第11話 水と炎、二柱の神
すみません!今日の投稿忘れてました!
2話連投します!
神津国、地下祭壇の七つの扉の前。
「……?」
九重が、ふと顔を上げていた。
その目が細くなる。
「……おかしいのぉ」
「九重様?」
咲羅が問うが、九重は答えなかった。
ただ誰も気づいていない。
七つの扉のうち
『火』と刻まれた扉の表面に、ほんの一瞬だけ赤い亀裂が走ったことを。
◇
轟音が響いた。
「──っ!?」
水没神殿を、凄まじい熱気が駆け抜けた。
水面が一瞬で沸騰する。
白い蒸気が爆発するように膨れ上がり、ヴィクトルの視界を覆った。
「何だ……!?」
ヴィクトルが剣を構える。
その直後、水の世界を、紅蓮の炎が切り裂いた。
「な──!?」
炎。
水中であるにもかかわらず、消えない。
むしろ水を喰らうように燃え盛り、巨大な獣の形を取りながらヴィクトルへ迫ってくる。
その姿は──狼にも、獅子にも、あるいは神話に登場する幻獣にも見えた。
ヴィクトルの目が見開かれる。
『炎を扱う器よ。貴殿にも試練の資格がある』
「……え?」
ヴィクトルは思わず聞き返す。
水龍が静かに前に出て答える。
『焔よ。何故ここに来た』
『そこに居る人間の魔力が我を呼び出した』
「僕が?」
炎の獣がヴィクトルを見つめる。
その赤い瞳が、何かを見抜くように細められた。
水龍もまた、ヴィクトルを見つめる。
『そういうことか』
「何が……?」
ヴィクトルには分からない。
だが二柱の神には見えていた。
ヴィクトルの魂に刻まれた、二つの血。
水神の加護を受けた血筋。そして炎神の加護を受けた血筋。
どちらもヴィクトルの祖先に存在していた。
ただ、それだけならば二柱の神が同時に反応することはなかっただろう。
問題は、ヴィクトル自身の魔力回路だった。
十数年前、幼いイリシアが、毒に侵されたヴィクトルを救うために。
10時間、一度も魔力供給を止めることなく、己の魔力を彼へ流し続けた。
その結果ヴィクトルの魔力回路は、通常よりも大きく成長していた。
異なる性質の魔力すら受け入れられるほどの巨大な器として。
『水だけではない。炎もまた、汝を受け入れられる』
『ほう。神凪以来の逸材と言うのか』
「でも、それなら……」
ヴィクトルは両手を見た。
「順番にやればいいのでは……?」
『──否』
二柱の声が重なった。
「……え?」
次の瞬間、水龍と炎の獣が吠えた。
──ズドォォォォン!!
「っ!?」
二柱が激突する。
水と炎、本来ならば相反する二つの力。
その衝突によって、神殿全体が激しく揺れた。
柱が折れ、天井から巨大な石が落下し、水流が荒れ狂い、炎がそれを押し退ける。
「まっ、待ってください!なんで二神が戦ってるんですか!?」
ヴィクトルが叫ぶ。
しかし二柱は止まらない。
水龍が尾を振ると、巨大な水塊が神殿を薙ぎ払った。
「──っ!」
ヴィクトルは剣を振る。
蒼い魔力が迸り、水塊の軌道を逸らした。
その直後炎の獣が跳び、紅蓮の爪が、ヴィクトルへ迫る。
「くっ……!」
ヴィクトルは水を纏った剣で受け止める。
凄まじい衝撃で足元の石床が砕けた。
「ぐ……っ!」
炎を受け止め、水を逸らす、それだけで精一杯だった。
だが二柱は容赦なくぶつかり続ける。
水が炎を押し流し、炎が水を焼き払う。
そのたびに神殿が崩れていく。
「このままじゃ……!」
ヴィクトルは周囲を見渡した。
折れた柱、崩れ落ちる天井、荒れ狂う水流、そして燃え盛る炎。
これはもう、試練などではない。
このままでは神殿そのものが持たない。
ヴィクトルは剣を握り直す。
「僕は……どちらかを選ばなければならないのか?」
ヴィクトルのその声に水龍が答えた。
『選ぶ必要などない』
「……!」
続いて炎の獣が低く唸る。
『示せ』
ヴィクトルの瞳が見開かれた。
選ぶ必要はないのならば、両方を使えばいい。
ヴィクトルは水を呼んだ。
蒼い水流が腕へ絡みつく。
同時に、炎を呼ぶ。
紅蓮の炎が反対の腕を包み込む。
水と炎、二つの力がヴィクトルの両側に存在する。
ヴィクトルは一歩、前へ出た。
「……違う」
水と炎をぶつけない、混ぜる必要もない、消す必要もない。
「僕が、二つの間に立てばいい」
ヴィクトルは剣を握り直し床へ突き立てた。
「水は、水のまま。炎は、炎のまま。どちらかを消す必要なんてない」
ヴィクトルの巨大な魔力の波動が神殿を駆け抜けた。
二柱の力がヴィクトルに流れ込む。
ヴィクトルは歯を食いしばった。
「ぐ……っ……!」
二柱の力はあまりにも巨大で強大だった。
まるで海そのものと、太陽そのものを同時に支えているようだった。
それでもヴィクトルは退かなかった。
「僕は……」
足元が砕け、口の端から血が滲む。それでも……
「どちらも、僕の中にあるのなら」
水がヴィクトルの右腕を、炎が左腕を包む。
そしてその二つがヴィクトルを傷つけることなく、共に存在していた。
「僕が使いこなして見せる!」
その瞬間。
静寂。
水龍と炎の獣が静止し、ゆっくりと牙を収める。
ヴィクトルの周囲を荒れ狂っていた水流が、静かに床へ落ちた。
炎もまた静かに揺らめきながら、その勢いを弱めていく。
ヴィクトルは荒い息を吐いた。
「……はぁ……はぁ……」
剣を杖代わりにして倒れそうになる身体を支える。
ゆっくりと、目の前の二柱を見た。
水と炎の二柱の神が静かにヴィクトルを見下ろしている。
やがて水龍が口を開いた。
『──見事』
炎の獣が続ける。
『傲慢な思考──合格だ』
「……え?」
ヴィクトルが目を瞬く。
水龍がゆっくりとヴィクトルに近づく。
『我らは相反するもの。故に、互いを喰らおうとする』
炎の獣が続けた。
『だが貴殿は、どちらかを選ばなかった。どちらかを否定もしなかった。ただ、その両方を己の器に収めた』
「……」
ヴィクトルは自分の両手を見る。
蒼と紅の光、その二つがまるで寄り添うように、彼の身体を巡っていた。
『水と炎、相反する二つの力』
二柱の声が重なる。
『その両方を受け入れる者よ、汝こそ』
──二柱を束ねる器。
その言葉と同時にヴィクトルの身体を、蒼と紅の二つの光が包み込んだ。
「──っ!」
炎神の加護の光が体内へ流れ込む。
二つの力が、ヴィクトルの魔力回路へ刻まれていく。
熱く、冷たい。
その二つが同時に身体を駆け巡る。
不思議と苦しくはなく、むしろどこか懐かしい。
ヴィクトルは胸元へ手を当てる。
「……この感じ……」
十数年前。
毒に侵され死の淵にいた自分を救った少女。
幼いイリシアが10時間もの間、己の魔力を流し続けてくれた。
あの日、自分の中へ流れ込んできた、優しい魔力。
その感覚にどこか似ている気がした。
「……イリシア……?」
無意識にその名を呟く。
胸の奥で蒼い光と紅い光が、静かに揺らめいていた。
水神と炎神二柱の神が一人の王子を認めた証が刻まれた。




