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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第4部 常世に最も近い国

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第18話 治療の日々、待っている日々



「治癒促進の薬膳が基本食だ」


 薬玄は、ミレイユのベッド脇に置かれた小さな机を指差した。


「それと、一日に10分ほど喉を中心に治癒術をかけていく。患者の負担をかけない程度だからな」


 ミレイユはこくりと頷く。


「院内での歩行は可能だ」


 薬玄は続けた。


「むしろ治癒促進のために歩いてもらわないといけない」


 イリシアが少し意外そうな顔をする。


「歩いたほうがよろしいのですか?」

「ああ。ずっと寝ていればいいというものでもない。身体全体の回復力を落とさないためにも、適度に動いてもらう」

「なるほど……」


 イリシアは頷いた。


「外出は許可制だが今は出るな」


 ミレイユの手がぴたりと止まった。


「今の状態だと、どこで雑菌が入るか分からないからな」


 薬玄はミレイユを見据える。


「我慢しろ」


 ミレイユは筆談帳にさらさらと文字を書いた。


『我慢なら得意です』

「……」


 薬玄が一瞬、黙った。

 イリシアも、ヴィクトルも何となく空気を察する。

 ミレイユは悪気なく書いたのだろう。

 けれど薬玄は静かに息を吐いた。


「自虐ならよしてくれ」


 ミレイユが顔を上げる。


「悪者の言うことは聞かなくても、医者の言うことだけは聞いてくれればいい」


 その声は厳しかった。

 けれど、その奥に優しさが滲んでいた。

 ミレイユはしばらく薬玄を見つめやがて、こくり。と小さく頷いた。


「よし」


 薬玄が頷く。


「あとは栄養剤が入った点滴を打つか」


 薬玄は振り返った。


「翠翔。持ってきてくれたか?」

「はい、先生」


 部屋の隅にいた翠翔が、すぐに返事をした。

 小さな手で点滴の準備を運んでくる。


「助かる」

「はい」


 翠翔は慣れた手つきで準備を進める。

 その姿を見て、イリシアは感心した。


「翠翔さん、とても手際がよろしいですわね」

「ありがとうございます」


 翠翔は嬉しそうに笑った。


「先生に教えていただきました」

「まだ基礎だ」


 薬玄が横から口を挟む。


「ですが、基礎が大事なんですよね?」

「……まあな」


 翠翔が少し得意げに笑う。

 薬玄はそんな弟子を見て、僅かに口元を緩めた。

 やがて点滴が繋がる。


「これでよし」


 薬玄はミレイユを見る。


「それから声出しのリハビリは、傷が完全に塞がってからだ」


 ミレイユが目を瞬く。


「それまでは、出せそうだと思っても出すなよ」


 ミレイユは筆談帳を置き、こくりとまた頷いた。


「いい返事だ」


 薬玄は満足そうに頷いた。




 それからミレイユの入院生活が始まった。


 朝、薬膳。

 昼、検査と治癒術。

 そして院内をゆっくり歩く。


「……」


 ミレイユが廊下を歩いていく。

 その少し後ろを、翠翔がついていた。


「無理しないでくださいね」


 ミレイユが振り返り筆談帳に文字を書く。


『大丈夫』

「でも、歩幅が少し小さくなっています」


 翠翔はじっとミレイユの歩き方を見る。


「疲れたら休みましょう」


 ミレイユは少し驚いたように翠翔を見る。

 そしてにっこり微笑んでから頷いた。


「どういたしまして」


 翠翔も同じように笑った。




 その頃。

 イリシアたちも、ただ遊んでいたわけではない。


「──こちらが、神津国とルヴァン王国の交易についての案です」


 城内の一室。

 ヴィクトルが書類を広げる。

 向かいには、神凪将軍──日之神 凪。


「なるほど」


 将軍は書類へ目を通す。


「こちらから薬品を輸出し、そちらからは魔道具技術を?」

「はい」


 イリシアが頷く。


「神津国の医療技術と、ルヴァン王国の魔導技術を組み合わせれば、双方にとって利益があると考えています」

「面白い」


 将軍は僅かに笑った。


「そなたらは、ただ治療を願って来たわけではないのだな」

「もちろんですわ」


 イリシアは微笑む。


「わたくしたちは外交使節ですもの、国を背負っておりますわ」


 ヴィクトルも頷く。


「治療だけを目的に国へ滞在するつもりはありません」


 将軍は満足そうに頷いた。


「よい心構えだ」


 その日の交渉は、夕方まで続いた。




 そして外交を終えた一行は、その足で水晶治療院へ向かった。


「ミレイユさん、今日ね!」


 病室に入ったミーナが、開口一番に言う。


「すっごく美味しい甘味屋さん見つけたんです!」


 ミレイユの目が輝くとミーナは嬉しそうに続ける。


「退院したら一緒に行きましょう!」


 ミレイユは筆記板に書く。


『楽しみ』

「でしょ!?」


 ミーナが笑う。


「絶対気に入りますよ!」


次の日、今度はジュリアンがひとつの工芸品を持ってきた。


「これ、ミレイユ嬢が好きそうだと思ってな」


 それは筒状で、色鮮やかな綺麗な装飾が施されている。

ミレイユが首を傾げながら眺めていると、ジュリアンがそれをそっと手に取って窓にかざした。


「これは 更紗眼鏡(さらさがんきょう)って言ってな、こうやって中を覗いて回してみな?」


 ジュリアンはミレイユにそっと寄り添い、更紗眼鏡の使い方を優しく教えるように、彼女の肩の近くでそっと差し出す。


『綺麗』

「だろ?中に小さな色の付いたガラスの破片が入ってて同じ模様は二度と出ないって代物だ」


 ジュリアンは得意げに笑う。

 ミレイユは嬉しそうに、ジュリアンの手から受け取った更紗眼鏡を覗き込んだ。




 次の日。

 ルークが病室へ入ってきた。


「嬢ちゃん」


 窓の外を指差す。


「今日は少し遠くまで行ったんだ」


 ミレイユが顔を上げる。


「城下町の外れに高台があったんだが、そこから見る夕方の景色が、とても綺麗だったんだぜ」


 ミレイユは筆談帳を手に取る。


『どんな景色?』

「神津の街並みの向こうに海が見えるんだ」


 ルークがミレイユの手にあった筆談帳を取り、サラサラと何かを書き出す。

 やがて、書き終えた筆談帳をミレイユに戻す。

 ミレイユがそれを見るとそこには、ペンだけで書かれた景色の絵だった。

 ミレイユは目を輝かせてルークを見上げると、ルークは、ふっと笑った。


「簡単な写生なら得意だせ、仕事でよくやってたからな」

『それは諜報の?』

「まあな、報告書とか作る時に……ってそれはあんまし話すことじゃねぇけど。それより退院したら、皆でもう一度見に行こうな」


 ミレイユは、こくり。と嬉しそうに頷いた。


こんな感じでいいかな?


     ◇


 そしてさらに次の日。


「これをどうぞ」


 イリシアが、一冊の本を差し出した。  ミレイユが首を傾げる。


「巷で今、とても人気の探偵小説ですわ」


 表紙には、鮮やかな装丁で題名が記されている。


「昨日、街の本屋で見つけましたの」


 ミレイユの目が輝く。


『私に?』

「ええ」


 イリシアは笑った。


「退院するまで、少しずつ読んでみてくださいな」


 ミレイユは本を胸元へ抱える。


『ありがとうございます』

「どういたしまして」


 イリシアは微笑む。


「退院したら、その本について色々お話ししましょう?」


 ミレイユは嬉しそうに頷いた。




次の日。

ヴィクトルが病室の扉を静かに開けた。


「ミレイユ嬢」


 手には、小さな花瓶に活けられた一輪の花が握られている。

小ぶりの白に近い桃色の丸い花が、いくつも連なって咲いている。


「昨日、視察で薬草園へ行ってその時に見つけたものなんだ」


 ヴィクトルは花瓶を、ミレイユのベッドサイドのテーブルにそっと置いた。


百鈴華(ももすずか)と言うんだけれど、神津の一部地域にしか生えない花なんだ」


 ミレイユが目を細めて見つめる。


「葉には滋養や傷を癒す効能があって、血の巡りを良くする薬にも使われる。だから昔から、病人の傍に置かれることも多かったらしい」


 ヴィクトルは少し照れたように、視線を花に落とした。


「……花言葉は、『可憐』『慈愛』『夜を照らす』。そして『回復』だ」


 ミレイユは目を僅かに瞬かせてから筆談帳を手に取る。


『とっても可愛いです』

「ああ。見た目も愛らしくて、観賞用としても珍重されている」


 ヴィクトルは静かに微笑んだ。


「退院するまで、傍に置いてくれ。少しでも、力になればいいと思って」


 ミレイユは花を見つめたまま、こくりと頷いた。  そして筆を走らせる。


『ありがとうございます』


 ヴィクトルが微笑む。


「どういたしまして」


 そんな日々が続いた。

 ミレイユは治療を続け、仲間たちは毎日のように訪れる。


「今日はこんな店を見つけたよ」

「面白い祭具があったぞ」

「神津国の料理って本当にすごいんだ」

「今日、ミーナがまた変な髪型にされてたな」

「ちょっとルーク!?」

「……事実だろ」

「そういうところだよ!」


 病室には、毎日違う話題が持ち込まれた。

 ミレイユは筆談帳を通して、少しずつ会話に加わっていく。

 笑う、頷く、驚く、時には、皆を見て困ったように笑う。

 そして身体も、少しずつ変化していた。


「……」


 ある日の診察。

 薬玄がミレイユの喉を確認する。


「傷の状態は順調だ」


 翠翔が記録を書く。


「炎症も、昨日より少ないです」

「ああ」


 薬玄は頷く。

 指で慎重に傷の周囲を確かめ、少し目を細めた。


「……治癒速度が、予想より早いな」


 ミレイユが筆記板を手に取る。


『あとどのくらいですか?』


 薬玄は即答せず、もう一度傷を見た。


「抜糸は通常ならあと一週間はかかると思っていたが……今の状態なら、今日やった方がいい」


 翠翔が顔を上げる。


「治りが早い、ということですか?」

「ああ。少し早いくらいだ」


 薬玄はミレイユを見て、静かに尋ねた。


「何か心当たりはあるか?」


 ミレイユは首を横に振る。


「そうか……まあいい」


 薬玄は短く言い、翠翔に視線を向けた。


「翠翔、抜糸キットを」

「はい、先生」


 翠翔がすぐに立ち上がり、必要な道具を取りに行く。

 薬玄はミレイユに視線を戻し、落ち着いた声で続けた。


「治りが早いのはいいことだ。だが、油断は禁物だからな。無理をすれば、また元に戻る」

 ミレイユはこくりと頷いた。

「その調子だ」

 薬玄はわずかに口元を緩めた。


「今のお前は、ちゃんと治るために頑張っている」


 ミレイユの目が、少しだけ潤んだ。

 そして、静かに微笑んだ。


     ◇


 そしてその頃、城では。


「では、本日の交渉内容は以上で」


 ヴィクトルが書類をまとめると凪が頷いた。


「うむ。実に有意義だった」

「ありがとうございます」

「こちらこそ」


 イリシアも頭を下げると凪は二人を見る。


「今日も行くのか?」

「はい」

「しかし、毎日よく見舞いに行くものだな」


 イリシアが少しだけ笑い、ヴィクトルも頷く。


「……当然ですわ」

「僕たちは仲間ですから」


 凪は二人を見て少し、柔らかく笑った。


「そうか、ならば我が国で過ごす残りの日々も、悔いのないように過ごすといい」

「はい」


 二人は揃って答えた。

 ──ミレイユが治るまでまだ、もう少し時間がある。

 けれどその時間は決して、孤独なものではなかった。

 彼女が治療に向き合う日々の隣で仲間たちもまた、それぞれの日々を過ごしている。


「また明日来ますわ」

「明日はもっと面白いところを見つけてくるからね!」

「退院したら一緒に行こうぜ」

「無理はしないでね」

「また明日」


 そう言って、皆は帰っていく。

 ミレイユはその背中を見送り。

 最後に筆談帳へ、ひとつだけ文字を書く。


『明日も楽しみ』


 その文字を見て翠翔は微笑んだ。


「明日も、きっといい日になりますよ」


 窓の外では神津国の夕陽が、静かに海を照らしていた。

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