10話 狂い続ければ普通になる
事件から一週間、明音は起きない。
松島さんと、僕に処罰はなかったので、悠々と普通に暮らしていた。
やはり、明音がいないのにはかなり、違和感があるが。
そして、戦争が始まった。
五日前、黒霧家は新たなる闇に対し、宣戦布告した。
魔術の世界での宣戦布告とは、だいたい無関係な人間、一般人などは絶対に巻き込まない、という誓約をたてるものだ。
それに対し新たなる闇は了解した。
この戦争の間は一般人は攻撃しない、と約束したのだ。
そして、黒霧家の攻撃は開始された。
先日訪れた、あのオフィスは新たなる闇のスペースのみが完璧に破壊された。
緻密に練られた計画のおかげだろう。
その計画に明音に仕える人間(僕も含む)は参加していないので実際どのように破壊したのかは分からない。
しかし、この戦争、残るは、残党狩りだけだ、と思っていた。
なんだ、新たなる闇も対したことないな、、、。
そう思っていた。
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僕はその日の放課後、明音からではなく、松島さんに、電話で呼び出された。
「なんです? 明音の意識が戻らないから、当分は休みだって聞いてたんですけど」
高校の正門前、これまでと同じ、真っ黒の車。
松島さんは相変わらずのスーツ姿で、車にもたれかかって、タバコを吸っていた。
僕の質問に対し、口にくわえていたタバコを手に取り、口から煙を吹き出した。
「愚問だね。仕事だよ。俺たちのつながりは、結局のところ仕事仲間でしかない。それ以外に何かあるかい?」
松島さんの目は鋭く僕を視界に捉えた。
「そうですね。ですが一つ質問です」
「何かな?」
「あなたは松島さんですよね?」
松島さんは笑って僕と目を合わせた。
「そうだよ。良い心がけだよ。いや、しかし紀彦君が右手をポケットにいれている、というのはなかなかの恐怖だ」
「それは失礼しました」
右手を制服のポケットから出す。
「しかし、紀彦君に今ここにいる俺が、本物のお嬢様の運転手の松島か、確かめる方法はあるのかな?」
目線を一度はずし、上を見る。
やはり、分からない。前々から普段の松島さんの動作とかを意識して見ていないと分からないだろう。
違和感も感じない。
ああ、こんな感じだったかな。と、そう思っただけ。
「確かめる方法はないですね。こうして聞きましたが、まったく分からないです」
「そうか、俺もそうだ。紀彦君が本物なのか分からない」
はっはっはっと松島さんは笑った。
ただ、この一週間そのことについて、考えていたが、分ったことがある。
「ですが、もし、あなたが偽者で明音に危害を加えるなら、僕は迷わずあなたを殺せる。ということです」
「なるほど。それは良いことだ。お嬢様の使い魔たる者、それぐらいじゃないとね。さて、そろそろ車を出すよ。乗ってくれ」
そう言って、松島さんはタバコの火を地面でもみ消し、携帯灰皿にいれた。
「今回は特別だ、助手席に座りなよ」
「へーー。いいんですか? 後で怒られたりとかしません?」
「バレなきゃいいんだよ!」
そう言って、松島さんは車のドアを勢いよく閉めた。
僕はいつも明音の専用席、この車の助手席に乗り込んだ。
「ところで、松島さん、喫煙者なんですね。知らなかった」
ぼくが、松島さんの喫煙する姿を見たのはこの日、始めてだ。
「かなりのヘビースモーカーだと自覚しているよ。ただ、お嬢様がタバコの匂いが大嫌いでね。怒られたのさ。運転手になった初日から。お嬢様を車の外で待っている間だけだったけど」
車が走り出した。
松島さんは話を続けた。
「いや、もちろん、初日だったし、気を遣って消臭スプレーしたんだけどね。お嬢様、敏感だからさすぐに気付かれたんだよ。タバコの臭いにね。突然怒り出したときは驚いたよ。そんなに怒るもんなのかって」
(確かに、明音ちゃんは情緒不安定な感じがします! すぐに泣いたり、すぐに怒ったり)
「律も情緒不安定な感じがするってさ」
左腕を人差し指で差す。
「そうだな。もちろん、初日に怒られたのは俺に原因があるが、俺もそう思う。どこか、感情のセーブが効かない感じ。だけど、理由があるんだろ? 紀彦君」
ここで、話を振ってくるか。
やはり、松島さんは黒霧家の中でも信用されていないんだな。
裏切る可能性が高いと思われているから、重要なことについて詳しくは教えられていない。
「僕も、詳しくは知りませんよ。でも、あの戦争の前は少なくとも、すぐに泣いたり、怒ったりしなかったし、笑顔が多かった」
(教えられていないんですか?)
車は高速道路にはいった。
(僕や松島さんのような、黒霧家に、信用されていない人間には教えないんだろうな)
「でも、俺はそのすぐに泣く、怒るお嬢様しか知らないけど、別に嫌いではないよ」
おそらく、松島さんの本心だろう。
少し、鎌をかけるか。
「そうでないと、黒霧家にいないでしょう?」
(どういうことですか?)
少しの沈黙。
高速道路の車はまばらだ。
もう少したたみかけるか
「あなたほどの実力があれば、他のグループに移れば優遇されるでしょう? 勧誘とかされませんでした?」
「位置特定しかできない俺がか?」
松島さんは笑ってこたえた。
「位置特定だけではないでしょ。例えば、車の改造。あれは明らかに魔術だと思いますが?」
(確かにそう思う)
「まあ、今は話せないけど、いろいろあったんだよ昔」
松島さんは心底嫌そうに答えた。
「そうですか、ではこれぐらいにしておきます」
(追求しないんですか?)
(おそらく、追及しても何も松島さんは話さないだろう。なら、また今度でもいい。急ぎの用でもないし)
ただ、この一連の会話で分かったこと。
それは、おそらく松島さんはおそらく、黒霧 明音に何らかの恩があるということ。
明音に対し、全面的に肯定に回るような気がする。だからこそ、この男は危険だ。
明音のために、何をするか分からない。
(そういえば、今日の仕事って何ですか? まだ、何も聞いてないですけど)
(確かにそうだな。聞いとくか)
「今日の仕事は何か聞いてます?」
松島さんは左手で頭をかいた。
「一応、面会するってのが今日の仕事。黒霧家相続順位一二位の黒霧 明広様だ。漢字は明るいに広いで、あきひろ。今回の戦争の指揮を任された人だ。言葉遣いには気を付けろよ?」
「ええ、もちろんです」
ここで、問題を起こすのはさすがにまずい。明音に悪い影響がでるだろう。それは避けたい。
「あと、三〇分ぐらいだから。それまでゆっくりしとけ」
(そんな人と、会うのにゆっくりなんて、できませんよーー)
(律、面会のときは落ち着いてくれよ?)
高速道路の出口に松島さんがハンドルを切った。
看板には多霧市と書いてある。
「おおきり市。黒霧家が支配する市。この町に住んでいる人間は全員、黒霧家の縁者。日本における、黒霧家の総本山だ。今から会う、黒霧 明広様が統治している、とんでもない所さ。どうすれば、こんな市を作れるのか、不思議なくらいだ」
住む人間、全員が黒霧家の縁者。そんなことが可能なのだろうか。
例えば、空き家があれば、無関係の人だって引っ越して来る可能性はあるだろう。
たまたま、多霧市を訪れて、ここに住みたい! と思う人だっているだろう。
つまり、黒霧家がこの土地を強力に支配している、ということだ。家、土地を黒霧家の縁者以外には売らないように、統制しているということではないだろうか。
多霧市は四方を山に囲まれ、まるで、隠れているような所だ。
学校を出たのは夕方で、かなり明るかったが、多霧市に入ったところから、突然、暗くなった。
(山に囲まれてるから、日の光が入らないんですね)
(なるほどな)
車が高速道路を出て市街地に入ったが、やはりずいぶん暗い。
「街頭は必要最低限しかないな。まったく。こんなんじゃ事故しかねないぜ」
確かに暗い。
普通の市街地に比べ、街頭の間隔が広い気がする。
「でも、他に車も人も見えませんよ」
(ほんとだ。でも今は六時ぐらいですよね?)
スマホを付け、時間を確認する。
(そうだな、あと五分ぐらいで六時だ)
「いや、ガードレールにぶつかりそうなんだよ」
運転手として、それは大丈夫なのか?
「あと、律ちゃん聞こえてるよね、あの、できるだけ律ちゃんはここから、話さないようにしてくれ。律ちゃんの件は明広様には言ってないし、ばれると面倒だから。いいね?」
(分かりました)
一気にトーンダウンする、律。
(寝ています)
(それがいいだろ)
「しかし、その明広さんは、そんなにすごいんですか?」
「すごいよ」
松島さんが言いきった。
「何がすごいって、魔術がすごいわけでもないのに、この土地を完璧に支配、統制しているところかな」
「精神系の魔術師ですか」
「そうだ」
精神の支配、コントロールは魔術のなかでも、かなり危険なものが多い。
完全に習得すれば、大きな武器になるが、中途半端だと、どこかで自己の精神、思考が破壊される。
失敗して、魔術を使えなくなった。話せなくなった。考えることができなくなったという例は多い。
そのため、大半の魔術師は習得しない。僕も習得しなかった。
完全に習得できる自信がなかったから。
「なるほど、だから律の存在がばれるかもしれない、と?」
「そう、そう」
精神系の魔術師は人の心を読もうとする。
僕と律の会話が、僕の心の中でおこなわれている以上、それを明広さんが読める可能性が高い。
「あんまり、律ちゃんの存在は魔術界にとって良いもんじゃないからな。お嬢様の屋敷の中の人間だけの秘密さ」
「それがいいですね」
「さて、そろそろ着くぞ」
ここまで通った道、ほとんどが家、家、家。
まさしく高級住宅地といった雰囲気だ。
しかし、さっきからずっと上り坂だ。
「角度、割とありますね」
「やっぱり、この土地のトップは、この土地の一番高いところでふんぞり返っていないとな」
少しずつ、黒霧家の日本における、総本山。黒霧 明広の根城の屋敷の全貌が明らかになる。
「で、でかい!」
「いやーー、ここに来るのは二回目だけど、相変わらずの威圧感だな」
でかいが、見た目はそれこそ日本家屋。
屋根は瓦。だが、高さはおそらく、六、七階建てぐらいあるだろう。もはや、城のようだ。
暗くてシルエットしか分からないが、恐るべき外観だ。
三、四棟ぐらいの大きな建物があり、それを渡り廊下でつないでいる。
「さて、着いた。門は勝手に開けてくれるのかな?」
「いや、この門のでかさもおかしい」
車、三台ぐらい一斉に通過できる、広さだ。
高さも、それに合わせて、異常に高い。
見た目は普通の塀なんだが。
門が開いた。でかい割にとてもスムーズだ。
中はかがり火が焚いてあるのか、ゆらゆらと明かりが揺れている。
「さあて、乗り込みまむか!」
「今日は面会するだけでは?」




