第2話 2人きりでのお出かけ
翌日。
港町は見るものすべてが新鮮だった。
鮮やかな赤提灯。
香辛料の山。
硝子細工。
白磁の器。
風に揺れる色鮮やかな布。
「綺麗……」
イリシアは思わず足を止める。
「この刺繍、とても繊細ですわ」
「東方の技術らしい」
ヴィクトルも興味深そうに眺める。
店主が笑顔で説明してくれると、イリシアは何度も頷いた。
「これはリリアナが喜びそうですわ」
青い花の刺繍が施された絹の小袋。
「こちらはお母様に」
香木の香り袋。
「お兄様にはそういえば魔鉱石入れが欲しいと仰ってましたから小物入れもいいですわね……」
真剣に考え込む。
「お父様は……そうですわ!お茶にしましょう!」
ヴィクトルは微笑んだ。
「家族のことを考えて選ぶんだね」
「もちろんですわ」
イリシアは嬉しそうに答える。
「家族へのお土産を選ぶ時間も旅の楽しみですもの」
その言葉にヴィクトルは優しい眼差しを向けた。
「自分の物は?」
「え?」
「……」
イリシアは首を傾げる。
「考えておりませんでしたわ」
「やっぱり」
ヴィクトルは苦笑した。
「君らしい」
◇
昼時。
二人は港近くの食堂へ入った。
蒸籠から立ち上る湯気。
香ばしい焼売。
熱々の小籠包。
「美味しそうですわ!」
期待に目を輝かせるイリシア。
しかし勢いよく小籠包を口へ運んだ次の瞬間。
「~~~~っ!」
とても熱すぎる。
慌てて口元を押さえながら目を潤ませる。
ヴィクトルは吹き出しそうになった。
「ふふっ」
「わ、笑わないれくらはいまへ……」
恥ずかしそうに頬を染めるイリシア。
「ごめん、でも可愛かった」
「っ!!」
さらに真っ赤になる。
「殿下!」
「今日は素直だね」
「も、もう……」
そんな他愛もない会話を交わしながら食べる食事は、不思議と旅の疲れを忘れさせてくれた。
◇
帰り道。
二人は工芸品を扱う小さな店へ足を踏み入れた。
棚には繊細な細工が施された銀細工や、色鮮やかな宝石が並んでいる。
その中でヴィクトルが足を止めた。
「……これだ」
店主がそっと取り出したのは一本の簪。
崑明独自の意匠。
銀で作られた細身の軸には、波と雲を思わせる繊細な彫刻が施され、その先端には深い蒼色の宝石が一粒埋め込まれている。
光を受けるたび、水面のように静かに輝いた。
「店主、これを包んでください」
「あいよ」
イリシアが驚いて振り返る。
「殿下?」
小箱を受け取ったヴィクトルは、そのまま彼女へ差し出した。
「旅の記念」
「えっ……?」
「君へ」
イリシアは目を丸くする。
「ですが、そのような高価なもの……」
「僕が渡したいんだ、受け取ってほしい」
優しい笑顔。
断れる空気ではない。
恐る恐る小箱を開く。
「……綺麗」
思わず零れた本音。
銀細工を指先でそっと撫でる。
「どうして簪を……?」
そう尋ねると、ヴィクトルは少し照れたように笑った。
「君、研究している時によく髪をかき上げているだろう?」
「え……」
「魔導書を読む時も、魔道具を作る時も、古代遺物を解析している時も、何度も邪魔そうに結び直していた……だから、少しでも楽になるかなと思ってね」
その一言で。
イリシアは固まった。
(そんなところまで……)
見られていた。
ずっと誰よりも近くでら自分でも気付かないような仕草を。
頬がみるみる赤く染まっていく。
「……殿下は本当に、わたくしのことをよく見ていらっしゃるのですね……」
照れ隠しに小さく笑う。
ヴィクトルも少しだけ頬を掻いた。
「10年以上見てきたからね、今さらかな?」
その何気ない一言が。
イリシアの胸を大きく鳴らした。
「ありがとうございます。大切にいたします。」
そう言って簪を胸へ抱く。
その笑顔を見たヴィクトルは、今日一番幸せそうに微笑んだ
ヴィクトルは小箱へ手を伸ばし、そっと簪を取り出した。
陽の光を受けた銀細工が静かに輝く。
「少し失礼」
そう言うと、彼は簪をイリシアの髪へ挿すのではなく、ふわりと頭の横へ添えてみせた。
長い白銀の髪。
そこへ銀の簪と深い蒼の宝石。
少しだけ離れて眺める。
そして静かに満足そうに頷いた。
「うん、やっぱり君には青と銀がよく似合う」
その言葉にイリシアは一瞬目を丸くし、ふわりと頬を染めた。
「ありがとうございます」
照れたように視線を逸らしながらお礼を言う。
そして本当に小さな声で、ぽつりと呟いた。
「……ヴィルの色でも、良かったのに」
「……え?」
ヴィクトルが聞き返す。
イリシアは我に返ったように肩を震わせた。
「っ!」
耳まで真っ赤になる。
「な、何でもありません!」
ぶんぶんと首を横へ振る。
「そのっ!殿下、とっても嬉しいですわ!ありがとうございます!」
花が咲いたような笑顔。
そう言うと恥ずかしさに耐えきれなくなったのか、くるりと背を向け、少し早足で先へ歩いていってしまう。
「……」
その後ろ姿を見送りながら、ヴィクトルはしばらく立ち尽くしていた。
(……今、僕の色がいいって、言った?)
胸の鼓動が一つ大きく跳ねる。
思わず口元が緩みそうになり、慌てて右手で口元を覆った。
(……駄目だ、そんなことを言われたら。期待してしまうじゃないか)
込み上げてくる笑みを必死に隠しながら、ヴィクトルは深く息を吐く。
それでも隠しきれないほど、頬は緩みきっていた。
「……本当に」
小さく笑う。
「君はずるいな、リーシャ」
その声は、照れ隠しに歩幅を速める彼女には届かず、潮風だけが優しく運んでいった。
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