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この捻れた世界にて、〜悪役令嬢は愛する者のために戦う〜  作者: 3色あんこ
第4部 常世に最も近い国

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第6話 神々の国、神津



黄泉送りの霧を抜けた船は、カミツ国の港へと入った。

遠くから眺めていた島国の景色が、近づくにつれて鮮明になる。

海岸沿いには白い石造りの建物が並び、その奥には深い緑の山々。


さらにその向こうには、神殿と思しき朱色の建築物がいくつも見えた。

ルヴァン王国とも崑明民主国家とも違う。

大陸のどの国とも異なる。


長い年月をかけて独自に育まれてきた文化と、神々への信仰が街そのものに息づいていた。


「……美しい国ですわね」


イリシアが呟く。


「そうでしょう?」


隣に立っていた咲羅が胸を張る。


「私、大好きなんです!」

「咲羅様の国ですものね」

「はい!」


満面の笑み。

その時、背後から低い声が飛んできた。


「姫様」

「はい?」


咲羅が振り返ると、そこには船員たちがいた。

全員、微妙な顔をしている。


「……今度は何もしていませんよ?」

「まだ何も言っておりません」

「顔に書いてあります!」

「姫様が船から飛び降りたことは、将軍様にもご報告いたします」

「えええ!?」


咲羅が悲鳴を上げる。

ミーナが思わず笑いだした。


「ふふっ!」

「笑わないでくださいミーナさん!」

「だって……!」


そんなやり取りをしながら、一行は港へ降り立った。

そしてここから先は、外交官としての正式な仕事だった。

入国記録。

身分確認。

使節団の目的。

滞在期間。

護衛人数。

携行品。

魔道具の確認。


一つ一つ、丁寧に手続きが進められていく。

咲羅も先ほどまでの騒がしさが嘘のように真剣な表情で対応していた。

その様子を見て、ヴィクトルが小さく呟く。


「……やっぱり優秀なんだな」

「だから言ったでしょう!」


咲羅が即座に振り返った。


「聞こえてますよ!」

「聞こえる距離で言ったからね」

「殿下まで!」


笑い声が起こる。

やがて全ての手続きが終了すると。

咲羅は一度、深く息を吸って姿勢を正す。


「それでは、ルヴァン王国東方使節団の皆様を、神津国統治者──日之神(ひのかみ) (なぎ)将軍のもとへご案内します」


その瞬間、空気が変わった。

案内されたのは、巨大な城の一角、広大な謁見の間だった。

赤と金を基調とした柱。

天井には龍や鳳凰、九尾の狐を思わせる意匠。

その奥一段高くなった場所に、一人の女性が立っていた。


黒髪に鋭い瞳。

まだ30代半ばとは思えぬほどの威厳。

しかしその顔立ちには、どこか若々しさも残っている。


日之神 凪。

神凪(かんなぎ)将軍。

そして──カミツの鬼神。


その名を聞いた者ならば、誰もが知っている。

炎、水、風、氷、雷、土、木。

七柱の神々。

その全ての試練を突破し、七つの神の加護をその身に宿す者。

医術と妖術を融合させ、長き時を生きるカミツ国を治める者。


その左側には、一人の男性。

穏やかな笑みを浮かべた美しい男だった。

凪の夫──日之神 悠慎(ゆうしん)


そして右側。


「……」


そこにいた存在を見た瞬間。

イリシアは目を瞬いた。


白銀の髪、金色の光を宿した瞳。

頭上には先の尖った大きな動物の耳、艶やかな九本の尾。

人ならざる美しさ。


「ほう」


九尾の狐が、楽しそうに笑った。


「これはこれは」


その瞳がイリシアを見つめる。


「随分と面白い客人が来たものじゃ」

「……九重(ここのえ)様」


咲羅が小さく声を上げる。

九重はくすりと笑った。


「うむ、我は千年生きる守護巫女、九重じゃ、よろしくのぉ」


イリシアが丁寧に礼をする。


「イリシア・ヴァルモンドと申します。お目にかかれましたこと、光栄に存じます」

「ふむふむ」


九重がじっとイリシアを見る。

頭の先から。

足の先まで。


じーーーーっ。


「…………」


イリシアの眉が僅かに動く。


「……何か?」

「いや?」


九重はニヤリ。


「随分と可愛らしい顔をしておるのに、妙に恐ろしい魔力をしておると思ってな」

「…………」


「それに――」


九重の視線が、隣にいるヴィクトルへ移る。

そして再びイリシアへ。


「なるほどのう」

「…何がなるほどなのです?」

「いやいや、何でもないぞ?」


明らかに何かを企んでいる顔。

イリシアは微笑んだまま、ほんの少しだけ警戒した。

一方。


「お母様!」


咲羅が凪へ駆け寄る。


「ただいま戻りました!」

「お帰り、咲羅」


凪は穏やかに娘の頭へ手を置いた。


「ちゃんと外交官として務めを果たしたか?」

「もちろんです!」

「船から飛び降りたそうだな」

「…………」


咲羅が固まった。


「…………誰が言ったんですか?」


船員たちが一斉に目を逸らした。

凪はため息をつく。


「咲羅」

「……はい」

「外交官が船から飛び降りるな」

「でも風神様の加護で安全に──」

「そういう問題ではない」

「はい……」


しゅん。


ルークが肩を震わせている。

ミレイユも片手で口元を隠した。


「さく姉!」


今度は小さな少年が駆け込んできた。


「お帰りなさい!」

翠翔(あきと)!」


咲羅の表情が一気に明るくなる。


「ただいま!」

「お土産は!?」

「あるよ!」

「本当!?」

「もちろん!」

「さく姉大好き!」

「私も翠翔大好き!」


ぎゅっ、と抱き合う姉弟。


「……仲がいいな」


ヴィクトルが微笑む。

凪がその光景を見つめながら答えた。


「我が家は皆、仲が良い」


その声には、将軍としてではなく。

一人の母親としての優しさが滲んでいた。


「さて」


凪が使節団へ向き直る。


「長旅、ご苦労だった」


威厳のある声。


「ルヴァン王国第一王子、ヴィクトル・フォン・ルーベン殿。

そして公爵家、イリシア・ヴァルモンド嬢。」

「「はい」」


ヴィクトルとイリシアが頭を下げる。


「並びに公爵家ジュリアン・アルヴァン殿」


ジュリアンが騎士の礼を取る。


「ミレイユ嬢、ルーク殿、ミーナ嬢」


ミレイユとルークとミーナがそれぞれ頭を下げる。

凪は一人一人を静かに見渡した。

そして、将軍としての威厳を保ちながらも、どこか温かな笑みを浮かべる。


「ようこそ──」


凪の声が、謁見の間へ響き渡った。


「神の住まう国。そして、世界の記憶──神津(カミツ)国へ。」


その言葉に、イリシアは僅かに目を見開いた。

神の住まう国。

世界の記憶。

それは単なる国の異名ではないのだろう。

この国が何を守り、何を受け継いできたのか。

その全てを、この短い言葉が物語っているようだった。


「この国にいる間、どうか我が国を己の故郷と思って過ごしてほしい」


ヴィクトルが深く頭を下げる。


「暖かいお言葉、心より感謝申し上げます」


その後ろで、イリシアも静かに頭を垂れた。


──神津国。


大陸の果てよりさらに東。

幾多の神々の加護を受け、古き記憶を今へと繋ぐ島国。

彼らの長い旅路は、今まさにその地へと足を踏み入れたのだった。


「うむ」


凪が頷く。


「今宵は歓迎の宴を用意している」


その言葉を聞いた瞬間。


「宴!」


ミーナの目が輝いた。


「ミーナ」


イリシアが即座にたしなめる。


「まだ何も言ってませんよ!?」

「顔に書いてあるぞ」

「ルークまで!?」


一同に笑いが起こった。

凪も僅かに笑う。


「では、今夜は存分に楽しむといい」




その夜。

歓迎の宴は盛大に行われた。

カミツ国独自の料理。

色鮮やかな野菜。

味噌や麹を使った肉料理。

醤油や出汁を使った繊細な魚料理。


そして、見たこともない甘味の数々。


「美味しい……!」


ミーナが感動する。

ミレイユも目を輝かせながら筆談帳へ、


『全部美味しいです』


と書いて見せた。


「本当ですわね」


イリシアも頷く。


「カミツ国のお料理は奥深いですわ……」

「気に入ってもらえてよかったです!」


咲羅が嬉しそうに笑う。

その少し離れたところでは、翠翔が凪の傍で美味しそうに食事をしている。

九重はいつの間にかヴィクトルの背後へ忍び寄りニヤリと笑った。


「ぬし、王子というからもっと堅苦しい男かと思ったぞ?」

「……九重様」

「なんじゃ?」

「後ろから突然現れるのはやめていただけますか?」

「ほっほっほ!」


九重が楽しそうに笑う。

そんな賑やかな宴は、夜遅くまで続いた。


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