終章(第二部)
「おーい」
そう言いながら部屋に入ってきたのは、ニリウスだった。
「捕まってた奴らは皆出したぞ。問題はそいつら二人と、屋敷中に転がってる奴らだよなぁ……」
ジュリアの攻撃を手で何とか防ぎながら、ミヅキがニリウスの方を向いた。
「ああ、こいつらなら俺らが連れてくわ! 無人島にでも捨ててくりゃいーだろ」
「無人島? 海の近くに住んでいるのか?」とエルレア。
「あいてっ!! ああ、まぁそんなもんだな」
「じゃあ、お願いするわ。他の人間は放っておいても大丈夫でしょう。どうせ雇われただけの人間達でしょうし」
シャルローナはスウィングに近寄ると、その額に手を当てる。
エルレアがその様子を見て、静かに声をかけた。
「スウィングも、どこかに連れて行って休めなければ行けないな」
「……ええ」
「だからっ!! いい加減にしろってのジュリア! おいっ!」
「反省しないミヅキちゃんが悪いんでしょ!?」
口論を続ける二人に、クィーゼルがスリッパの片割れを持って近づいた。
祈りを捧げるように、瞳を閉じて3秒。
開眼。
バコン!! バァン!! げしっ。
「うるせぇよ」
「何で……俺だけ……?」
スリッパで二回殴られた上、蹴りを入れられたミヅキは大人しくなった。
クィーゼルはミヅキには構わずエルレア達を見る。
「お嬢、オパールに行けよ。あそこが一番近い」
クィーゼルの言うオパールとは、グリーシュの12の別邸の一つ。グリーシュ本邸から見て、10時の方角に位置する屋敷のことだった。
「良いだろ?ニリ」
「え。あ、あぁ……」
「……?」
珍しく歯切れの悪いニリウスの様子に、エルレアは疑問を抱いた。
「オパールって、グリーシュの別邸のことよね?」
「ああ、ニリがそこの使用人なんだ」
「どのくらいの時間がかかるの?」
「そうだなぁ、ここまで結構歩いてきたから……半日もしないで着くと思うぜ」
「仕方ないわね。見たところ、周りに街らしきものは無かったし……グリーシュの屋敷なら、スウィングもゆっくり休めるでしょう」
「決まりだな。それじゃ、さっさと行こうぜ。長居は無用だ!」
ようやく回復してきたミヅキが、疲れきった口調で言った。
「んーじゃ、俺らも帰ろうかね、ジュリア」
「うん、ミヅキちゃん!」
「ほんじゃあ、スウィングが起きたら伝えてくれや。『いつでも港町シタールで、黒髪ーズの再結成を待ってるぜ』ってな」
エルレアはしばらくの沈黙の後、
「分かった。必ず伝えよう」
と答えた。
ミヅキは二人の男が縛られた縄の端を持って、ズルズルと引きずっていく。
その後ろを、とてとてとジュリアがついていった。
(黒髪ーズって、何だろう?)
皆そう思ったが、何故か誰も何も言わなかった。
「私達も行きましょ」
「嬢さん達は先に行っていいぞ。俺はスウィングを背負って後から行く」
ニリウスはスウィングを背負うと、エルレアとシャルローナの後に付いて部屋を出た。
ただ一人。
黒髪の少女だけが、扉に向かいかけた足を止めて、誰もいない部屋を振り返った。
「クィーゼル?」
開けっ放しの扉の外から、ニリウスがクィーゼルを呼ぶ。
「どうしたんだ?」
「ん?ああ……」
今……———。
“お前”がそこに居たような、気が。
「いや、何でもない」
気のせいだな、とクィーゼルは独り言のように呟いて、部屋から出て行った。
太陽は、既に西に傾き始めている。
エルレア、シャルローナ、クィーゼル、ニリウス、スウィングの五人がグリーシュ別邸・オパールに着いたのは、もう夜も更けた頃だった。
☆☆☆
再び君に出会える夢を見ながら
僕は炎を抱いて眠る
願うのは
ただ君の幸せ
風の封印は僕を守る
君と再び出会うその日まで
いつか水の裁きを受けようと
大地が揺らごうと
僕は君への想いだけは手放さないだろう
全てはいずれ紡がれる物語
時が来るその日まで
今はただ眠り続けよう
彼女の物語は、始まったばかりなのだから……




