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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第4部 常世に最も近い国

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第7話 神津国との外交交渉


翌朝。


カミツ国の城──その一室にて。

長い卓を挟み、三人の客人が並んでいた。


ルヴァン王国第一王子、ヴィクトル・フォン・ルーベン。

魔導の公爵令嬢、イリシア・ヴァルモンド。

そして剣の公爵家の次男、ジュリアン・アルヴァン。


対する神津国側には、統治者である神凪将軍──日之神 凪。

その隣には夫の悠慎。

そして守護巫女、九重。


昨日の歓迎の宴とは打って変わった、静かな空気だった。

凪は3人を順番に見つめる。


「さて。改めて、我が国へようこそ」

「こちらこそ、受け入れていただき感謝しております」


ヴィクトルが頭を下げる。

凪は小さく頷いた。


「昨日の歓迎の席でも伝えたが、そなたたちがこの国を訪れた目的について、我々が聞いているのは二つだけだ」


イリシアが姿勢を正す。


「一つは、ルヴァン王国と神津国との外交交渉。そしてもう一つが──」


凪はそこで言葉を切った。


「ある人物の治療」


イリシアの指先が、ほんの僅かに動いた。

だが、それ以上の反応は見せない。

凪もまた、そこには踏み込まなかった。


「治療については、まだ詳しい事情を聞いておらぬ。無理に今ここで話せとは言わん」

「……ありがとうございます」


イリシアが静かに礼をする。


「まずは外交の話をしようではないか」

「はい」


それから始まったのは、長い外交交渉だった。

航路。

交易。

魔法技術。

薬学。

海上での安全保障。

そして、魔族に対する情報共有。


特に最後の議題が出た瞬間、ジュリアンの表情が僅かに引き締まった。

凪もまた、先日のカント・マリスで起きた事件についてすでに報告を受けている。


「魔族は、国境など選ばぬ」


凪が低く言った。


「陸にいる者も、海にいる者も、同じように狙われる」

「その通りです」


ヴィクトルが頷く。


「ルヴァン王国としても、今後は魔族に関する情報を可能な限り共有したいと考えています」

「ふむ」


凪は腕を組んだ。


「我が国も異論はない」


悠慎が穏やかに続ける。


「長きにわたって国同士の交流が少なかったとはいえ、敵が同じならば協力する理由としては十分でしょう」


イリシアが頷く。


「我が国には魔導研究の蓄積があります。神津国には医術や妖術、そして神々の加護がある。互いの知識を共有できれば、魔族への対策も大きく前進するはずですわ」

「ほう」


九重が面白そうに目を細めた。


「魔導公爵家の令嬢は、なかなか面白いことを言うのう」

「お褒めいただき光栄ですわ」

「褒めたつもりはないぞ?」

「まあ」


イリシアがにっこり笑う。

九重の口元も僅かに吊り上がった。

その様子を見ていたジュリアンが、小さく息を吐く。


──この二人、妙に気が合いそうだ。


そんな空気の中、交渉は続いていった。

そして、数時間後。

凪がようやく書類を閉じた。


「──よし。外交については、これで大筋まとまったな」


ヴィクトルが頷く。


「ありがとうございます」

「うむ」


凪は背もたれへ身体を預ける。


「それで、だ」


三人を見る。


「そなたたちがこの国に来た目的は、外交だけではない」

「……はい」

「先ほども言った通り、我々が知っているのは『ある人物の治療』ということだけだ」


凪はそこで微笑んだ。


「誰を治療するのか。何を治すのか。どのような方法を求めているのか──それは今夜の食事会で聞くことにしよう」


イリシアの瞳が僅かに揺れた。

ミレイユの喉。

それは、彼女たちがこの国へ来た最大の目的の一つ。


「今夜は無礼講……とまでは言わぬが、少なくとも外交官同士の堅苦しい話だけでは終わらせん」


凪が笑う。


「そなたたちがこの国で何をしたいのか。何を求めているのか。遠慮なく話してくれ」

「承知いたしました」


ヴィクトルが頭を下げた。


「では、今夜の席を楽しみにしております」

「うむ」


凪が満足そうに頷く。


「──それでは、午前の仕事はここまでだ」



◇


その頃。


「では!」


明るい声が響いた。


「ここからは私にお任せください!」

「……え?」


ミーナが目を瞬く。

隣では、ミレイユも不思議そうに首を傾げていた。


「おいおい。どこへ連れてく気だ?」


ルークが咲羅を見る。


「お母様……ごほん、将軍から外交交渉中に客人をもてなせと仰せつかりましたので!」


咲羅は胸を張った。


「城内案内です!」

「城内案内!」


ミーナの顔がぱっと輝く。


「わーい!」

「へぇ」


ルークも周囲を見回した。


「そいつぁ面白そうじゃねぇか」


ミレイユがルークを見る。


「……?」


ルークは肩を竦めた。


「カミツ国の城なんざ、そうそう入れるもんじゃねぇだろ。見られるもんは見といた方が得だ」


ミーナが勢いよく頷く。


「そうそう!それにお城って宝物庫とかあるんでしょ!?」

「あるんじゃねぇか?」

「見てみたい!」

「宝物庫の場所まで教えてもらえりゃ、次に来た時は盗み放題だな」

「盗んじゃ駄目ですよ!?」


咲羅が即座に振り返った。


「ははっ」


ルークは悪びれもせず笑う。


「冗談だよ」

「絶対ちょっと本気でしたよね!?」

「さぁな」

「ルーク!」


ミーナが楽しそうに笑う。


「私も宝物庫行きたい!」

「お前は本気で盗みそうだからやめとけ」

「盗まないよ!」

「その顔は信用できねぇ」

「ひどーい!」


ミレイユは二人のやり取りを見ながら、筆談帳を取り出した。

さらさらと文字を書き、ルークへ見せる。


『本当に盗んだりしませんよね?』

「……」


ルークが筆談帳を覗き込む。

そして、少しだけ口元を吊り上げた。


「お前まで俺を疑うのかよ」


ミレイユがじっとルークを見る。


「…………」

「……分かった分かった。盗らねぇよ」


ミレイユがほっとしたように微笑む。


「ったく、信用ねぇな」

「普段の行いじゃない?」


ミーナが横から口を挟む。


「お前は黙ってろ」

「えー!」


その先頭を歩くのは、カミツ国の外交官──日之神 咲羅。

風神の加護を持つ少女は、昨日と変わらない明るい笑顔を浮かべていた。


「まずは庭園です!」

「庭園!」


ミーナの目が輝く。


「その次は?」

「薬草園!」

「薬草園!?」

「その次は神殿!」

「神殿!?」

「その次は──」

「まだあんのか?」


ルークが面白そうに眉を上げる。


「あります!」


咲羅は自信満々に胸を張った。


「この城なら、私が案内できる場所は全部ご案内します!」

「へぇ……」


ルークが周囲を見回す。


「じゃあ、地下牢」

「あります!」

「宝物庫」

「あります!」

「武器庫」

「あります!」

「隠し通路」

「…………あります!」

「ほぉ」


ルークの目が僅かに細くなる。


「面白ぇ城だな」

「ちょっと待ってください!」


咲羅が慌てて振り返った。


「なんで地下牢とか隠し通路とかから聞くんですか!?」

「城ってのはそういうとこが一番面白ぇだろ」

「普通は庭園とかですよ!」

「ミーナは?」

「私も隠し通路!」

「ほらな」

「ほらな、じゃないです!」


ミレイユは思わず口元を押さえた。

肩が小さく震えている。


「……嬢ちゃん?」


ルークが振り返る。

ミレイユは慌てて筆談帳を開いた。


『ふたりとも、楽しそうですね』

「……」


ルークはその文字を見ると、そっぽを向いた。


「まあな」


短く答えた。


「退屈よりはいいだろ」


ミレイユは目を細めて笑った。


「よーし!」


咲羅が再び前を向く。


「じゃあ、まずは庭園へ行きます!さあこちらへ!!」

「庭園!」


ミーナが駆け出す。


「おい、走んな」

「ルークも早く!」

「はいはい」

「ミーナさん!そっちは違います!」

「えっ!?」

「庭園はこっちです!」

「咲羅さん、最初に言ってよー!」

「言いました!」

「言ってない!」

「お前ら、城の案内始まったばっかなのに迷子になってんじゃねぇよ」


ルークが呆れたように言いながら、二人の後を追う。

ミレイユもその後ろをついていく。


「──あっ!」


ミーナが何かを見つけた。


「見て!あれ何!?」

「触るなよ」

「まだ触ってない!」

「これから触る顔してんだよ」

「触らないってば!」

「お前触らなくても壊すからなぁ」

「なんで!?」

「───っ!!」


ミーナの悲鳴が庭園に響いた。

ミレイユはとうとう耐えきれず。

声にならない笑いを漏らすように、口元を押さえた。

ルークがちらりと振り返る。


「……楽しそうじゃねぇか」


ミレイユは目を丸くする。

そして、こくん、と小さく頷いた。

その表情を見て、ルークも僅かに笑った。


──どうやら

こちらはこちらで、長い一日になりそうだった。



◇


一方その頃。

外交交渉を終えたヴィクトルは、ふと窓の外へ目を向けていた。

遠くから聞こえてくる、楽しそうな声。


「──ミーナさん!そこは入っちゃ駄目です!」

「えっ、駄目なの!?」

「専門家が手入れしてるので入れないんです!」

「じゃあルークは!?」

「人を変えても駄目です!国で保護している区域なので、専門家以外、将軍ですら入れないんですよ」

「え!?すごーい!」

「……」


ヴィクトルが目を閉じる。

イリシアも聞こえてきた声に、額へ手を当てた。


「……あの子たち、何をしていますの?」


ジュリアンが遠い目をする。


「考えない方がいいと思う」

「……そうですわね」


そして3人は揃って深いため息を吐いた。


カミツ国での2日目。

外交交渉は、ひとまず無事に終わった。


しかし本当の目的、ミレイユの喉を治すための方法を探す旅は、まだ始まったばかりだった。

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