責任問題は発生しないから、問題ないのだが。
「割と近いところだけど、はずれだね」
目の前の男はせせら笑った。
「何がはずれなんだ?」
「新たなる闇の後ろには白夢と、灰鮮がついていた。やつら、新たなる闇に武器の供給どころか、土地の提供、魔術師も送りこんでいやがる。最初、この戦争は三日で黒霧が新たなる闇を叩き潰して終わらせるつもりだったが、そうはいかないくなった」
松島さんは驚愕で固まった。
仕方ない。僕が答えるか。
「正式に、宣戦布告されたんですか?」
目の前の男はさっきから顔色一つ変えず、余裕そうな表情だ。
動揺はまったく見えない。
「されたよ。こっちが、気付いた瞬間。まあ、あの戦争は黒霧が若干得をしたからねーー。不満はあっただろうし、これを機に、黒霧家を弱体化させたいんだろう。でも、好都合だ。これは、日本における、黒霧家のさらなる躍進のチャンスと言える」
「躍進、ですか?」
「そうだよ。あの白夢と灰鮮を追い出してやる。この日本から。
そうすれば日本は黒霧家の独壇場だ。日本において、戦争はなくなる」
なるほど、なかなか、高い理想を掲げているようだが、この男自身の目的がチラホラ見える。
「黒霧家の中での、自分の地位を上げるためだろ?」
松島さんが追及する。が、目の前の男は微笑したままだ。
「ふふふ、それも少しはあるけどね。でも、日本においての魔術家の争いをなくしたいという思いも、嘘じゃない。そこは信じろよ、松島」
そろそろ本題にはいるべきか。
「僕を呼び出したのは、どういった理由ですか?」
目の前の男は満足そうに頷いた。
「そうだ。それが本題だ。この泥沼化した、戦争。この戦争は今、黒霧VS新たなる闇、となっている。これを黒霧VS白夢・灰鮮にしたい。今の白夢・灰鮮はいうなら、舞台にはあがらず、客席から、石を投げつけている。そこで、白夢・灰鮮を舞台に上げて、黒霧が潰す。完膚なきまでに潰すには、やっぱり舞台に上げないとな」
「で、新たなる闇をどうするつもりですか?」
「よくぞ、聞いてくれた。今の新たなる闇の実質、残った戦力は弓木 紀文だけだ。この男の殺害。これが、君への指令だ。くれぐれも、手を抜かないでくれよ? こっちとしても、明音ちゃんを傷つけたくないのでね」
目の前の男は表情を変えず微笑したまま恐ろしいことを言う。
「明音が人質だ、とでも言いたいんですか?」
「そうだ。彼女は今、我々が管轄の病院に入院しているのでね。
彼女の命は我々、黒霧家が握っていると考えてもらってかまわない。そのつもりで行動しろよ? 弓木 紀彦君」
日本における、黒霧家のトップの男は、はっきりと、僕と明音を脅迫した。
明音の魔力供給がない、弓木 紀彦は大したことない。しかし、その明音を今は人質に取られている。
悔しいが、逆らえない。
今は、この男の命令に忠実に従うべきだ。
「ええ、分かっています。ですが、僕は弓木 紀文について、情報がほとんどないんですが」
どこにいるのか、が分からなくては、殺害もくそもない。
「そうだね、そこで君には弓木 紀文がいるだろう戦場にその都度赴いてもらう。隣の松島はその足さ。とにかく、数多く戦場に行ってもらって、見つけしだい、その男を殺す」
「面倒ですね。もっと楽な方法はないんですか」
「ないね。弓木 紀文はかなり強く、神出鬼没だ。君に最大限働いてもらうしかない。あと、戦場にいる際はそこの黒霧家の部隊に参入してもらう。だから、そこの部隊の上官の命令は絶対だ。いいね?」
「いいえ、とは言えないんでしょう?」
「その通りだ。よく分かっているな。いいえ、と答えれば明音ちゃんの無事は保証できないね。あと、この命令は目標を殺すまで永久に持続する。明音が意識を取り戻そうと、関係ない。君が命令違反をおこすなら、明音にもそれ相応の罰を与えるので、くれぐれも気をつけろよ?」
先ほどと変わり、一気に威圧的な態度だ。
もはや、隣の松島さんは怒りを通り越していたようだ。
「おい、あんた、そこまでして、何にこだわる?」
「松島、言葉遣いに気を付けろ」
「そこまで、明音お嬢様を苦しめて、何がーー」
そのとき、ふすまが開き、あの武士風の格好の守衛の男が息を切らして部屋に入って来た。
「明広様! 敵襲です!」
黒霧 明広は、目だけを動かし、部屋に入って来た守衛を見ると、冷静に指示を下した。
五分後、指示が終わったのか、守衛は部屋を出て行き、黒霧 明広は俺を見て、ニヤリと笑った。
「今日の襲撃、弓木 紀文がいるようだぞ」
なるほど、働け、任務を遂行しろってことか。
仕方ない。明音のためだ。少々の無理はしなくちゃな。
「そうですか、それではさっそく。ですが、最後に一つ。明音に、かかっている呪いを解いてもらえませんか?」
「本気かい? 呪いを解けば、明音ちゃんは危険な存在として、黒霧家の本家からマークされるだろうし、勧めないな」
ごたくを並べやがって。
「そんなこと、関係ありませんよ。あの呪いは彼女の日常生活にだって支障をきたす。検討ぐらいはしてくださいよ?」
「まあ、君が仕事に成功したらそれぐらい、かまわない。さて、急げよ、目標が帰らないうちにな」
「ええ、もちろん」
ふすまを開けると、赤松さんがそこにはいた。
「玄関まで案内します」
今度は五分もかからず、玄関についた。




