第12話 剣の守り手、雷神の試練へ
水神の試練の扉
青く輝いていた扉の前に、ヴィクトルが立つ。
その隣に、並ぶようにしてジュリアンが雷神の扉の前に立っていた。
「……行くぞ、ジュリアン」
「ああ」
二人は同時に、手をかざした。
その瞬間。
──青い光が、弾けた。
「……!」
次の瞬間、ヴィクトルの姿が光の向こうへ消える。
そして、ほぼ同時に。
雷の文字が刻まれた扉からも、青白い雷光が迸った。
「──っ!」
ジュリアンの身体が、その光に包まれる。
二つの扉が、静かに閉じた。
その場に残された者たちは、しばし言葉を失っていた。
イリシアは閉ざされた二つの扉を、交互に見つめている。
「殿下……ジュリアン様……」
その声には、隠しきれない心配が滲んでいた。
ヴィクトルは第一王子、ルヴァン王国の次代を担う王族だ。
ジュリアンはアルヴァン公爵家の次男、剣の公爵家を継ぐべき男だ。
それでもイリシアにとってはそれ以前に、幼い頃から共に過ごしてきた、大切な人たちだった。
「大丈夫ですわ」
自分に言い聞かせるように、イリシアは呟いた。
「お二人なら、きっと……」
──その時だった。
ふっ、と九重の笑みが消えた。
「…………」
「九重様?」
咲羅が不思議そうに顔を覗き込む。
九重は答えない。
ただ、祭壇を見つめていた。
その視線の先、先ほどまで青く輝いていた──水の扉。
その隣の、火の文字が刻まれた扉が。
「……え?」
咲羅が目を瞬かせた。
赤い。
ほんの僅かな光。
しかし、それは確かに火神の扉から漏れ出していた。
「九重様……?」
咲羅の声が僅かに震える。
九重はしばらく黙っていた。
「……おかしいのぉ?」
その一言だけが、低く落ちた。
「え……?」
「九重様?」
イリシアも振り返る。
九重は祭壇を見据えたまま、ゆっくりと目を細めた。
「神の試練が……」
一拍。
「三つ、同時に動いておる」
「──!」
イリシアの瞳が見開かれた。
水神の扉。
雷神の扉。
そして、赤く明滅する火神の扉。
「いや、二つは正常じゃな、もうひとつが反応しておる」
「反応……?」
「あり得るんですか?」
咲羅が尋ねるが、九重はすぐには答えなかった。
千年を生きる九尾の瞳が、珍しく真剣な色を帯びている。
「本来、神の試練とは1回につき一人一柱。その者の魂に最も近しい神が呼びかけ、試練を与えるものじゃ」
「なら……」
イリシアの胸がざわめいた。
九重がゆっくりと呟く。
「あの王子と公爵の息子……ただ水神と雷神に呼ばれたわけではないようじゃな」
「……ヴィル、ジュリアン様」
イリシアの唇から、その名が零れた。
九重が、ふっと振り返った。
「──さて」
扇をぱちんと閉じる。
「王族の第一王子が水神へ挑み、公爵家の次男が雷神へ挑む。しかも同時に、実に良い心がけじゃ」
その視線が、閉じた二つの扉を見つめる。
「じゃが……」
赤く輝き続ける火神の扉へ、目を細めた。
「どちらに反応しておるかは不明じゃが、何かが始まっておる」
「…………」
九重の脳裏に、一つの疑念が浮かぶ。
水神。
雷神。
そして──炎神。
これは偶然ではなく何かが始まっている。
そんな予感がした。
イリシアは、閉ざされた扉を見つめたまま、小さく祈るように呟く。
「……どうか、どうか、ご無事で……」
◇
──同時刻。
ジュリアン・アルヴァンは。
雷光の中へ落ちていた。
「うおおおおっ!?」
身体が落下する。
どこまでも。
どこまでも。
「──っ、なんだこれ!?」
咄嗟に剣へ手を伸ばすが、腰にあるはずの剣がない。
「……は?」
ジュリアンの目が見開かれる。
次の瞬間、凄まじい轟音と共に地面へ叩きつけられた。
「ぐっ……!」
痛みに顔を歪めながら、ジュリアンは身体を起こす。
「……最悪だ」
そこは黒い雲に覆われた、巨大な荒野だった。
空には無数の雷が走っている。
大地には巨大な亀裂。
その向こうには、幾つもの巨大な石柱が立ち並んでいる。
そしてその中心、一際巨大な石柱の上に──何かがいた。
人でも、獣でもない。
巨大な雷そのものがそこに存在している。
バチッ。
バチバチッ。
青白い雷光が弾ける。
ジュリアンは立ち上がった。
武器がない、防具もない、味方もいない。
それでもジュリアンは拳を握った。
「……なるほどな」
目の前の存在を睨む。
「俺の試練ってわけか」
雷光が一際強く弾け、声が響いた。
『──汝』
大地が震える。
『剣を持たずして、何をもって戦う』
ジュリアンの目が細くなる。
ゆっくりと拳を構えた。
「……決まってる」
雷鳴が轟く。
ジュリアンは笑った。
「俺自身だ」
──雷神の試練が始まった。




