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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第4部 常世に最も近い国

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第9話 神々の遺跡



翌朝。


神津国の御殿、その奥深く。

普段ならば決して客人が足を踏み入れることのない場所へ、一行は九重と咲羅に案内されていた。

長い石造りの階段を、ひたすら下へ、下へ、さらに下へ。


「……随分と深いな」


ヴィクトルがぽつりと呟く。

その隣を歩く九重が、九本の尾をゆらゆらと揺らしながら振り返った。


「そうじゃのぉ、この神殿は約1000年前に作られたものだからのぉ」

「1000年前!?」


ミーナが思わず聞き返す。


「うむ」


九重は何でもないことのように答えた。


「ここは神津国が世界から閉ざされるより遥か昔から存在する場所じゃからの」


イリシアが目を瞬かせた。


「世界から……閉ざされるより前?」

「そうなんです」


九重の隣に居る咲羅が階段を降りながら続ける。


「今でこそ神津国は他国との交流をほとんど持ちませんが、昔からずっとそうだったわけではないんです」

「では……」


イリシアが周囲を見回す。

壁には、見たことのない古い文字が刻まれていた。


「ここは……?」

「記録庫じゃ」


九重が答える。


「神津国は長きにわたり、医術や妖術だけでなく、世界の歴史を記録してきた」

「歴史を?」


ルークが眉を上げる。


「そうじゃ」


九重の声が少しだけ誇らしげになる。


「国が滅び、王朝が変わり、言葉が変わろうとも──記録は残る」


壁に刻まれた文字。

古い王国。

失われた民族。

今は存在しない都市。


そして神々の名。


「神津国は、世界の記憶を残す役目を担ってきた国でもある」


その言葉に、イリシアは息を呑んだ。

世界の記憶。

それは一昨日、凪が口にした言葉と同じだった。


──ようこそ、神の住まう国、そして世界の記憶、神津国へ。


「だからこそ……」


九重が足を止めた。


「長い年月をかけて集められた記録の中には、古い血筋や加護の記録も残っておる」


ヴィクトルとジュリアンが顔を見合わせる。

九重が二人を見る。


「おんしらのことじゃ」

「僕たち?」

「うむ」


九重がにやりと笑った。


「少々面白いものが見つかってのぉ」


そう言って九重が扉へ手をかざす。

重々しい音を立てて、石の扉が開いた。

その先にあったのは──巨大な地下遺跡だった。


天井は高く。

壁面には無数の石板が並んでいる。

その中央、さらに下へと続く階段があった。


一行はその階段を降りる。

そして最下層。

そこに巨大な祭壇があった。


「…………」


全員が言葉を失う。

扇形に広がる巨大な祭壇。

その周囲には、七つの石の扉が並んでいる。

そして扉にはそれぞれ、見覚えのある文字が刻まれていた。


木、火、土、風、水、雷、氷。


イリシアが呟く。


「これは……七大元素?神々の属性……?」


九重が頷く。


「そうじゃ」


扇形に並ぶ七つの扉。


その中央には、一人が立てるほどの円形の台座がある。


九重がそこを指した。


「ここに立てば、神が選ぶ」

「選ぶ……?」

「試練を受ける資格のある者をの」


ヴィクトルが祭壇を見つめた。


「つまり……」

「神津国の神殿に伝わる試練じゃ」


九重はそう告げた。

そして扇子を広げて首をこてんと傾げた。


「ただの試験ではないぞ?」


笑みを浮かべる。


「神そのものが、おんしらの魂を見定める試練じゃ」


その瞬間ヴィクトルが一歩、前へ出た。


「僕が行こう」

「殿下!?」


イリシアが驚いて振り返る。

だがその声に重なるように、もうひとり。


「俺も行く」


ジュリアンが一歩前へ出た。


「ジュリアン様!」


イリシアが慌てて二人の方へ近づく。


「お待ちくださいませ!神々の試練がどのようなものかも分からないのですよ!?」

「だからこそだ」


ヴィクトルが振り返った。


「僕たち自身に関係する何かがあるなら、僕たち自身が確かめるべきだ」

「しかし──」

「イリシア」


ヴィクトルが穏やかに笑う。


「君が僕たちを心配してくれていることは分かっている」


その言葉にイリシアが口を噤む。


「だけど、君だけに背負わせるつもりはない」

「……!」


ジュリアンも頷いた。


「そういうことです」

「ジュリアン様まで……」

「それに」


ジュリアンは祭壇を見上げた。


「ここまで来て、神々が俺たちに何かを示そうとしているなら……逃げる理由もないでしょう」


イリシアが二人を見つめる。

その時。


「ほっほっほっほ!」


九重の笑い声が響いた。


「良い心がけじゃ!」


九重が嬉しそうに尾を揺らす。


「王族自ら試練へ赴くとはのぉ!さすがルヴァン王国の王子じゃ!」

「……九重様」


イリシアがじとっと睨む。


「煽らないでくださいませ」

「ほっほっ」


九重は楽しそうだ。


「じゃが──」


その瞬間だった。

朗らかだった声が消えた。

九重の瞳から、笑みが消える。

空気が変わった。

先ほどまでとは比べものにならないほど重い。


「この試練は、過酷なものじゃ」

「…………」


ヴィクトルとジュリアンが黙る。

九重が二人を見据える。


「神々の試練は、遊びではない」

「…………」

「己の力だけではなく、心も、魂も、覚悟も問われる」


九重の声が低くなる。


「合格者は、無事にここへ帰ってくる」


そこで一拍、九重は言葉を切った。


「不合格者は──」


九重の金色の瞳が細くなる。


「こちらには帰ってこん」

「……」


誰も何も言わなかった。

ミーナの顔から血の気が引く。

ミレイユも目を見開いた。

ルークが僅かに息を呑み、イリシアは……


「…………」


ヴィクトルを見た。

彼女の瞳に浮かぶのは明らかな恐怖。

失いたくない──その気持ちが、隠しきれないほど滲んでいた。

だがヴィクトルはその視線を受け止め静かに笑った。


「それでも」


イリシアの目が見開かれる。


「僕は行く」

「殿下……」

「俺もです」


ジュリアンも続いた。


「神様が怖いからって、ここで逃げるのは……俺の性分じゃありません」

「……馬鹿者どもめ」


九重が呆れたように言う。

だがその声には僅かに笑みが戻っていた。


「本当に……若いというのは恐ろしいのぉ」


そして九重が祭壇を指す。


「ならば──2人で行くがよい」

「2人で?」


ルークが聞き返す。


「十分じゃ」


九重は頷いた。


「神々の試練は、2人まで同時に挑むことができる」

「……分かりました」


ヴィクトルが頷き、ジュリアンも並んで立つ。

2人が扇形の祭壇、その中央へ歩いていく。

その瞬間、祭壇の中央に刻まれていた紋様が淡く輝いた。


「──っ」


イリシアが息を呑む。

七つの扉のうちの一つ、ヴィクトルの正面にある扉が青白く。

そしてもう一つ、ジュリアンの正面にある扉が黄金色に、それぞれ光り始めた。


「…………」


九重が目を細めた。


「やはりの」

「九重様?」


イリシアが問いかける。

九重は答えなかった。

ただ光り輝く二つの扉を見つめている。

そしてぽつり。


「水神と……雷神」


その言葉にヴィクトルとジュリアンが顔を上げる。


「僕が……水神?」

「俺が雷神……?」


九重は頷いた。


「どうやら、古い記録に残っておったおんしらの祖先と、今のおんしらの血が繋がっておるらしい」


イリシアが目を見開く。


「では……ヴィクトル殿下とジュリアン様のご先祖様は──」

「過去に神の試練を受け、加護を得た者がおったようじゃ」


九重は扉を見つめる。


「そしてその血は、途絶えておらぬようじゃ」


ヴィクトルが自分の手を見る。


「……僕たちの中に、その力が?」

「可能性は高いの」


九重が笑う。


「じゃが、血が繋がっておるだけでは加護は得られぬ」


七つの扉が静かに音を立て始める。


ゴゴゴゴゴ……


「神々が認めるかどうかは──」


九重が目を細めた。


「おんしら自身の問題じゃ」


ヴィクトルが頷く。


「分かりました」


そしてヴィクトルは、ゆっくりと水の文字が刻まれた扉へ手を伸ばす。

ジュリアンも雷の文字が刻まれた扉へ手を伸ばす。


「待ってくださいまし!」


イリシアが思わず叫ぶ、二人が振り返った。


「…………」


イリシアは言葉が出なかった。


行かないで。

危険だからやめて。


そう言いたかったが、二人が自分たちのために前へ進もうとしていることも分かっている。


「……必ず」


イリシアは震える声で言った。


「必ず戻ってきてくださいませ」


ヴィクトルが優しく笑った。


「もちろん」


ジュリアンも。


「約束します」


二人が扉へ手をかざす。


その瞬間──


水の扉が轟々と、まるで海そのものが流れ込んできたかのような音を立てて輝いた。

同時に雷の扉から、バチィッ!!と、強烈な閃光が走る。


「!」


イリシアが目を細める。

ヴィクトルの姿が青白い光の中へ消えていく。

ジュリアンの姿も黄金の雷光の中へ消えていく。


そして二つの扉が同時に重い音を立てて閉じた。


──静寂。


そこに二人の姿はもうなかった。

九重がゆっくりと目を閉じる。


「……さて」


その口元に僅かな笑み。


「神々は、どのような答えを出すかのぉ」


イリシアは閉ざされた二つの扉を見つめ続けていた。

ただ祈るように両手を胸元で握りしめながら。


「……どうか」


小さな声が遺跡の底へ消えていく。


「二人とも……無事に帰ってきてくださいませ」

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