第14話 二人の帰還
静寂。
御殿地下。
神々の試練へと続く祭壇の前で、誰もが息を潜めていた。
扇状に並ぶ七つの扉。
そのうち2つ、水の文字が刻まれた扉と、雷の文字が刻まれた扉が煌々と光を放っている。
そしてもうひとつ、3つ目の火の扉が、未だに淡い光を放っていた。
イリシアはその前から、一歩も動かなかった。
ただ、じっと扉を見つめている。
「…………」
隣にいるミーナも、ミレイユも、ルークも、咲羅も、誰一人として、軽口を叩くことはなかった。
ヴィクトルとジュリアンが中へ入ってから、どれほどの時間が経ったのか外からは分からない。
ただ、分かることは一つ。
──二人は、まだ戻ってこない。
イリシアは胸元で両手を握り締めた。
「……ヴィル」
小さな声。
誰にも届かないほどの呟き。
「……ジュリアン様……」
どうか、どうか無事で。
そう願った。
その時だった。
──パァァァッ!
水神の扉が、突然強く輝いた。
「──っ!」
イリシアが顔を上げる。
続いて雷神の扉も。
──バチィッ!!
白い光を弾けさせる。
「……!」
咲羅が目を見開いた。
九重は腕を組んだまま、静かに扉を見つめている。
やがて水神の扉が、ゆっくりと開いた。
「……!」
イリシアが一歩前へ出ると扉の向こうから誰かが歩いてくる。
白い光のその奥から。
「……はぁ」
聞き慣れた声。
「さすがに疲れたな……」
その瞬間イリシアの瞳が大きく見開かれた。
「──ヴィル!」
現れたのはルヴァン王国、第一王子。
ヴィクトル・フォン・ルーヴェン。
髪は乱れ衣服にはところどころ傷がついている。
呼吸も少し荒いが、自分の足で立っている。
「イリシ──」
ヴィクトルが名前を呼び切るより早く隣の雷神の扉も開いた。
「……っ、いてぇ……」
「ジュリアン様!」
ジュリアンの姿が現れる。
こちらも満身創痍で、服は汚れ腕には擦り傷。
だけど、ちゃんと五体満足で帰ってきていた。
「殿下!」
ジュリアンが声を上げた。
「無事だったか!」
「ジュリアンこそ!」
二人は互いを見てほんの一瞬、無言になる。
そして、
「……ははっ」
ヴィクトルが笑う。
「なんだ、そっちも生きてたんだな」
「当たり前だろ」
ジュリアンが笑い返す。
そして二人は歩み寄った。
──パンッ!
ヴィクトルがジュリアンの肩を叩く。
「よくやったな」
「そっちも」
ジュリアンもヴィクトルの肩を叩き返す。
「……帰ってこれた」
「ああ」
たったそれだけの言葉だったが、二人にとっては十分だった。
無事生きている。
「ヴィル──!」
「え?」
ヴィクトルが振り向くと、イリシアがこちらに向かって走ってきた。
普段の彼女からは想像もつかないほど全力で。
「ヴィル……!」
ぎゅっ。
「──!」
ヴィクトルの身体へイリシアが飛び込んだ。
細い腕がヴィクトルの身体へ回される。
「イリシア……?」
ヴィクトルが固まった。
目を見開き何が起きたのか理解できない。
けれど腕の中から伝わってく小さな震え。
「…………」
イリシアは何も言わなかった。
ただ、ぎゅう、とヴィクトルの服を握り締めている。
「イリシア」
もう一度ヴィクトルが優しく呼ぶ。
返事はないその代わりに抱きしめる腕にまた少し力が入った。
ずっと怖かったのだ。
「……心配、したんですから……」
ようやく小さな声が零れた。
「とっても……とっても心配したのですよ……!」
ヴィクトルの瞳が揺れる。
「……ごめんね」
そっとイリシアの頭へ手を置いた。
「ただいま、リーシャ」
「っ!」
イリシアの肩が小さく震えた。
「……おかえりなさいませ」
その声はほんの少しだけ、涙を含んでいた。
「無事で……本当に……」
そこまで言ったところで。
「殿下ぁぁぁぁぁぁ!!!ジュリアァァァァァンン!!!」
「うおっ!?」
別方向からミーナが突撃してきた。
「無事でよかったあああああ!!!」
「ちょ、ミーナ!?」
「死んじゃったかと思ったんですよぉぉぉ!!!」
「死んでねぇよ!」
ミーナはぴょんぴょん跳ねながら。
「よかった!よかった!よかったぁぁぁ!」
「分かったから落ち着け!」
「無理です!」
「なんでだよ!」
その横ミレイユは。
「…………」
二人の姿を確認した直後に、ふぅ……と身体から力が抜けた。
隣に居たルークが慌てて支える。
「お、おい、大丈夫か?」
ミレイユはへたり込んだまま何度も何度も頷いた。
その目尻には安心した涙が浮かんでいた。
ルークは笑って肩を叩き合う二人を再び見てふっと口元を緩める。
「……やるじゃねぇか」
その声にヴィクトルとジュリアンが振り返る。
「ルーク」
「よく戻ってきたな」
「なんとかね」
そして全員がようやく互いの無事を確認した。
その光景を咲羅は嬉しそうに見つめていた。
ぱんっ、と手を叩く。
「いやぁ!すごいです!」
「?」
イリシアが顔を上げると、咲羅は目を輝かせながら二人を見ていた。
「お二人とも一発合格ですよ!」
「……ん?一発?」
ヴィクトルが首を傾げる。
「はい!」
咲羅は胸を張った。
「私なんて3回目でやっと合格でしたから!」
「…………」
「…………」
「───え?」
全員固まった後、最初に声を出したのはヴィクトルだった。
「さん、かいめ?」
「はい!」
咲羅はにこにこと頷く。
「私は3回目で風神様に合格をいただきました!」
「ちょ…ちょっと待ってください」
イリシアがゆっくりと口を開く。
「九重様は……」
視線が九重へ向く。
「不合格者は──こちらには帰ってこない、と仰いましたわよね?」
「うむ」
九重は頷いた。
「確かにそう言ったぞえ?」
「……つまり」
ジュリアンが眉を寄せる。
「不合格だったら死ぬんじゃないのか?」
「え?」
咲羅がきょとんとした。
「死ぬ?」
「違うんですか!?」
ミーナが叫ぶ。
「だって九重様、めっちゃ怖い顔で『帰ってこん』って言ってましたよ!?」
「うむ」
「うむじゃないですよ!」
「ええ!?」
ミレイユまで驚いた顔でキョロキョロする。
ルークも呆れたように九重を見る。
「おいおいアンタ……まさか」
「ほっほっほ」
九重が朗らかに笑った。
そしてこてん、と首を傾げる。
「はて?妾は『帰ってこん』とは言ったが──死ぬとは言っておらんぞ?」
にやりと笑う九重に全員が再び固まる。
「…………」
「…………」
「あ、」
沈黙が祭壇の空間を満たす。
咲羅が思い出したように声を漏らした。
「ええっとですね!」
ぽん、と手を叩き、慌てて補足説明をする。
「不合格だった場合はですね!試練から強制的に放り出されて、入口にぽんって飛ばされるんです!」
「…………」
「…………」
全員の顔が引きつり、無言になる。
そしてゆっくりとヴィクトルとジュリアンが二人揃って九重を見る。
イリシアの目尻がぴくぴくしながら、問いかける。
「……九重様?」
イリシアの声が若干低くなっている。
九重はそんなことを気にする素振りはなく笑っていた。
咲羅が首を傾げる。
「……あれ?」
何かに気づいたような顔。
「もしかして九重様?」
「なんじゃ?」
「わざと?」
「…………」
九重がすっと視線を逸らした。
「九重様ぁぁぁぁぁ!?」
咲羅が叫んだ。
「やっぱりわざとじゃないですかぁぁぁ!」
「さてのぉ」
「さてのぉじゃないです!」
ミーナがぴょんぴょん跳ねる。
「めちゃくちゃ心配したんですけど!?」
「ほっほっほ」
「笑って誤魔化さないでください!」
ジュリアンが頭を抱える。
「俺……死ぬ覚悟して入ったんだけど……」
「僕もだよ……」
咲羅が目を丸くする。
「それは申し訳ございません!九重様の説明が悪いんです!」
「ほっほっほ」
その瞬間。
「──ふっ」
小さな声が聞こえた。
全員が振り返ると声の主はイリシアだった。
彼女はヴィクトルの胸元に手を添えたまま肩を震わせている。
「……イリシア?」
ヴィクトルが不思議そうに見つめる。
イリシアは俯いていたが次第に。
「……ふふ」
口元が緩んでいく。
「ふふふ……」
そして、とうとう。
「──あははははっ!」
声を上げて笑った。
「え……?」
ヴィクトルが目を丸くする。
ジュリアンも、ミーナも、ミレイユも、ルークも全員が驚いた。
イリシアがこんな風に声を上げて笑う姿を、ほとんど見たことがなかったからだ。
「だって……!」
イリシアは笑いながら涙を拭う。
「だって……わたくし……!」
もう笑いを堪えられない。
「本当に…お二人とも…死んでしまったのかと……!」
「……」
ヴィクトルはそんなイリシアを見つめ、そしてふっと笑った。
「……そっか」
「……?」
「そんなに心配してくれてたんだね」
「っ!!」
イリシアの頬が一気に赤くなる。
「そ、それは……!」
「僕も嬉しいよ」
「ヴィル!」
「ははっ」
ジュリアンが吹き出す。
「お前ら相変わらずだな」
「ジュリアン様!」
ミーナも笑う。
「あたしたちも心配してたんですからぁ……!」
ミレイユも涙を浮かべながら嬉しそうに笑っていた。
ルークも肩を竦める。
「ったく……ややこしい事しやがって」
だがその顔には確かな笑みがあった。
九重はそんな一同を眺めながら目を細めた。
「……うむ」
その声音からいつもの茶目っ気が消える。
「皆、よい顔になったのぉ」
神の試練。
命懸けだと思って挑んだ二人。
その二人が無事に帰ってきた。
そして二人を待っていた仲間たちが。
ようやく心から笑っている。
「……」
イリシアはもう一度ヴィクトルを見上げた。
傷はあるし、顔には疲労が滲んでいる。それでも生きている。
そしてその隣にはジュリアンもいる。
「……よかった」
今度は小さな声だった。
けれど誰にも聞こえないほど小さくはなかった。
ヴィクトルとジュリアンが笑う。
「うん」
「ああ」
二人の返事を聞いてイリシアはらまた笑った。
──こうして、水神と炎神そして雷神。
三柱の神の試練を経て二人の青年は無事に帰還した。
第一王子、ヴィクトル・フォン・ルーヴェン
そしてアルヴァン公爵家次男、ジュリアン・アルヴァン。
二人の身体には新たなる神の加護が宿っていた。
申し訳ございません。
ぶっちゃけ執筆間に合ってないです。
なんとか頑張りますのでもうしばらく1日1話の投稿になりますのでご容赦ください。




