第1話 東海の海、璃州港
カント・マリスを発ってから、およそ2週間。
ルヴァン王国を出立してから、2ヶ月が過ぎようとしていた。
長い街道を越え、幾つもの山脈を越え、ようやく一行は大陸最東端に位置する港町──崑明民主国家・璃州港へと辿り着く。
「……すごい」
馬車を降りたミーナが、思わず声を漏らした。
隣に座っていたミレイユも窓の外を覗いてから目を大きく開く。
目の前には今まで見たこともない景色が広がっていた。
港には大小様々な船が停泊し、帆には見慣れぬ紋章が描かれている。
石畳の両脇には赤い提灯が吊るされ、風に揺られながらゆらゆらと揺れていた。
屋台から漂う香辛料の香り。
蒸籠から立ち昇る白い湯気。
色鮮やかな陶器。
絹織物。
異国の言葉が飛び交う市場。
まるで世界中の文化が、この港へ集まってきたかのようだった。
「これはまた……随分と賑やかな街ですわね」
イリシアも珍しく目を丸くする。
「東西貿易の要所だからね」
ヴィクトルが港を見渡した。
「カミツ国へ渡る船もここから出る。各国の商人が集まるのも納得だ」
ジュリアンが苦笑する。
「旅をしてるって実感が湧くな」
「はい!」
ミーナは目を輝かせた。
「見てくださいお嬢様!あっちは点心のお店です!こっちは果物飴!あっ!あそこ、お魚を丸ごと焼いてます!全部美味しそうです!」
「あなたは胃袋で世界を見ていますの?」
イリシアが呆れ半分、笑い半分で言う。
ルークが肩を竦めた。
「否定できねぇな」
その一言に一同から笑いが零れた。
◇
一行はまず宿へ荷物を置くことにした。
カミツ国とルヴァン王国とのやり取りをまとめた資料によれば、カミツ国の外交船が港へ到着するのは4日後。
それまでは、特に予定はない。
「しばらくは自由時間ってことか」
ジュリアンが腕を上げ、大きく伸びをする。
「さて、迎えが来るまで4日は暇だ。好きに港を見て回るのもいいが……ルークはどうする?」
尋ねられたルークは肩を回しながら苦笑した。
「俺は今日はいい。さすがに疲れが溜まってるしな。今日は宿でゆっくり休んで、近くの店で飯でも食って寝る。明日は武具屋と酒場を巡りてぇ」
「確かに、長旅でしたものね」
イリシアも小さく頷く。
「わたくしも疲労が溜まっていますわ。今日はサロンで全身をほぐしていただいて、ゆっくり体を癒したいですの」
その言葉にヴィクトルも柔らかく微笑んだ。
「それがいいね。無理をして体調を崩したら元も子もない。今日は皆、ゆっくり休もうか」
「えぇーっ!?」
ただ一人、ミーナだけが大げさに声を上げた。
「せっかく異国まで来たのに!?観光は!?お祭りとか市場とか、屋台とか見に行かないんですか!?」
目を輝かせる彼女に、ミレイユがくすりと笑う。
『焦らなくても大丈夫ですよ。明日の午前中から動き始めても、十分いろいろ巡れます』
「……確かに!」
ミーナはぱっと表情を明るくした。
「じゃあ、ミレイユさん!明日は一緒に巡りましょうよ!」
『ぜひ』
「やったぁ!」
ぴょんぴょんと飛び跳ねるように喜ぶミーナを見て、ルークが呆れたように笑う。
「元気だな、お前は」
「旅に来たら楽しまなきゃ損だもん!」
その屈託のない笑顔に、一同から自然と笑みがこぼれた。
ミーナはそのままくるりと振り返る。
「ジュリアンさんも来ますよね!」
「は?」
「女の子2人なんで護衛です!」
「おい」
「あと荷物持ち!」
「それが本音だろ」
「えへへ!」
ジュリアンは頭を掻きながら笑う。
「まぁいいか。ルーク、お前は来るか?」
「いや別行動させてもらう」
「了解」
その様子を見ながらイリシアは柔らかく微笑む。
「ふふ、皆様とても楽しそうですわね」
ちょうどその時だった。
「イリシア」
ヴィクトルが静かに声を掛ける。
「はい?」
「せっかくだ、僕たちも二人で歩かないか?」
一瞬、時間が止まった。
「…え?」
理解した瞬間。
「ふぇっ!?」
耳まで真っ赤になるイリシア。
「で、ででで、殿下と……ふ、二人で?」
「嫌だった?」
ヴィクトルが少しだけ寂しそうな顔をする。
「いっ、いえっ!そんなことは決して!その……えっと……」
視線が泳ぎ俯く。
指先がもじもじ動き、頬は真っ赤だった。
「よ……よろしく、お願いいたします」
か細い声。
ヴィクトルは思わず笑みを浮かべた。
「ありがとう」
少し離れた場所。
ミーナが小声でジュリアンへ囁く。
「やりましたね」
「……何がだ」
「お嬢様と殿下のデートですよ」
ミレイユも目を輝かせながら頷く。
(こくこく)
「お前……絶対狙ってやっただろ」
「えへへ半分くらい」
「半分かよ」
呆れながらも、ジュリアンは笑ってしまう。
「まぁ……たまには二人だけの時間も必要だろ」
そうして、一行はそれぞれの目的地へ歩き出した。
第4部始動です!ついに神津国です!これからどうなるのかドキドキですね!
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